Novel | ナノ





「どうして生徒らを惑わせる?」

庵に呼び出した少女と向き合い、老人は静かな声で詰問した。
その声には静かな怒りと、そして少しの困惑の色が含まれていることに気付く人間は多くはないだろう。

詰問された少女はふわりと微笑む。
その年相応の笑みは、ここへ来た時から何ら変わってはいない。

「惑わせる?私は何もしていませんよ。彼らが勝手にそうしているだけでしょう」

見誤ったか、と老人は思った。

一人目の異世界人への恩返し。
そう思って二人目の少女も受け入れたが、もちろん老人は危険性のある人物まで受け入れるつもりはなかった。

それなりに人生経験を積んだつもりだ。
その人物の人となりは多少会話を交わせばそれなりに分かる。

この二人目の少女と初めて出会った時、彼女は確かに何の力もないただの子供だった。
少なくとも、忍たま同士が傷付け合うのを見て手を叩いて楽しむようなそんな人間性ではなかったはず。

見誤ったのなら、そのケジメは自身でつけなければならない。

老人が決意しようとしたその時だった。

「…………あれ?」

少女が目を見開いて、途端に愕然としたような表情を浮かべる。

そして次に発した言葉は。

「私は今、何をしていたの?」







なんやかんやで監視されることになってからも私の生活は何も変わらなかった。

あえて変化をあげるとするならば、三日ごとに尊奈門くんがボロボロになって戻ってくることだろうか。どうやら土井さんに挑んでは毎回こてんぱんにやられているらしい。
話を聞くに一度チョークや出席簿でやられてからタソガレドキ城で笑われるようになり、汚名返上のため土井さんへ勝負を挑んでいるらしいのだが一向に勝てそうな気配がないのはどういうことなのか。

土井さんは文房具、尊奈門くんは武器。それなら尊奈門くんも一撃くらいはお見舞いしているだろうと思っていたのに、チョーク塗れになってしょんぼりした尊奈門くんと食堂で食事をしているところに無傷の土井さんが現れたのには流石の私も驚愕した。

定食を持って離れた席に着いた土井さんと尊奈門くんを見比べ「マジかよ」という表情を浮かべてしまった私。
その表情に気付いた尊奈門くんが「言いたいことがあるなら言えよ!」と涙目で叫んできたが大人な私はスッと視線をそらして「いつか夢が叶うといいね……」とだけ返事をして卵かけご飯をかきこんだのだった。

そんな、負けてばかりにも関わらず土井さんと戦える三日が経つのをいつも指折り数えてそわそわする夢追い人の尊奈門くん。

年長者である私としては若人の夢を応援してあげたいのはやまやまなのだが、私にも叶えるべき夢があるのでそんな尊奈門くんの事情は無視しつつ本日は堺の港町まで遠出してみたのである。まる。

「なんで今日に限って遠出するんだ!今日こそ土井半助と勝負をつけるはずだったのに今から忍術学園に帰ってももう時間がないじゃないか!」

「何で監視されてる方が監視してる方の生活に合わせなきゃいけないのかねェ。どうせ今日挑戦しても駄目だったって。いい加減土井さんに勝つの諦めなよ」

ぷんすか怒る尊奈門くんをなだめつつ、私は港町を見渡しながら歩いて行く。

ざざんと寄せては引いていく波の音。髪を撫でる潮風。
かぶき町では決して味わえない匂いや音はまるで旅行に来たような気分で、自然と私の足取りも軽くなる。

小松田くんからかなり栄えているとは聞いていたが、確かに人の往来がかなり多い。私の世界で言うターミナルのような場所なのだろう、港に停泊した船からはひっきりなしに積荷がおろされその周りでは商人らしき者たちが品物を物色していた。

「おい、あまりキョロキョロしてると変な輩に目をつけられるぞ」

「なんかその台詞、きり丸くんにも言われたような気がするなぁ。私ってそんなにお上りさん感ある?」

足を止めて振り返った私に、呆れたような表情を浮かべる尊奈門くん。

「若い女が物珍しげに周りを見ながら歩いていたら地元民ではないことは容易に想像できる。つまり拐かされたとしても騒ぐ身内の者が近くにいないということだ。最近ここいらでは奴隷を船に乗せて南蛮に連れて行ってしまっているという噂もあるんだぞ、せいぜい気を付けることだな」

「ひゃー怖い怖い。怖くてお腹空いちゃったからあそこで一緒にうどん食べていこうよ尊奈門くん」

「お前本当に分かってるんだろうな……?」

遠目に見えたうどん屋を指差す私をジト目で見た尊奈門くんは、ため息を吐いてから「ほら」と言って自分の腕を差し出す。
しばしの間その腕を眺めた私は、ポンと手を打って合点すると、人差し指と中指を揃えて尊奈門くんの腕にビシッと振り下ろした。

「いだっ!?何するんだ!?」

「いや、君が急に腕を出すからひょっとしてしっぺして欲しいのかと思って……」

「そんなワケがあるか、腕を組めって意味に決まってるだろう!?男連れか夫婦だと周りに思われた方が安全だと思ってせっかく気を遣ってやったのに!」

「あ、なるほどねェ。ありがとう気を遣ってくれて。でも私と尊奈門くんが腕を組んでも夫婦というより姉弟にしか見えないから、どうせなら若いツバメを侍らせる富豪の女って設定はどうかなって」

「黙れ」

ガチめのトーンで言われた私はお口チャックして静かに尊奈門くんの腕を掴んだ。ちょっとした茶目っ気だったのにこの世界の奴らは短気でいけねェや。

「ところでどこへ行くつもりなんだ?まさか特に何の目的もなく市をブラブラして終わりじゃないだろうな?」

尊奈門くんのその言葉には、言外に「土井半助と勝負するのを諦めてまで付き合ってるんだからそれなりの理由があるんだろうな?」という圧が含まれていた。
私はフフンと得意気に鼻を鳴らすと「当たり前じゃないの、用もないのにこんな所まで来ないよ」と答えを返して、懐からズッシリと重みのある財布を取り出す。

「最近の私はやけにツイてるからねェ、ここいらで一発大勝負に出ようと思って」

「……………は?」

「近場の小さな賭場とは違って、この堺の港ならきっと大々的な賭場があるはず!そこで私は全財産を賭けて一攫千金を狙うつもりなんだよ、きっと大儲けして欲しいもの全部買えちゃうね!」

「買えちゃうね、じゃない!お前、人の話を聞いてたのか!?ここいらは奴隷売買の噂があるって言っただろ、借金のかたに奴隷として売られたらどうするつもりだ!っていうかまさにこの前売られただろお前!」

「大丈夫、最近の私はノリに乗ってるから。この波に乗ればこの財布が5倍、10倍になるのも夢じゃない!」

「絶対に夢でしかないだろう、帰ってこい現実に!」

尊奈門くんてば夢も希望もない男である。最近の私はツキまくっていて近場の城下町の賭場で勝ちに勝ちまくっているのだ。
これは勝利の女神が私に微笑んでいるとしか思えない。ここいらで一発、今までの負け分を取り返すためにも大勝負に出るべきだ。乗るしかないこのビッグウェーブに!

意気込む私とは正反対に愕然とした表情で頭を抱える尊奈門くん。「なんでこんな阿呆を監視しなきゃいけないんだ」とこぼす彼の声は涙声になっている。
吉野さんしかり土井さんしかり、私の周りの男性はよく泣く人が多いなぁ。ひょっとしてこの世界の男性特有なのだろうか、銀ちゃんなんて私と話す時はツッコミかボケしかしないのに。銀ちゃんてば照れ屋さん。

「まぁまぁ、私が大勝ちしたら尊奈門くんにも少しは分け前をあげるからさ。ちくわ一本でいいかな?」

「むしろ何でそれで喜ぶと思った?土井半助が嫌いな物を私は何でもありがたがるわけじゃないぞ……。というかそもそも賭場へ行くのをやめろよ、その財布預かってやるから私に寄越せ!」

そう言って私がポンポン空中に投げていた財布を横からむしり取る尊奈門くん。即座に財布を取り返そうとする私と、それをサッと避けてかわす尊奈門くんとの間で財布は何度も空中に飛ばされた。

「やめろォォォォ!!私はこの世界の賭博王になるの!何でもいいから一番になるって松陽先生と約束したの!」

「だったら安心しろ、お前は世界一の阿呆だ!!」

尊奈門くんがそう叫んだ時だった。私の腰にドンッ!と衝撃を感じたのは。

「わっ!?」

「危ない!」

財布に集中していた私はその衝撃をモロに受けて体勢を崩しそうになったものの、すんでのところで尊奈門くんに腕を引っ張られて地面に倒れ込むことは避けられた。

「おいッ!」と怒声を上げる尊奈門くんの視線を追えば、そこにはこちらに背中を向けて走り去っていく子供と老人の姿。

子供は慌てて顔だけこちらに向けると「申し訳ございませぬ!急いでおりますゆえ!」と大声を返す。
どこかの武家の子供と家老なのだろうか、上等な着物をひるがえして走る彼らは、庶民の中でひときわ目立っていた。

「無礼な奴らだな!」

「まぁまぁ、相手は老人と子供だし悪気があったワケじゃないんだろうし」

ぷんすか怒る尊奈門くんをなだめつつ、地面に落ちた財布を拾い上げる私。
少し土がついてしまったが中身が無事なのでホッと一安心する。

「ぶつかったのは不運だけど、むしろ大勝負の前に厄落としできたと思えば良かったかもしれないねェ。ほらよく言うでしょ、落ちたら後は上がるだけってェッ!?」

今度は背中に感じる衝撃。

ドンッ!と突き飛ばされた私は今度は尊奈門くんの助けも間に合わず見事に顔面から地面へと倒れ込む。そして同時に私の手からこぼれ落ちていく財布。
その財布はゆっくりと弧を描いてそのまま波止場から海の中へと沈んでいった。

「あっ」

ポチャン、と音を立てて沈んでいった財布を見て尊奈門くんが真っ青な表情を浮かべて私の方を見る。

「我らの邪魔をするな女!」

「ぶつかる前に自ら端に避けんかッ!」

私にぶつかったのは三人の男ども。

謝罪するどころか暴言を吐いた彼らは、地面に四つん這いになったままの私を気にとめることもなくバタバタと大きな足音を立てて走り去っていく。

帯刀してるし上等な着物着てるしどこかの武家のお侍さんかな?ふーん。

謝らずに行っちゃうんだ、ふーーーん。

「───殺す」

「待て、流石に武士相手の狼藉は……って、いつもより足速ぁ!?」

尊奈門くんが私を止めようと叫ぶのも構わず全速力で走り出す私。

三人の武士共は、先に私にぶつかってきた子供と老人を波止場に追い詰め「その命もらい受ける!」と叫んでいたが、私は構わずその三人の武士にドロップキックを決めた。

「テメーら金返せェェェェッ!!」

「ぎゃあぁぁぁぁッ!?」

見事にドロップキックが命中し、三人一斉に吹っ飛んでいく武士共。

地面に転がった武士共は「何奴!」「無礼者め、この場で打捨ててくれようか!」とギャーギャー騒ぎだす。

そんな武士共を見下ろした私は木刀を片手に握って自分の肩を叩きながら「3秒以内に海に落ちた私の財布を拾ってくるか、海に落とされるか選びな」と宣言する。

「何を生意気な、女ごときが、」

「はい、いーち!」

木刀を薙ぎ払って武士共を三人まとめて海へと叩き落とした。

海にボチャンと落とされ、海面から顔を出すなり「2と3は!?」と叫ぶ武士たち。
そんな武士共に私はさらに木刀を振り上げて見せながら言う。

「知らないねェそんな数字。男はね、1だけ覚えときゃいいんだよ。惚れた女の1番になるために生きてりゃいいんだよ」

「今自分で3秒って言ったんじゃん!」

ツッコミを入れてくる武士に構わず「うっせェェェ!いいから金返せや、それとも三途の川の渡り賃の六文銭だけを残して有り金全部まきあげてやろうか!」と叫ぶ私。

「死ねって言ってる!?遠回しに死ねって言ってるのこの女!?」

「人の夢を邪魔するなら命取られても仕方ないに決まってんだろ。よくも賭博王になるという夢を邪魔してくれたなテメーら、私の財布というワンピースを見つけるまで海面から顔出すんじゃねーぞ」

「ごぶぶッ!?」

海面から顔を出していた三人の武士のうち一人の足首を掴んで逆さ吊りにする私。もちろん顔面は海中につけたままなので息ができずにジタバタ暴れだす。
その光景を見た残りの二人が悲鳴を上げて刀を抜いたが、足場のない海中から刀を振り回しても私に届くはずもなく。

そして私に逆さ吊りにされてジタバタと暴れていた武士が静かになった時。ようやく私に追いついたらしい尊奈門くんがガシッと私を後ろから押さえ込んだ。

「打ち首獄門になるぅぅぅぅッ!!頼むからやめろ、お尋ね者として生きる気か!?」

「大丈夫だから!!あとで目撃者は全員消しとくから!!」

「それの何が大丈夫なんだ!?」

私と尊奈門くんの会話を聞くなりバタバタと走って逃げて行く周りの野次馬ども。テメーら顔覚えたかんな!

一方、尊奈門くんに押さえ込まれた拍子に私から解放された武士は仲間の二人に泣かれながら運ばれていく。
白目をむいてぐったりとした武士に「気をしっかり持たんか!」「武士としてこんな場所で死ぬは末代までの恥ぞ!」と声をかけつつどんどん私がいる場所から離れて泳いでいく武士たち。恐らく別の場所で岸へ引き上げるつもりなのだろう。

そうはさせるか、と私が尊奈門くんを振りきろうとした時だった。

「ほら見ろ長次!私が言ったとおりだっただろう、あの天女は快楽殺人者だ!」

聞き覚えのあるイラッとする声。
その声に反射的に振り返った私は思わず暴れるのをやめて真顔になった。

…………化け物がおる。

「…………あの、ひょっとしてかまっ娘倶楽部の方から来られた方ですか?」

私が声をかけると見覚えのある顔立ちの化け物はグリンっと首を傾げて「衣織さんは何を言ってるんだ?」と不思議そうに言う。
頬と唇にこれでもかというほど塗りたくられた紅に、目はコレがあれば良いんだろとでも言いたげな雑さでくっつけられたまつ毛。そしてチラチラと小袖の裾から覗く脛毛と胸元から見える胸板。

どうしよう、これは一体何を目指しているのだろうか。

「あっ、ひょっとして驚忍の術の練習中でしたか?それとも天道地動之習い?いやァ完成度たけーなオイ」

「なははははは!衣織さんは相変わらずおかしなことを言うものだ、どう見ても女装の練習中だろう?」

「いや見えねーよ、どこからどう見ても化け物じゃねーか。百鬼夜行してるって言われた方がまだ納得できるわ」

忍たまが女装の練習をしている姿は何度か見たことがある。
きり丸くんとアルバイトをした時も「女の格好した方がよく売れるんすよ」と女装をしていたし、忍者にとって女に変装するのは基本のキなのだろう。

にも関わらず最上級生である六年生の彼の女装がコレとはどういうことなのか。

ニコニコしながら近付いてくる彼の関係者と思われたくなくて、私がこのまま立ち去ろうかと考えた頃。彼の隣からスッとこれまた見覚えのある人物が顔を出した。

「もそ……小平太、笑い方が女性らしくない、一点減点」

そう言いながら筆と紙で何かをサラサラ書いていく顔に傷のある少年。確か中在家長次といったか。いつもの忍者服ではなく普通の服を着ている。
今の言動からして、どうやら小平太くんの女装の採点をしているようだ。

減点方式での採点だが一体何点からのスタートなのだろう。
小平太くんの化粧等を見るにマイナスからのスタートにしか見えないが果たして採点が終わる頃には何点になっているのやら。

そして長次くんが出てくると同時に後ろからさらにわらわらと出てくる少年たち。

「衣織さんではないですか、こんなところで出会うとは奇遇ですね」

と朗らかに話しかけてくる仙蔵くん。

そしてその後ろから「衣織さん、お会いできて嬉しいです!」「オイ引っ込んでろ、衣織さんは俺に会えて喜んでるんだよ!」と怒鳴り合いながら出てくる化け物二人。

「仙蔵くん、君の後ろに化け物がいるよ。ちょっとお寺でお祓いとかしてもらった方がいいんじゃない?」

「衣織さん、これは文次郎と留三郎です」

「いやいや、どう見ても化け物だよコレ。仙蔵くん取り憑かれてるんだよ。かまっ娘倶楽部の幻影すら見えてきたもん私」

文次郎くんと留三郎くんの後ろに見える西郷さんたちの幻影。うっ悪夢だ。

「ところで衣織さんは堺の港町まで来て何をしていたんだ?」

もう女装の訓練は終わることにしたのか、顔を手ぬぐいでゴシゴシ拭きながら小平太くんが私に問いかけた。

「あと何回敬語使えって言えば覚えてくれるのかねぇコイツは。賭場に行こうと思ってたんだけど、無礼な武士共にぶつかられた拍子に財布が海に落ちちゃったんだよ」

「なんだ、快楽殺人を行おうと標的を物色してるわけじゃなかったのか」

「そのネタいい加減飽きちゃった」

機嫌最悪の私がそう言ったというのに、不思議そうな顔で「ネタ……?」と呟きながら首を傾げる小平太くん。おいマジかコイツ。
どうやら私は本気で小平太くんに快楽殺人者と思われているらしい。

まぁそんなことはどうでもいいとして。

「そういえば伊作くんは?なに、またどこかで落とし穴にでも落ちてんの?」

六年生の中に一番見覚えのある顔がないことについて尋ねると、仙蔵くんが「あぁ」と思い出したように口を開く。

「伊作は先日の実習で足を負傷してしまいまして。大したことはないのですが、伊作は特に女装に難があるわけでもないので来る必要はないだろうと一人で忍術学園に残ることになったのです」

仙蔵くんいわく、足を負傷したのは特に実習に失敗したとかではなく、実習が終わった帰り道で伊作くんが渡ろうとした橋が崩落し、足をくじいたらしい。
相変わらずの不運で何よりである。

「財布を落としてさえなければ伊作くんにお見舞いの品でも買ったんだけどねェ。せっかく堺の港町まで来たんだし」

「きっと衣織さんのその気持ちだけで伊作は喜ぶと思いますよ。ところで衣織さんはこれからどうされるのですか?お金がないのであれば我々と昼餉でもどうでしょう、ぜひご馳走させていただければ」

そう言って綺麗な笑みを浮かべる仙蔵くん。
私はそのお誘いをヒラヒラと手を振って丁重にご遠慮した。

「いや、お昼ご飯は尊奈門くんが奢ってくれるから大丈夫」

「私は奢らないぞ?」

「えっ?」

「えっ?」

しばし互いに目を見合わせて沈黙する私と尊奈門くん。おっかしいなぁ、なんだか考えていた会話の流れと違うぞ。
不思議に思いつつ私は再度仙蔵くんの方に向き直り「いや、お昼ご飯は尊奈門くんが奢ってくれるから大丈夫」と台詞を繰り返す。テイクツーである。

「だから、私は奢らないぞ?」

「えっ!?」

「えっ!?」

再び目を合わせて驚愕する私たち。
ついでに側で成り行きを見ていた六年生たちも「えっ」と驚愕していた。

「いやいや、この流れはおかしいよ尊奈門くん。私は今こんな栄えた町で一文無しなんだよ?とても可哀想なんだよ?責任の一端を感じてお昼くらいご馳走すべきでは?」

「私に何の責任があるというんだ?」

「さっき武士共をとっちめてる時に邪魔したじゃん!君が邪魔しなきゃ武士共の有り金を巻き上げられたのに!」

「はぁ!?私はお前が打ち首獄門になるのを止めてやったんだろう!?感謝こそされど逆ギレされる覚えはないぞ!」

「だから目撃者含めてきっちり息の根を止めるつもりだったんだってば!」

「そんなこと無理に決まってるだろ、恨みを買って顔を覚えられたら後々復讐で辻斬りされてもおかしくないんだからな!?」

尊奈門くんがそう叫んだ時、ひたすら傍観していた留三郎くんが「あぁその手があったのか」と呟いたのだが、即座に仙蔵くんの片手でパシリと口を塞がれる。呆れたように「バカタレ」と呟く文次郎くん。

そんな六年生はどうでもいいとして、尊奈門くんてばなんと器の小さい男だろう。
私が一文無しになったのは不幸な事故であって私に落ち度があったわけでは「いや、そもそも賭場に行こうとしたお前に落ち度があると私は思う」黙らっしゃい!

とにかく私と尊奈門くんの言い合いはヒートアップしていくばかりだった。

「だいたい六年生が奢ってくれるって言ってるんだから奢ってもらえばいいだろう!?なんで私にたかろうとするんだッ!?」

「あの、もしもし?」

「同情されて、しかも子供に奢られて食べるうどんなんて美味しくないじゃん!私は君に奢られることで責任の所在をハッキリさせつつ気分良く食べたいの!」

「良ければ私が奢りますが……もしもし?」

「だから、私に責任なんてないと言っているだろうが!なんで濡れ衣を着せられて気分悪くうどん食べなきゃならないんだ!?」

「あれ、これ私の声聞こえてませんね?」

「君の気分なんて知らないよ、あんまり口答えするなら実力行使に出ても……えっ?」

いっちょ脅してやろうかと尊奈門くんに向かって腰から木刀を引き抜いた私。けれど宙に振り上げるはずの木刀は途中で何かに当たる感触がして止められた。同時に「ぎゃっ」と響く全く聞き覚えのない声。
声のした方を見てみれば、先ほど私にぶつかった子供が鼻から血を流して倒れているではないか。そしてその傍らには家来であろう老人が「殿ぉぉぉぉッ!」と叫んでいる。

「………えっ、コレ私が?私が!?」

思わず視線を泳がせて周りを見渡せば、深くうなずく尊奈門くんと六年生たち。

その瞬間、クワッと目を見開いた老人は私に向って叫んだのだった。

「打ち首獄門じゃあぁぁぁぁッ!!」











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