Novel | ナノ





「くそぅ、こんなはずでは」

ブチリと雑草をむしった私はそれをカゴの中にポイと放り投げながらブツブツと文句を呟いた。

缶蹴りならぬ竹蹴りであの七松コノヤローをぎったんぎったんに泣かせてやろうと思っていたのに、なんと結果は吉野先生に怒られておしまいという不完全燃焼。
せめて私が賭場に行くのを諦めた回数は泣かせてやろうと思っていたのに、おのれ運のイイやつめ。

ちなみに吉野先生に連行された私はたっぷりお説教された後に謹慎処分を解除され、また仕事を任されるようになった。小松田くんがニコニコと「おかえり〜」と手を振ってきたが彼は私がお使いに行っているとでも思っていたのだろうか。

そして雑草むしりを命じられた私はこうしてせっせと吉野先生からの信用を回復すべく仕事に励んでいるのだが、なんと事務室を出る前に懐にしのばせていた宝烙火矢などの火器類を全て没収されてしまった。
そのとき私の懐からゴロゴロ出てくるクナイや手裏剣、宝烙火矢等に吉野先生が「この量がどこに…?」と本気でドン引きしていたのは見なかったことにした。

そのせいで火器類で雑草をすべて吹っ飛ばすという方法が取れなくなってしまったため大人しく普通に草むしりをしているのだが、吉野先生も私の機先を制するとは腕を上げたものである。

吉野先生の指導力がレベルアップしたことに感心しつつ、私がまたブチリと抜いた雑草をカゴの中に放り投げた時だった。

私が握ろうとした草が急に陰る。自分の影によるものではないそれに雲でも出てきたのかと顔を上げてみれば、目の前にはいつの間にか黒い忍装束の男が立っていた。

「やっ」

「……………………」

私の前に立ち、気安く声をかける全身包帯まみれの男。これは、あれだな。

「曲者じゃァァァッ!であえであえ!」

「えっ、ちょ、えぇッ!?」

私に叫ばれると予想していなかったのかワタワタと慌てて「待った待った!」と叫びながら口を押さえてくる曲者さん。
その後ろには同じく黒い忍装束を着た若い青年が驚いたように目を丸くしている。

口をふさがれた私はモガモガと口を動かしながら「入門表にサインしました?」と聞いてみたものの、曲者さんに「いま気にするべきはそこじゃないよね!?」と一蹴されてしまった。なんだこの曲者生意気だぞ。

「えッ、私のこと覚えてないの?本当に?嘘でしょ?」

「やだナンパですか?うちそういうの間に合ってるんですよね、せめて銀ちゃん通してもわらないと………いだだだだだッ!」

どうやら私の対応が気に食わなかったらしい曲者に片手で頭を掴まれてしまった。後ろの青年が「組頭、女性に何を!?」と驚きの声を上げたが、おろおろするばかりでそれ以上止めようとはしてくれない。
どこぞの姉のように片手で体を持ち上げたあげく投げ飛ばしたりこそされないものの、銀ちゃん以外の男に触られるのがイラッとしたので相手の股間に足を振り上げた私。しかし足が届く前にサッとよけられてしまった。おのれ忍者め。

私の頭から手を離した曲者さんは、今度は私の両肩をつかんでガックンガックンと揺らしてくる。

「本当に覚えてないの?雑炊もあげたし天女様のことも教えてあげたのに?嘘でしょ?自分で言うのもなんだけど私ってすごく覚えやすい見た目してるのに?殺気まで飛ばして脅した相手のこと普通忘れる?」

なんかこの人必死で話しかけてくるなぁと思いつつ「やめてください先生、私達病院内でデキてるって噂になってますよ」と適当な台詞を返せば「三文芝居はいいからッ!」と怒られてしまった。
はて、こんな知り合いいただろうか。

大体、私だって本当に殺気を向けられたら容易に忘れることはない。七松あんちくしょうが良い例だ。となるとどうせ殺気を飛ばしたと言っても「お?お前やんのかコラ?どこ中だテメー」程度のものだったのだろう。

そもそもかぶき町の住人なんて「おはようございます、今日もいい天気ですね」の挨拶の代わりに「ぶっ殺すぞゴラァ!」と怒鳴るような人種が住む町である。袖振り合えばにらみ合い、肩がぶつかれば啖呵をきるような人間どもが住む町で暮らしている私には、いちいち本気でない殺気を向けてきた相手なんて覚えちゃいられないのである。

思い返してみたものの、やっぱり何も思い出せなかった私はガックンガックン揺らしてくる曲者さんに「人違いだと思いますよ」と勘違いの可能性を指摘する。

「だって本物の殺気を向けてきた相手なら、いくら私でも忘れませんよ」

「………………」

面倒くさい気持ちでそう答えると、曲者の動きがピタリと止まった。

「……なるほどねぇ、今ので君のことが少し理解できたよ。それは“本物の”殺気を知っている者にしか言えない台詞だ」

曲者さんの目がスッと細められ、まるで探るように私の目を覗き込む。

「初めて会った時は少し護身術でも嗜んだ程度の女の子かと思っていたけれど、どうやらそれなりの死線を経験しているらしい。それにしてもここまで手練であることの匂いを消すとはね。騙されたよ」

「なんか勝手に人のこと判断して勝手に騙されてる……。ところで一人で盛り上がるのは勝手なんですが、用がないならそろそろお暇してくれませんかねェ。こちとら草むしりで忙しいんですが」

私がそう言うと、なぜだか「組頭に対して失礼だぞ女ッ!」と怒り出す後ろの青年。それをスッと片手を挙げて無言で制した曲者さんは「用ならあるよ。というよりも、今ので用ができた」と静かに言った。

「ひとまず自己紹介をしておこうか。私はタソガレドキ城に仕えるタソガレドキ忍軍忍び組頭の雑渡昆奈門。言っておくけどこの自己紹介するの二度目だからね」 

「はぁ、そのどこぞの組頭の雑渡さんは何の御用ですかねェ。学園長先生を暗殺したいのなら庵はあちらですよ」

「君って人の心とかないの?」

「だって学園長先生の暗殺は恒例行事みたいなもんですし……」

そりゃ私だって初めて忍術学園に暗殺者が来たと聞いた時は学園長先生も大変なんだなぁと思ったけども、それが何度も何度も続けば「またか」となる。今となっては屋根の上で酒を片手に暗殺者が逃げて行くのを眺めるくらいの出来事でしかない。
忍たまたちが様々な忍術を使って暗殺者を追い払う様は見ていて面白くもあった。

しかしこの曲者あらため組頭さんは、どうやら暗殺に来たわけではないらしい。

それなら一体何の用だろうと思って眺めていれば、組頭さんは後ろに控えていた青年に向かって「そんなもん」と呼びかける。いきなり罵られた青年に同情を感じていれば、罵られたはずの青年は真面目な顔で「はッ!」と返事をした。
ひょっとして「そんなもん」とは彼の名前だったのだろうか。この世界の人々の名付け方に今更どうこう言うつもりはないが、親ももう少し他の名前をつけてやるべきだったのではと思ってしまう。

「衣織ちゃん、彼は諸泉尊奈門といって私の部下だよ。尊奈門、こちらのお嬢さんは烏丸衣織ちゃんと言って忍術学園で天女様と呼ばれている子だ。ちゃんちゃらおかしいけど笑ったら駄目だからね」

「て、天女様?」

「お?なんだテメー天女バカにしてんのか?やんのかコラ?天女ナメてっとつぶすぞ?どこ中だテメー言ってみろコラ」

「わぁすごい、本気の殺気だ」

メンチ切りつつにらみ上げれば、雑渡さんはとてもやる気のない表情で「すごいすごい」と言った。見事な棒読みだった。

「組頭、何故この女が天女様などと呼ばれているのですか?確かに見目は良いですが、そこまで仰々しい渾名をつけられるほどだとは思えないのですが」

「何でだと思う?尊奈門」

「えっ!?」

質問に質問で返された尊奈門くんはワタワタと慌てだすと、頭を抱えて「いったい私は何を見落としているのだ!?」と真剣に悩み始めてしまった。
いくらなんでもこの上司は無茶ぶりしすぎじゃなかろうか。見たところこの尊奈門くんは学園内のことに疎そうだし、いくら忍者とはいってもそんな訳のわからないクイズに答えられる者はいないだろう。

これもパワハラの一種ではと尊奈門くんに同情していれば、彼は唐突にハッと顔を上げて「分かったぞ!」と叫んだ。

「先ほど組頭はこの女のことを手練だと仰っていた!つまりくノ一!そして天女様という渾名で呼ばれているのはこの忍術学園でも高い地位にいるということ!すなわち学園長である大川平次渦正の愛人で実年齢は50歳は超えているにちガッ!?」

後ろ頭を掴んで雑草の入ったカゴに突っ込めば、それ以上喋ることができずに手足をジタバタして逃れようとする尊奈門くん。
もちろん逃がすはずもなく「やだねェ、今この子なんて言おうとしたのかしら」と私はニコニコと笑みを浮かべた。

「うふふ、なんだか私が学園長先生の愛人で50歳超えてるなんて言葉が聞こえてきたけどどういうことかしら。ちょっとこの頭パーンッてして中身見てみようかしらねェ」

「衣織ちゃん、そろそろうちの部下が死にそうだからやめてくれるかな」

「えっ、これくらいで死にます?私の知り合いならここからさらに池の中に投げ飛ばした挙げ句、お詫びの品を買わせるくらいはするんですけど……」

「君の知り合いって人の心とかないの?」

尊奈門くんの頭を片手で押さえつけたまま、反対の手で口元に手を当てて「心外だわ」という表情を作る私。
お妙ちゃんならここから池の中に投げ飛ばした後、罰としてキャバ嬢全員分のハーゲンダッツを買わせるくらいはするはずだ。それに比べれば私の対応はだいぶ優しい方だと思うのだが。

自分の優しさが伝わらないことに首を傾げつつも仕方なく手を離してやれば、尊奈門くんは即座に顔を上げて「ぺッ!ぺッ!」と口から雑草を吐き出した。

「い、いきなり何をするんだッ!?あやうく窒息して死ぬかと思ったぞ!?」

「尊奈門も女性の扱いがまだまだだねぇ。そりゃあんなこと言われたら大抵の若いお嬢さんは怒るよ?」

「そんなぁ……」

雑渡さんに注意された途端、しおしおと落ち込む尊奈門くん。
かつて恩師たる松陽先生に「人が落ち込んでる時はあえて元気に声かけしてあげるのも良いですよ」と聞いたことがある私は、今こそ励ましてあげる時だと気合を入れて「やーい怒られてやんのー!ざまァみそらしど!」と笑顔で叫んでいたのだが、雑渡さんの次の言葉にピタリと動きを止めた。

「それじゃ尊奈門、この天女様について理解できるまで監視をよろしくね」

「「はァ!?」」

同時に叫んだ私と尊奈門くんを見て、感心したように「わぁ、息ぴったり」とぱちぱち拍手する雑渡さん。困惑する私達に、雑渡さんは拍手する手を止めた後、監視について詳細な説明を開始した。

「監視といってももちろん本人にバレないようにする必要はないよ、もう本人そこで聞いちゃってるしね。小姓のように側にいればそれで良い。タソガレドキ城の不利にならないことなら協力してもいいかな。それは尊奈門の判断に任せるよ」

「組頭、そこまでするほどの価値がこの女にあるというのですか!?」

「それは今の時点では分からないから徒労に終わる可能性もあるんだけど、忍者として懸念材料は本当に懸念材料になる前に調べておかないといけないよね」

「なるほど……ッ!そういうことでしたらこの諸泉尊奈門、精一杯この女の監視を務めさせていただきます!」

「じゃねェだろォォォォォッ!!」

なんか盛り上がっちゃってる二人の頭を掴んで互いに頭突きさせようとした私。
しかし尊奈門くんの頭は掴めたものの、雑渡さんの頭は掴む前にサッと避けられてしまったので尊奈門くんだけ地面に思い切り叩きつけておいた。おのれ忍者め。

「なに本人の前で勝手に決めてんの!?こちとら嫁入り前の乙女なの!歳の近い男に側にいられて銀ちゃんにあらぬ疑いかけられると困るの!童貞にオカズ提供する気はねェんだよ、部下に女の扱い学ばせたいなら遊郭にでも連れて行けや!」

「とても嫁入り前の乙女とは思えない発言だね。もちろん風呂や厠、寝所まで監視させるつもりはないよ。そこまで見張るのは行方を見失ってはいけない者に対してであって、君は忍術学園から出る気はなさそうだし」

「いやいや、風呂とか厠以外でもいい年頃の男女がずっと一緒にいたらねんごろな仲だと思われるでしょうが!そんなに監視したいならせめて常に1町(109メートル)の距離は置いてくれます!?」

「それただの同じ敷地内にいる他人だよね、その距離じゃ監視どころか相手が何してるかも分からないんだけど」

呆れたように「異性関係だけは身持ちが固いんだねぇ、人の心がないくせに」という雑渡さん。こんな品行方正な女をつかまえて失礼なことを言いおる。私は博打も酒もたしなみませんよ、みたいな表情を取り繕って雑渡さんを睨みつけた。
そんな私の全くもって正当な主張に雑渡さんはのんびりした様子で「うーん」とアゴに手を当てて思案した。

そしてしばらくすると「そうだ」とポンと手を打ってこちらを見る。

「ほら、君の好きな銀ちゃんもさ、いくら子供が多いとはいえ君がこんな男だらけの場所にいたら心配するんじゃないかな」

「えっ!?」

なんでこの忍者は銀ちゃんのことを知ってるんだろうと思いつつ、私は不穏な話題にサッと顔を青ざめた。

「結婚を考えてる相手が異性ばかりの環境にいるって、誰しもあまり気分は良くないんじゃないかな。ひょっとしたら銀ちゃんもそれが原因で君との結婚をやめようと思うかもしれないね」

「あわわ、あわわわわわ……!」

なんてこった、確かに銀ちゃんは案外嫉妬深い男だ。多少の嫉妬ならスパイスにもなるだろうが不貞を疑われるレベルともなれば、いくら私のことを好きな銀ちゃんといえども傷心して諦めてしまうかもしれない。
いかん、銀ちゃんが傷付いてしまうのはいかんぞ。

今すぐにでも忍術学園からお引っ越ししたい気持ちになりつつも、元の世界に帰るための条件が全く分からない以上この場所を離れることもはばかられる。
もしも元の世界に帰る条件が私がこの世界に落ちてきた場所の近くにいることだったりしたら、お引っ越しすると二度と帰れなくなってしまう可能性だってあるのだ。 

でもこのままこの場所にいて、銀ちゃんに乱交してたと思われるのも嫌だ。
どうしようどうしよう、と頭を抱える私に雑渡さんが「そこで尊奈門の出番だよ」とまるでテレビショッピングの商品紹介のように自分の部下を差し出した。

「え、そこでってどこですか?」

私に頭を地面に叩きつけられたことで未だに目を回している尊奈門くんと雑渡さんを交互に見比べる私。
そんな私に雑渡さんは尊奈門くんのおすすめポイントの説明を開始する。

「先程のやり取りからでも分かるように尊奈門は女性の扱いには長けていない。そういうのは男同士ならすぐに分かるものでね、銀ちゃんも一目見て尊奈門が軽々しく女性に手を出す人間ではないと分かるはずだ」

「確かに一理ありますね……。男の子ってすぐ「俺は過去に彼女いたことあるぜ」とか「初体験は済ませた」とか自慢しますけど嘘くさい奴は後で絶対仲間内で「アイツ絶対嘘ついてるぜ」って言われてますもんね」

「なんで女の子の君が男同士のそんな残酷な現実知ってるの?」

ちなみにこれは攘夷戦争時代の実際の目撃体験である。銀ちゃんたちがコソコソ話してるので何だろうと聞いてみれば「田中アイツ絶対嘘ついてるよ。彼女いたことあるって言うけど遊郭で女相手に固まってたぞアイツ」と騒いでいたのだ。
ちなみにその後銀ちゃんには遊郭に連れ出したヅラくんや坂本くん含めて厳しくお灸を据えておいた。私というものがありながら他の女を見るんじゃないよ。

「とにかく、そんな尊奈門が四六時中側にいたとなれば他の男に手を出されたとはまず思われないだろう」

ようやく回復した尊奈門くんが「なんだか私がとてつもなく初な男みたいに言われてる気がするのですが……」と話しかけたが、雑渡さんはそれを見事にスルーした。

「なるほど、彼自身が私が乱交していないという証明になるわけですね。でも尊奈門くんが私に劣情を抱いたらどうするんですか?これくらいの年齢の男の子ってそういうことばっか考える時期でしょうよ」

「うん、女の子が乱交なんて言葉使わないようにしようか。そこは問題ないよ、尊奈門は実は土井先生に勝負を挑むという趣味があってね、三日に一度は勝負を仕掛けても良いように私が学園長に許可を取っておく。ほらよく言うでしょ、男は趣味が充実してると女に興味なくなるって」 

「えッ、いいんですか組頭!?」

「な、なるほど……ッ!」

まるで暗雲にさした一筋の光明のような提案に私は歓喜した。この尊奈門くんがそんな便利アイテムだったとは!
王様からひのきの棒しかもらえなかった私だが、それもこの重要アイテムゲットの布石だったのだと思えば納得できる。

尊奈門くんも何やら「必ずこの機会に決着をつけてやるぞ土井半助!」と燃えているし雑渡さんの提案は三方良しの素晴らしいモノな気がしてきたぞ。

「ってことで尊奈門を衣織ちゃんの監視につけてもいいかな?」

「いいともーーーっ!!」

勢いよく手を上げて返事した私に、雑渡さんが「ちょろい子だねぇ」と感心していたのは気にしないことにする。







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(理由は分からないが監視されるらしい)



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