Novel | ナノ

(竹谷八左ヱ門視点)




「きた、きた、きたッ!!」

バタバタと慌ただしい足音とともに姿を現した三郎に、教室にいた俺たち五年生はいっせいに振り返った。

ちょうど饅頭を飲み込んだばかりの勘右衛門がその足音に驚いて咳き込みながら「うるさいな、忍者なら忍べよ!」と叫んだが即座に三郎に「普段から忍び足してたら忍者だとバレバレだろうが!」と言い返される。
そしてその応酬に対して「三郎に一理あり、一本!」と片手をあげる兵助。
勘右衛門は「くそッ、次は絶対負けないからな!」と悔しがって三郎の口の中に饅頭を放り込んだ。お前ら仲良しだな!?

「じゃなくて、きたんだよ!ついに!」

放り込まれた饅頭をゴクンときっちり飲み込んでから口を開く三郎。「豆腐も食べる?」と聞いてくる兵助のこともきっちり無視しつつ三郎は続けて言った。

「あの天女……じゃなかった。烏丸衣織が山賊に捕まったんだ!」

「「「「…………………」」」」

その言葉に一瞬顔を見合わせる俺たち。

その後の反応は三者三様だった。

「それは大変だ、助けに行かないと!でも僕らじゃなくて六年生や先生がたが行かれる方がいいのだろうか?う〜ん」

と雷蔵。

「そりゃあれだけフラフラ一人で山とか出歩いてたらなぁ……。今までの天女様もそうだったけど危機感がなさすぎるんだよ」

と勘右衛門。

「それは平和な世界から来たんだし仕方ないんじゃないか?天竺とか南蛮から来る奴らだってこっちがビックリするような行動することあるし、それと同じだろう」

と兵助。

その反応に対し「そうじゃなくて!」とイライラしたように叫ぶ三郎。

「やっとあの女に恩を売る機会がめぐって来たってことだよ、しかも六年生は校外実習でいないときた!」

「ああ、そういえばそうだったっけ」

三郎の言葉に、六年生が昨日から校外実習でいないことを思い出した俺は思わずポンと手を打った。
つまり三郎は六年生に気兼ねすることなく衣織さんの救出に向かうことができ、山賊から助け出したという恩を売る絶好の機会だと言いたいのだろう。

「あれ、でもタソガレドキの諸泉尊奈門さんが衣織さんの側にいたような。あの人は衣織さんを助けなかったのか?」

俺が尋ねると、よく衣織さん周辺をこっそり探っている三郎は「あぁ、それはだな」と言葉を続ける。

「雑渡昆奈門から監視しろという命令は受けているが、守れという命令は受けていないらしい。あと山賊に連れ去られた理由があの女が賭博で負けたことによるものだから、自業自得じゃないかと悩んでいる間に連れ去られてしまったとのことだ」

「それは、………そうだろうなぁ」

勘右衛門が呆然としたように言った。

その横で雷蔵が「ちなみにそれはどうやって知ったんだい?」と聞き、三郎は「こっそり監視してたのと尊奈門さんが学園長先生に報告に来てたのを見た」と答えた。
三郎によると、今朝に忍術学園に戻ってきた尊奈門さんは学園長先生に「あの、山賊に身売りされたので今日もお休みをいただきたいとの伝言を頼まれまして……」と申し訳なさそうに伝えていたらしい。

なんか山賊に連れ去られたにしては余裕すぎやしないか衣織さん。

「じゃあ今から助けに行く?俺、今月のお小遣い残り少ないんだよなぁ。賭博の負け分の肩代わりに足りるかどうか……」

「いや、なんで忍者が普通に借金肩代わりしようとしてるんだよ、そこは忍術使って助けようするべきだろ」

財布の中身を見て溜息をつく勘右衛門に思わず俺はツッコミを入れた。

さらに勘右衛門の横で兵助が「まずは助けるかどうか決めるべきじゃないか?あの人ちょっと酒や賭博で生活が乱れ過ぎだし、ここいらで痛い目を見た方が」と意見する。
さらにその横で頭を抱えて「う〜ん、人として助けるべきだとは思うけど今後のことを考えたら突き放すことも必要か、いやでも命の危険もあるし……」と悩む雷蔵。

そんなグタグタな雰囲気の中でついに「お前らやる気出せよッ!」と三郎が吠えた。

「こんな機会は滅多にないぞ!?あの女、四年生の綾部喜八郎のトラップには引っかからないし、いくら贈り物しても喜ばないし、この世界の字も書けるし、いつの間にか忍術も色々覚えてるし、勝手にアルバイトして金を得てるしで私たちが恩を売る機会なんてなかなかないんだからなッ!」

「あらためて言葉にするとスゴイなあの人」

思わず俺が呟けば、横で兵助も「どこかの城の間者だと言われた方が納得できる」と深くうなずく。

今までの天女様は字が書けないので代読や代筆をしてやったり、綾部喜八郎の落とし穴にハマらないように一緒に行動したりと気を使う必要がある人たちばかりだった。

そうして徐々に距離を詰め、信用させていくのが常だったのに。

それなのに衣織さんときたら普通に忍術学園の書物を読んでいるし、綾部喜八郎の落とし穴が多数の競合地域はスキップで走り抜けて行くし、小松田さんの修行に付き合っているなぁと思っていたら手裏剣を打つのが上手くなっている始末。
ついに山田先生が「流石に一般の人に忍術を教えるのはいかんだろう」と注意し、衣織さんにはできるだけ忍術に関する書物や忍術を使うところを見せないようにとの御触れが発せられたくらいだ。

そういえば、一年は組の火縄銃の授業を衣織さんが眺めているのに気付いた山田先生が即座に火縄銃を撃つのをやめて、笑顔で「吉野先生が烏丸さんをお探しでしたよ」と声をかけてその場を離れさせていたっけ。
今のところそこまで気を使っているのは山田先生くらいだけども、そこまでしないと忍術を覚えられてしまうと山田先生は危惧されておられるのだろうか。

俺が衣織さんの異常な日常生活に思いを馳せている間にも話は進んでいく。

絶対に助けに行くと奮起する三郎以外は三者三様の意見だった。迷う雷蔵、少し様子を見てみようという勘右衛門、放っておくべきだという兵助。
全会一致で助けに行こう!とならないところに衣織さんの日々の行いがうかがえる。

ちなみに俺はどちらでも良い派だ。三郎が頑張ろうって言うなら付き合おうかな、くらいの意気込みである。
山中で襲ってくるタイプの山賊ならば命の危険もあっただろうが、賭博の負けに由来しての人身売買ならば山賊も金にならない殺しはしないだろう。反抗しなければ痛めつけられることもないはずだ。どこかに売られてしまう可能性はあるが、本当に危ないなら流石に先生方が救出に向かうだろうし。

しかし強硬に助けに行くことを拒否するのが兵助だった。

「助けに行ってどうするんだよ。あの記憶力の悪い天女様のことだ、どうせ山賊から助けたって三日もすればまた俺たちの名前すら忘れてるに決まっている」

「どうしよう、俺こんなヒドい会話聞いたことない……」

勘右衛門が両手で顔を覆って涙声で呟いた。
俺も同感。しかも衣織さんならあり得ると否定できないのがなおさらヒドい。

そんなお通夜のような空気感に構わず兵助は言葉を続ける。兵助のいつになく厳しいその雰囲気は、衣織さんが天女様として現れてから初めて見るものだった。 

「なあ、こんな無意味なことをいつまで続けるつもりなんだ。天女が来なくなるまでか?それはいつだ?それまで何人、何十人と復讐し続ければいい?今後も衣織さんみたいな天女が来ないとも限らないだろう、その場合は何もできずに諦めるのか?そんなものを復讐と呼べるのか?」

だんだんと語気が荒くなる兵助。それを宥めるように口を開いたのは雷蔵だった。

「へ、兵助、そのへんで……」

「雷蔵は三郎を甘やかしすぎなんだよ!それにお前だって内心じゃ同じことを思ってるんじゃないのか!?」

「雷蔵は関係ないだろうッ!?」

三郎を庇った雷蔵に対して兵助が怒鳴ったことで、いよいよ雰囲気が最悪になる。

そして雷蔵を庇う三郎が発した悲鳴のような言葉に、俺はもう、どうしようもなくなってしまった。

「雷蔵も兵助も、一度も天女の魅了にかかったことがないんだから!!」





…………なんで天女の魅了は全員にかからないんだろうか。

「せーの」で忍術学園の全員が一斉に魅了される類のものなら良かったのに、現実は魅了にかかりにくい忍たまと何度も魅了にかかってしまう忍たまがいる。
下級生や教職員は特に魅了にかかりにくいので天女との年齢の近さが関係しているのかもしれないが、年齢が近くても一度も魅了にかかったことのない忍たまもいるのだ。

15歳だけど四年生に編入した斎藤タカ丸さんなんかはその最たる例だろう。周りがどんどん魅了されていく中で、ずっと理性を保ってきた側の人間。

そして雷蔵と兵助も魅了にかかったことがない側の人間で、三郎はほぼ毎回魅了にかかってしまう側の人間だった。
おまけに厄介なのが、魅了にかかっても善法寺伊作先輩のように天女の命令は聞くものの後輩や同級生を傷付けることはしなかった例もあることだ。

こうなると天女の魅了が解けた後でも、お互いに“ある”わだかまりが残ってしまう。

────その魅了という力は本当に抗えない類のものなのか?

べつに怒っているわけじゃない。演技を疑っているわけじゃない。だけどどうしても、ある疑念は生まれてしまう。

それは本当に抗えないのか。もっと早く魅了から逃れることはできなかったのか。自分と違って何度も魅了にかかるのは、どこか落ち度があるからじゃないのか。善法寺伊作先輩のようにならなかったのはお前の本性がそうさせたからじゃないのか。

………決して口にはしないけれど、人間である以上傷付けてきた人間に対していつまでも笑顔で許すことなんてできない。
そんなことができるのはそれこそ仏陀か聖人くらいだろう。

俺みたいにたった一度でも魅了にかかった人間なら理解することができる。あれは確かに圧倒的な力だ。決して抗うことなどできなかったし、三郎達が天女の命令を聞いていたのも仕方のなかったことだと分かる。
だけどそれをいくら口で説明しても魅了にかかったことがない人間には本当の意味で理解することはできないだろう。

何度も魅了される忍たまに対して「いい加減にしろ」と思うのは仕方のないことだ。

そしてそういった人間の感情の機微を、忍者である三郎はよく分かっている。分かりすぎていた。

「言いたいことがあるならハッキリ言えばいいじゃないか。兵助は何度も天女の術にかかる私を迷惑に感じているんだろう?だから天女を助けに行くのも渋ってるんだ」

「誰もそんなことは言ってないだろう。三郎が本当に天女を憎んでいて復讐しているのならもちろん付き合うさ。だけど俺や雷蔵に申し訳ないと思っての行動なら不要だと言っているんだ」

「それで兵助は納得できるのか?自分に暴言や暴力をふるった人間が、天女のせいだから仕方なかったんだと言って前と変わらずに笑っていて、それで納得できるのか?」

「お前なぁ、それは私や雷蔵を馬鹿にした言葉だと分かって言って、」

「私なら納得できない」

兵助の言葉を遮って、三郎は言う。

「私なら許せない。ふざけるなと思う、悪い天女様がいなくなって術が解けたからめでたしめでたしで物語が済むわけがない。現実はお伽噺とは違うのだから」

誰も、何も言わなかった。言えなかった。三郎の言うとおりだったから。

天女様が天に帰って、忍たま達の魅了が解けてめでたしめでたしで本を閉じたとしても現実には生活は続いていく。
互いに暴力や暴言をふるった忍たまが同じ屋根の下で暮らしていくんだ。

友人を傷付けたことに罪悪感を感じるまともな人間であるほどに、その後の生活は辛いものになる。

「もう気にしていないから」と言う友の許しの言葉が信じられない。
信じたとしても、負い目がある人間の前で今までと変わらず気兼ねなく振る舞える人間が世の中に何人いるのだろうか。

───じゃあ、どうするか。

そこで俺たちが自然と選んだ手段が天女様への復讐だった。

たとえ誰かが魅了されてしまってもその後に天女への復讐を全員で行うことで、わだかまりの矛先を天女へと向ける。
そうすることで、魅了にかかってしまった忍たまは周りに対して「自分は申し訳ないと思っている」と、そして魅了にかからなかった忍たまは「自分はもう許している」とアピールすることができるから。

それを、兵助はやめようと言ったのだ。三郎からしたら裏切られたような気分になるのも無理はない。

「………つまり、どれだけ雷蔵や俺がもう怒っていないと言っても三郎は信じないということだな。そしてもし俺や雷蔵が天女に魅了されて暴力でも振るったのなら、三郎は許さないってことか」

「それは……ッ」

兵助の冷たい声に息を飲む三郎。

「もう十分に天女に復讐した。もう十分にお互いに謝罪した。だから終わりにしようと言うのは悪いことなのか?………体育委員会は以前のように戻っているのに」

兵助の最後の言葉は小さかったけれど、切実な色を含んでいた。七松先輩に何があったかは知らないが体育委員会の活動が再開したのは忍術学園全員の知るところだ。
以前より静かな忍術学園に体育委員会の騒音はよく響く。
そしてその騒音は、他の忍たま達の心をザワつかせるには充分なものだった。

どうやら兵助が急に天女への復讐を止めると言い出したのは、体育委員会の影響だったらしい。

しかし兵助はそれ以上三郎の言葉を聞く気はないようで「もういい、とにかく俺は衣織さんを助けるのは抜けさせてもらう」と言って教室を出ていこうとする。
俺や勘右衛門はそれを止めることもできずにただ見送った。

どちらの気持ちも分かりすぎて、どちらに味方することもできない。

俺だって天女に魅了されていなかった時は、魅了された三郎や先輩がたに「どうして」と思ってしまっていた。
けれど自分が魅了されてみれば術が解けた後に罪悪感で吐きそうになった。

だから三郎の気持ちは嫌というほど分かるし兵助や雷蔵の気持も分かる。

だけどさぁ。

だけどさぁ、三郎。兵助が天女様への復讐を止めようって言うのは本当にお前のことを許しているからじゃないのか。
付き合うのが煩わしくなったとか、もう見捨てようとしてるとかじゃなくて、本当に許しているからこその「もういい」って言葉なんじゃないのか。

………そんな偉そうな言葉を、どの立場から吐こうとしているんだ俺は。

俺も勘右衛門も結局何も言えないままで兵助は教室の扉に手をかける。

そしてガラリと開けば、そこに立っていたのは学園長先生。

「…………………」

「おお、ちょうど全員そろっておったか!頼みたいことがあっ、」

ピシャリ。

思わず、といった様子で兵助が教室の扉を閉めた。

すかさず「コラコラコラ!」「流石に学園長先生にその対応は駄目だって!」「気持ちは分かるけども!」と止める俺たち。

扉の向こうからも「こりゃーッ!わしに向かってなんじゃその態度は!」という学園長先生の声がする。

その声にハッと我に返った様子の兵助は「すみませんッ!」と叫んで慌てて再度教室の扉を開いた。無意識だったのか……。

兵助が扉を開けば、そこには見慣れた姿の学園長先生。後ろ手に手を組んで立った学園長先生は、扉を開いた兵助の謝罪を「うむ」と頷いて受け取った。

「た、大変失礼いたしました学園長先生!それで何の御用ですか?」

「うむ、実は我が忍術学園の客人でおられる烏丸さんが山賊に捕まってしまってのう。おまけに六年生は実習でしばらく戻ってこれんときた。そこでじゃ!五年生全員で協力して烏丸さんを連れ戻すのじゃ!」

ええー。

人差し指を立てて叫ぶ学園長先生のその言葉に、今まさに衣織さんを助けるかどうかで言い争いしていた俺たちの間には気まずい空気が流れる。
特に拒絶していた兵助の気まずさといったらないだろう。悪あがきに「いや、でも」と拒否する理由を述べようとする。

そんな兵助に、学園長先生はふと思いついたように声をかけた。

「そうじゃ、本来であればこれは六年生に頼むような任務。それを五年生に頼むのであれば何かご褒美がいるのう」

「えッ、褒美が出るんですか?」

思わずで声を上げた俺に、後ろの三郎がコソッと「どうせ学園長先生のブロマイドとかサインだろ」と囁いてくる。さらに三郎の後ろで雷蔵が「こらッ」とこれまた小声でコソッと注意した。
一方そんな俺たちのやり取りに気付くことなく話を続ける学園長。

「そういえばもうすぐ予算会議の時期じゃったか。どうかのう、無事に烏丸さんを連れて帰れたらその委員会の予算にちょこっと色をつけるというのは」

……………………。

「……………ちなみにちょこっと、というのはどれくらいちょこっとですか?」

沈黙した俺たちの中でそそくさと学園長先生の側に寄った兵助。
二人は顔を寄せてヒソヒソと「えっそんなに色つけちゃうんですか?」「つけちゃうぞつけちゃうぞ」「前に予算会議で却下された甘酒買えちゃうじゃないですか」「甘酒も買えちゃうぞ」と話す二人。

そして話がついた兵助はキリッとした表情で俺たちに向き直り、言ったのだった。

「みんなー!山賊に拐われた女性を助けるのは人として当然のことだ!五年生一丸となって頑張ろう!」

兵助お前ぇぇぇぇぇッ!!!!




※※※※※※※




そんなこんなで衣織さん救出のために忍術学園を出発した俺たち。

出発前に三郎と兵助が「お前なんだよその掌返しは!」「委員会の経費は切実なんだよ!学級委員長委員会の三郎には分からないだろうけどな!」と取っ組み合いのケンカをしかけたが何とか引っぺがした。
俺は兵助の方を押さえたのだが、血走った目で「委員会に六年生がいない八左ヱ門は俺の気持ち分かるだろう!?なぁ!?」と叫んできたのは怖かった……。
ひょっとして俺たちって自分たちが思ってるより仲悪いのかもしれない。

「でもラッキーかもなぁ。山賊の相手なら楽勝だし今日中には帰れそうだ」

山道を足取り軽く歩きながら、嬉しそうな声を出す勘右衛門。その言葉に苦笑いを浮かべた雷蔵が「学園長先生が聞いたら忍者の三病だってお怒りになるよ。まあ僕が言えたことじゃないけど」と言う。

それを聞いてふと思い出したように声を発したのは兵助だ。

「そういえば学園長先生、最初は六年生に頼むつもりだって仰っていたな」

「この程度で六年生に?それは逆に敵を買いかぶり過ぎだろう。たかが山賊だぞ」

三郎の言うとおり、六年生ともなればかなり危険な任務も請け負うくらいの実力を身に着けている。敵の城の忍者を相手にするならともかく、山賊なんて束になっても六年生一人にすら敵わないはずだ。

「山賊云々じゃなく拐われたのが天女様だから気を使えってことじゃない?」

「おほー、なるほど!大名のお姫様の警護のようなものか!」

勘右衛門の言葉に俺はポンと手を打った。

「でもあの人が山賊にやられて怪我するってちょっと想像できないなぁ。これが下級生なら急いで助けないと!って思うんだろうけどやる気が出ないというか」

「確かに。それに衣織さんって縛られても普通に寝てそうじゃないか?それどころか朝食とか要求してそうだぞあの人」

「やりそう〜!人身売買されても私の値段はそんなに安くない!って怒って自分で値上げ交渉してたりして」

俺、三郎、勘右衛門の順番でそう言って大声で笑う俺たち。
雷蔵は苦笑いしたものの何も言わず、兵助は肩を震わせて笑うのをこらえている。とても平和な雰囲気だった。

最初こそ天女様である衣織さんの言動に翻弄されていた俺たちだけれど、いい加減ひと月も同じ敷地内で生活していれば言動の予測もできるようになってくるもので。
そろそろ賭博に行こうとする頃かな、とか吉野先生に怒られたからしばらくは大人しくなるだろうな、とか。

些細なことだけど、それでも衣織さんのことは少しずつ理解してきている。山賊に拐われたからといって恐怖に震えて泣き叫ぶような人じゃないことも、俺たちはもうとっくに理解していた。

「そろそろ山賊の根城だ、この先の廃寺を拠点として勝手に居座っているらしい。山賊に狙われるのを期待するのは時間がかかり過ぎるから、こちらから迷い込んだフリをして捕まるのが手っ取り早いだろう。それで誰が捕まる役をする?」

足を止めた三郎の視線の先には、朽ちてはいるもののまだ人が寝泊まりする分には問題ない程度の廃寺。

振り返った三郎の言葉に俺たちはすぐに作戦を察した。

まずは人質として捕まって内部の様子を探り、まだ衣織さんがいれば救出して逃げる。もしも衣織さんがすでにどこかへ売られた後なら待機組も突入して山賊を捕縛し、衣織さんの行方を吐かせる。

気を付けるべきは衣織さんと俺たちの関係を悟られて山賊に人質にされないことか。

「じゃあ捕まる役は私と八左ヱ門で。三人は近くの木の上で待機していてくれ」

三郎の言葉を皮切りにシュッと飛び上がって木の上に消える三人。

一方で俺と三郎は少し髪の毛や衣服などを乱れさせて、さも「山道に迷っていますよ」という体を演出した。………よし。

「あー、道に迷って歩き疲れたなぁ。少しここで休んでいこう!……いてッ」

「そうだな、少し水でも飲むか」

大声で俺がセリフを言い終わった瞬間、ヒジで脇腹を突いてきた三郎。

(何するんだよ!?)と思わず矢羽音で怒れば、同じく矢羽音で(その大根演技はなんだよッ!)と言い返される。
そんなにヒドかっただろうか、と思わず木の上の待機組の方を見れば三人そろって渋い表情で顔を横に振られた。せめて雷蔵は迷って欲しかったな……。

廃寺の中からは何人かの気配がする。
俺と三郎はいかにも疲れてますよ、といった風を装って廃寺の縁側に腰掛けた。

その瞬間、俺たちの狙い通りにガラリと開く背後の障子。振り返った先にいるのは武器を構えた山賊たちだ。

俺と三郎はすかさず「うわあッ!」と怯えたような悲鳴を上げて腰を抜かす。そんな反応に山賊たちは満足したようで、ニヤニヤと笑いながら武器を下ろした。

「今日はツイてるぜ、働き盛りのガキが二人も飛び込んできてくれたんだからよぉ。売り飛ばしゃイイ金になる」

「大人しくしてろよ?こっちだって売り物に傷は付けたくないんでねぇ」

そう言いながらせっせと俺と三郎を縄で後ろ手に縛る山賊。普通の縛り方なので縄抜けの心配はしなくて良さそうだ。
すっかり油断しているのか、一人が縛っている間にもう一人は武器を構えることすらしない様子からして、数さえ多くなければ俺と三郎だけで制圧できるかもしれない。

縛り終わって「ほらさっさと歩け!」と怒鳴る山賊。
さらに部屋から出てきた山賊が「ちょうどお頭も起きたところだしどうやって金にするか聞こうぜ!」と意気揚々と叫ぶ。

「おお、二度寝からお目覚めか!」

「ちょうど良かった、このガキ共をどうするかお頭に聞いてみよう!」

「お頭、お頭ーーーッ!!」

どうやら山賊のお頭が出てくるらしい。

ワイワイ騒ぎ出す山賊達にバレないように視線を合わせる俺と三郎。上手く山賊のお頭と会話ができれば衣織さんが今どこにいるのか聞き出せるかも。

俺と三郎は視線を通わせると、即座に矢羽音を送り合って山賊の登場を待ち構えた。

そして、奥の部屋の襖がカラリと開き、そこから出てきたのは。

「お頭じゃなくて工場長と呼べって言ってんだろコノヤロー!!」

衣織さんだった。

………………衣織さんだった。

いや、そっちぃぃぃぃ!?まさかの山賊側かよぉぉぉぉ!?

予想だにしなかった展開に背景に宇宙を背負って呆然とする俺と三郎。

背後では兵助たちも呆然とした表情で「これ助けに飛び出すべき?」「いやまだ早いんじゃないか」「そもそも誰を何から助けるべきなんだ」と混乱の極みを招いている。

そんな俺たちの混乱には一切気にも止めず、山賊たちの「工場長って何ですか?」という質問に「この世で一番偉い存在だよ、なんてったって工場長には生産性があるからねェ」と答える衣織さん。
そんな、縛られてもいなければ痛めつけられた様子も一切ない衣織さんは、後ろ手に縛られて呆然とする俺たちに気付くと「あ」と声を上げた。

「にんじゅつ、」

「衣織さんの近所に済む町人Aの竹谷八左ヱ門ですッ!奇遇ですね!そしてこちらは町人Bの鉢屋三郎です!」

「忍術学園」と言おうとした衣織さんの言葉を遮り、自己紹介をかぶせる俺。
衣織さんは一瞬首を傾げたものの、しばらくするとポンと手を打って「そういえば学園のことは言わない方がいいんだっけ」と得心したように頷いた。良かった、とりあえずの設定は伝わったみたいだ……!

忍者ということを山賊に無事に隠せてひとまず安堵の息を吐いた俺は、次に今一番の疑問を投げかける。ちなみに三郎はまだ隣で宇宙を背負っているのでしばらくは帰って来れないかもしれない。

「あの、衣織さん。ひょっとして山賊のお頭をされてるんですか……?賭博で負けて身売りされたと聞いたのですが」

「そうなんだよ、ちょっと負けが込んで山賊に売られちゃってねェ。でも山賊業界も人手不足らしくてさ、なんかお頭が休みがないって嘆いてたから月火水木のシフトで引き受けてあげたんだよ」

「シフト制!?シフト制で山賊してるのかよこの人!?」

っていうか、それでよくこの山賊たちも言うこと聞いてるなッ!?

「山賊業もなかなか収入が安定しないらしくてねェ。私も自営業だから「分かる〜」って話してたら意気投合しちゃって。老後が不安だから何か資格を取りたいって言うんで、じゃあ私がお頭代わろうかって」

「いやいやいやいや、なんで身売りされた人間と山賊が意気投合してるのかも分からないですし山賊のお頭を代わろうとするのも意味が分からないです」

腕を組んだ衣織さんはしみじみとした様子で今までの経緯を語ってくれるけども、その内容は全くもって意味が分からない。
ごめん、さっき「衣織さんの言動が予測できるようになってきた」と言ったのは誤りだったみたいだ。撤回させてくれ。

「それでその金土日シフトのお頭が今どこの城でも引っ張りだこの忍者やってみたいってんで、シフトがない日は通信講座で忍術免許試験とやらの勉強してるんだよ」

「……………あの、色々言いたいことはあるんですけど、捕まってるわけじゃないなら学園には戻られるんですよね?」

学園長先生の指示は“烏丸さんを連れ戻せ”という内容だった。

つまり衣織さんの安否を確認して「山賊のお頭してました」と報告するだけでは足りず、衣織さんを忍術学園まで連れて帰らなければならないということ。
ふと一抹の不安を抱いた俺の質問に、衣織さんは「あぁ」と何かを思い出したような反応をした。

「そうだ、ちょうど伝言しようと思ってたんだよ。その金土日シフトのお頭が忍術免許試験に合格するまではここで山賊するのでしばらく学園には帰れませんって」

その瞬間、ズシャアッ!と背後で誰かが木の上から落ちる音がした。
多分兵助だろうなぁ、増えた予算で何を買うか楽しみにしていたし。安らかに眠れ。

そして兵助が木から落ちるのと同時に、俺たちは学園長先生が「これは本来ならば六年生に頼む任務だ」と言っていた意味をようやく理解した。

シフト制とはいえ衣織さんは山賊の頭になってしまったのだ。
俺たちが山賊を壊滅させて忍術学園に連れ帰ろうとすれば天女様である衣織さんの機嫌を損ねてしまう可能性が高い。よってその手段は使えない。
かと言って、うまく言いくるめて衣織さんだけここから連れ出したとしても何故か従順なこの山賊達が衣織さんを追いかけて忍術学園までついてきてしまう可能性もある。よってその手段もなし。

そんな八方塞がりの状態に気付いて気落ちする俺たち。

そんな俺たちの空気を一切気にすることなく衣織さんはのんびりとした声で尋ねる。

「そういえば君らは何しに来たの?」

その質問に答えたのは、ようやく宇宙から帰還した三郎だった。

「さ、山賊の頭になられた衣織さんのお手伝いをしようと思いまして……ッ!」

えっ。

「なに、君らも山賊やりたいの?じゃあちゃんと履歴書書いて面接の日程の予約しなきゃダメじゃん」

えっ。

山賊になるのに面接いんの!?と内心で驚愕する俺。

そんな驚愕する俺に構わずヤケクソのように「すみませんでした!紙をいただければ今すぐ履歴書を書きますので!」と叫び、衣織さんから紙を受け取る三郎。

すでに任務失敗の気配を感じつつ、縄抜けした俺も衣織さんから紙を受け取って死んだ目で筆を取ったのだった。





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(山賊の志望動機って何を書けばいいんだ)




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