Novel | ナノ

「なーんだ、二人とも本当に沖田総悟とは無関係だったんだね」

あれから二人の少年に必死で説得されたことによってようやく警戒と誤解を解いた私は、木刀を下ろして頭を下げた。ごめんなさいすれば何でも許されるワケじゃないけど謝罪は大事。

「ごめんねー、いきなり殴りかかっちゃって。でもほら、今回は痛み分けってことでお互い水に流そうよ」

「………痛み分けといっても、私たちが貴女に何かした覚えはないのですが一体何が痛み分けになるのですか?」

「私が今までの人生で経験してきた辛い出来事と相殺ってことに」

「それ、私たちには全く関係ないですよね」

そう言ってジッと冷たい視線を向けてくる黒髪ポニーテールの少年、確か名前は立花仙蔵くんだっけ?の台詞を無視した私はその隣で地面に座り込んでいる善法寺伊作くんの顔を覗き込んだ。

「ごめんね、思いきり殴っちゃったけど目眩とかしてない?」

打撲で一番怖いのは頭への衝撃だ。その時は何も異常がないように感じても、後から唐突に容態が急変したりするから油断できない。殴った相手が真選組とかだったら受け身くらいとれるだろうと放置するんだけど、さすがに初対面の少年相手に放置プレイすることはできなかった。

私が話しかけると、疲れきった様子で地面にへたり込んでいた善法寺伊作くんは顔を上げてふにゃりと笑う。

「僕は大丈夫なので気にしないでください。それに、今までの天女様も最初は取り乱す人が大半だったから、覚悟はできてましたし」

「うん、やっぱり病院に行って頭の検査してもらおうねー!なんかゴメン本当にゴメンね!治療費は私が出すから今すぐ病院に行こうね!」

なんてこったい、やっぱりこの少年は頭に深刻なダメージを負ってしまったみたいだ。一見すると普通に見える人間に電波発言をされるのって、本当に怖い。腕に鳥肌が立つくらい怖い。

それでも彼が電波になってしまった責任は私にあるので、私は伊作くんの腕を掴んで彼を立ち上がらせる。ちなみに「保険証はもってる?」と尋ねれば返ってきたのは微妙な反応だった。どうやら持ってないらしい。あれって初診のときは必要なんだっけ?なくても大丈夫なのかな。えぇい、ままよ!

「どこに行かれるおつもりですか?」

伊作くんの腕を引いて走り出そうとした私を、仙蔵くんが引き止めた。

「どこって、伊作くんを病院に連れて行ってあげようと思って。なにやら頭の調子がよくないみたいだから」

「えぇッ!?僕の頭はまともですよ!?」

私の返答を聞いた伊作くんが声を上げたけど無視無視。頭の可哀相な人ほどそう言うんだよ。きっと伊作くんの脳内世界には天女様をはじめ妖精とか小人とかが住んでるんだろう。幼女なら可愛いなぁと和むだけで済むものの、男で、しかも伊作くんくらいの年齢の子の発言としては完璧にアウトだ。

でも先ほどからの対応からして伊作くんは他人に危害を加えたりするタイプじゃなさそうだし、悪い子には見えない。もしかしたら何かストレスがたまっていて妄想に逃げている状態なのかも。だったらなおさら、彼を医者に診せてやらねばなるまい。

けれど仙蔵くんは、そんな義務感に駆られている私をただ冷めた目で見ているだけだった。

「衣織さん、伊作の頭は問題ないので離してやってください。あと、貴女が仰っている病院という場所はどこにもないと思いますよ?」

「……え、それってどういう意味?」

仙蔵くんの言葉の意味が全く分からず、私は首を傾げてしまう。ひょっとして仙蔵くんはこの近くには病院がないと言いたいのだろうか。でも江戸には大江戸病院をはじめとして沢山の病院があるし、江戸じゃなくても今時どこでも病院の一つや二つはあるはずだ。

「あ、もしかしてここからスゴく遠い場所にあるとか?それなら大丈夫だよ、この森さえ出ればタクシーの一台くらいすぐに捕まるだろうし」

「たくしー、というのが何かは知りませんがこの森を出ても貴女が行ける場所なんてどこにもありませんよ」

「……悪いけど君の言わんとしてることが分からない。もっと明確に言ってもらえる?じゃなきゃ私に喧嘩売ってるんだと受け取るよ」

我ながら大人気ないとは思ったけれど、あまりにも仙蔵くんの物言いに引っかかるモノがあったので私の口調は少しキツくなってしまった。視界の端で伊作くんが私からそっと離れていくのが見えたけれど、どうして彼は不安げな表情を浮かべているんだろう。

一方、私の鋭い声を受けたはずの仙蔵くんは全く怯むこともなく、むしろ愉しそうにニヤリと微笑んでみせる。……そんな彼の口から次に発せられた言葉は、私に衝撃を与えるには十分すぎるモノだった。

「ここは、貴女の世界ではないんですよ」

「………………」



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(あぁ、君も頭が可哀相な子だったんですね)


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