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そんなこんなで開始した、缶蹴りならぬ竹蹴り勝負。七松先輩が竹を拾いに行っている間に僕らはとりあえず衣織さんと近くの屋根の上に隠れることにした。どうか七松先輩が焼きそばパンなるものを探しに行かずに早く戻ってきてくれますように。
ちなみにこの勝負、衣織さんが勝とうが七松先輩が勝とうが僕らが得るものは何もないのでやる気はまったくない。
むしろ七松先輩が勝ったほうが僕らが衣織さんにイジワルされなくなるのだから七松先輩に協力すべきでは?

そう口にしようとしたら、次屋先輩に肩をポンと叩かれて静かに首を横に振られる。「それ言うと、衣織さんに殴られるからやめといたほうが良いと思う」先輩からのありがたい忠告だった。
そんな、どこかしまらない僕らの空気を一変させたのは衣織さんの行動だ。

「ところで衣織さん、どうやって七松先輩に缶蹴りで勝つおつもりで…………………何をされてるんですか?」

滝夜叉丸先輩の愕然した声に僕も目を向ければ、屋根の上に体をうつ伏せにして火縄銃をかまえる衣織さんがいた。………いや本当に何してるのこの人!?

「衣織さん?誰だいそれは。私は殺し屋烏丸13。気安く近づくとその綺麗な顔と頭が吹っ飛ぶぜィ」

「さーてぃーんって何ですかぁ?」

時友先輩の質問に、衣織さん、いや烏丸13さん?は火縄銃をかまえたまま答える。 

「サーティーンとは南蛮語で不吉の数字、十三をあらわす言葉だよ。今年に私が賭場で有り金全部すった回数でもある」

思ってたより不吉の数字の由来はくだらないものだった。

「あの、まさかその火縄銃で七松先輩を撃とうなんて考えておりませんよね……?」

「なんだいなんだい、滝夜叉丸くんは火縄銃の使い方も知らないのかねェ?当然七松クソヤローを撃つために決まってんだろ、そんなことも分からないなら忍者やめちまいな」

「いやいや当然のような顔して何言ってるんですか!?ダメに決まってるでしょ、アンタ遊びごときで死人出す気ですか!?」

「遊びごときとは何だテメぇぇぇ!!缶蹴りナメてんじゃねェぞ、やる気がないならさっさとお家帰ってママのおっぱいでも飲んで寝てな!!」

「えっ帰っていいんですか?……いたッ!」

期待した声を上げた次屋先輩が衣織さんに頭をポカリと殴られた。
さすが、言ってることとやってることが違うことに定評のある衣織さんだ。うっかり次屋先輩と同じことを言いかけた僕はこっそりと口を閉じた。危ない危ない。

「だいたいさァ、なんでそんなにやる気ないの君ら。先輩なんてどこの世界でも偉そうにして焼きそばパン買わせてくるだけの存在じゃん。合法的に殴れる機会なんてヒャッハーして参加するもんじゃないの?」

銃口を空に向けて呆れたような表情を浮かべる衣織さん。いったい衣織さんの中で先輩というのはどういう存在なんだろう。

当然ながら僕らの中で同意する人はおらず、呆れたような表情で口々に七松先輩への思いを口にした。 

「どんな先輩ですかそれ……七松先輩は後輩を使いパシリにはしませんよ」

「七松先輩は優しいですよー。そりゃ体力についていけない時はありますけど面倒見はいいし困ったら助けてくれるし」

「細かいこと気にしなさすぎですけど逆にそれで助かる時もあるし」

「ふーん。どうでも良いけど他人の良い噂って聞いてても何も面白くないね」

とても興味なさそうな表情を浮かべた衣織さんは体育委員会の七松先輩に対する評価を一蹴した。
相変わらず言動がひどすぎる御人だ。

けれど、衣織さんの次の言葉に僕らの空気感は一変した。

「じゃあ七松コノヤローが天女の命令で殴ってきたことは怒ってないんだ君ら。それなのに小平太くんが避けてるってことはよっぽど君らは頼りないと思われてるんだねェ」

「……………は?」

今、この人は、何を言ったんだ。

「だってそうじゃん?同じ力量同士なら殴ろうが殴られようが流せるけどさァ、私だって赤子を殴っちゃったら流石に罪悪感で吐きそうになるもん。つまり小平太くんからしたら君らは赤子ってことなんだねェ。そりゃ怖くて委員会活動もできないわ」

そう言ってケラケラ笑う衣織さんに僕らは愕然とする。

前々からひどい人だとは思っていた。下級生をイジメたり備品を勝手に持ち出したりと、日々の行いのダメなところを挙げれば一日じゃ語り尽くせないくらいの人。
でもなんとなく、ここだけは超えてはいけない一線は超えない人だと思っていたのに。

「そういえば私の友達に小平太くんみたいな怪力の女の子がいるけど、その子は昔ウサギを飼おうとして寝てる時にうっかり潰しちゃってからペットを飼おうとするのは止めたって言ってたなぁ」

そう言って、まるで得心したとでも言うようにポンと手を打った衣織さんは、僕らを指差して嘲るように言った。 

「分かった、君らは小平太くんにとってウサギなんだねェ。はは、ひょっとしたらウサギはウサギでも子ウサギかなァ?可愛い可愛い子ウサギちゃん達、エサあげようか?」

「黙れ、黙れよッ!!」

誰よりも早くに衣織さんに飛びついたのは次屋先輩だった。「三之助ぇ!?天女様に何てことをしてるんだ!」と滝夜叉丸先輩が驚きの声を上げる。
ちなみに衣織さんは腹に飛びついてきた次屋先輩をまったく意に介さず「お?クソガキがいっちょ前に怒ってやんの」と面白そうに次屋先輩を見下ろしていた。ひどい温度差を見てしまった。

「人の気持ちも知らないで勝手なことばかり言うなよッ!他の奴らに言われるならともかくさぁ!!なんで原因である天女のアンタに言われなきゃいけないんだ!?」

「はぁ〜?べつに私はお前らに何もしてませんけどぉ〜?自分が弱いのを人のせいにするのやめてくれますぅ?子ウサギは子ウサギらしく葉っぱでも食べてろよぉ〜」

「腹立つ!!この人本当腹立つ!!」

ポカポカと衣織さんのお腹を殴ろうとする次屋先輩を「気持ちは分かるが落ち着けッ!」と後ろから羽交い締めにして引き離そうとする滝夜叉丸先輩。
さらに僕の後ろでは時友先輩が「次屋先輩、迷わずに衣織さんのところに行けて良かったねぇ」と言っている。時友先輩、今気にするべきなのはそこじゃないです。

それにしても衣織さんは本当に周りを怒らせるのが上手すぎる。というか女性としてあのニヤニヤした表情はどうなんだろう。「べろべろばぁぁぁ!」と顔の横で両手をひらひらしている動作といい相手を怒らせるために女を捨てすぎではなかろうか。

「オレたちだってそりゃ七松先輩に戻ってきて欲しいですよ!でも、また七松先輩がおかしくなっておれたちのことを殴ったりしたら後で傷付くのは七松先輩だからッ!だからずっとガマンして……ッ!」

「やめろと言っているだろうッ!この天女様は快楽殺人者かもしれないんだぞ、機嫌を損ねたら後で何をされるか……!」 

「んぐふッ」

滝夜叉丸先輩の言葉に、衣織さんが急に口を両手でおさえてくずれ落ちた。

しばらく屋根の上にうずくまってプルプル震えていた衣織さんは、しばらくすると「不意打ちはヒキョーすぎる」とよく分からないことを呟きながら顔を上げる。
そして急にやる気をなくしたような表情で僕らに「あっち行け」とでも言うかのようにヒラヒラと手を振った。

「今のでよく分かったわ、君らは忍者でもなけりゃ侍でもないってことがねェ。忍者として欲しいモンのためにあらゆる手段を使う気もなけりゃ、侍として仲間のために戦う覚悟もない。子ウサギみたいに穴ぐらで震えて、優しい七松先輩がエサを持って帰ってきてくれるのを待ってなよ」

「…………お言葉ですが衣織さん、それはあまりにも酷い言い草ではないですか」

次屋先輩を止めていた滝夜叉丸先輩が、静かな声で言った。その声がふるえているように感じるのは天女様に苦言を呈することへの恐怖感からなのか、怒りからなのかは僕には分からなかった。

「はァ?でも君らそんだけ人数いても七松コノヤローに勝てないくらい弱いんでしょ。反論あるなら行動で示してみなよ、口だけでいいなら誰でも将軍になれるわ」

面倒くさそうな態度でそう返事した衣織さんの目が、僕を見る。

「侍の一刀は一千の言葉にも勝る。グチグチ言い訳を並べ立てていつまでも刀を振り下ろす覚悟もないなら、そのまま一生チャンバラ遊びで満足してな」

「……………ッ」

頭をガンと殴られた気分だった。
腹が立つ、というよりは自分が気にしていたことを指摘されたような気まずさ。

なんとなく分かってはいたんだ、このままじゃダメだって。七松先輩が僕らを傷付けたことをとても後悔されて、同じことが起きないように避けていることは知っている。委員会活動だってもうずっとしていない。

でもそれは仕方のないことなんだ。天女様によって誰がおかしくなるかなんて分からないんだから、とくにプロの忍者に近いと言われる六年生の七松先輩が実力差の大きい下級生の僕らと距離を置くのは当然で。

………じゃあ、それは一体いつまで続くんだろう?という疑問を僕は無視した。 

天女様が来なくなる日が来るのかなんて、誰にも分からない。ひょっとしたらこのまま続くのかもしれないし、今回の天女様で最後かもしれない。来なくなったとしても、数年たってまた現れる可能性だってある。
その間ずっとこのままなのだろうか、という疑問を僕は飲み込んで、いつか上級生の方々が解決してくださるに違いないと、ただ待っていたんだ。

「他の奴らも同じだ。忍者ってのはどんな手段使っても、それこそテメーの命を使ってでも目的を達成するヤツのことを言うと思ってたけど私の勘違いだったみたいだねェ。ここにいるのは目的すら見失ってテメーを守るために穴ぐらで震えてる子ウサギだけか」

「………我々は子ウサギではありません。体育委員会の力量も知らないくせに、あまり勝手なことを言わないでいただきたい」

「言うねェ滝夜叉丸くん?それなら口だけの男じゃないってこと見せてみな。私は一切協力しないから、そっちはそっちでせいぜい頑張りなよ」

そう言ってケラケラ笑う衣織さんは「まァどうせ七松コノヤローにあっさり捕まって私が助けるハメになるんだろうけど」とバカにしたような口調で言い、空に向けていた火縄銃をかまえ直す。
その態度はもはや僕らに用はないとでも言いたげな態度だった。 

そこまでバカにされて、コケにされて、流石に黙っていられるほど僕らは忍たまとしての誇りを捨てちゃいない。

目を見合わせた僕らの間に、もはや先ほどまでのゆるい空気は消えていた。穏やかな性格の時友先輩ですらも強い視線を僕らに向けてコクリとうなずく。
なんとしてでもこの天女様を見返してやる。その気持ちで僕らは一つになった。

「衣織さん」

滝夜叉丸先輩が、これだけは言っておかないとという態度で言う。

「だから火縄銃は危ないから駄目ですって」

「やだ!!!」





※※※※※※※※





その後「火縄銃を人に向けない」という内容で折り合いをつけて衣織さんから離れた僕らは作戦を練った。

ちなみに衣織さんの火縄銃については「約束ですよ!?人に向けて撃つのだけは止めてくださいね!?聞いてます!?」と滝夜叉丸先輩が叫んでも「あーキイテルキイテル」と適当に返事されていたので、約束が守られるかどうかはあやしい。
ただの遊びであるはずの缶蹴りが衣織さんが持ち出した火縄銃のせいで命を落とすかもしれない危険な遊びへと変わってしまった。伏木蔵なら「すっごいスリリングぅ〜」と喜ぶかもしれないけれど僕はまだこんなところで死にたくない。 

滝夜叉丸先輩も衣織さんからどうにか火縄銃を手放させようと努力したけれど、まるで野生の猫のように「シャーッ!」とされて断念してしまった。
いくら滝夜叉丸先輩が自慢屋で性格はカスといえど、四年生の実力はあるというのにどういうことなんだろう。

そんな不安要素がありつつも作戦を練った僕たちはそれぞれの持ち場につき、七松先輩が戻ってこられる予定の場所を見つめてジッと機を待った。

正直、僕らが練った作戦が七松先輩に通用するかどうかは分からない。

通用したとしても二度目はないだろうし六年生の七松先輩ならすぐに対策するだろう。
それでもそのたった一度に僕らは賭けた。
そして、その時は来た。 

「いけいけどんどーんッ!!」

聞き慣れた声とともに土を掘りすすみながら現れた七松先輩。
同時に衣織さんが七松先輩に向けて火縄銃を撃つのではとヒヤリとしたけども、塹壕がジャマなのかその気配はなく。

七松先輩は塹壕から頭だけを出すと「さて誰から探すか」と手で目の上に日陰を作ってあたりをキョロキョロと見渡した。

六年生の七松先輩のことだから、僕らがどこに隠れているかはすでに察知しておられるかもしれない。それでも足音でもたてないかぎり誰が隠れているかまでは分からないだろうとは滝夜叉丸先輩の言だった。

先ほど、作戦を練ったときの滝夜叉丸先輩の話はこうだ。

「この缶蹴りという遊びはたとえ見つかっても名前を呼ばれて缶を踏まれるまでは負けではないところが特徴的だ。普通の鬼ごっこや隠れんぼならあのいけいけどんどんの七松先輩相手では勝機はなかっただろうが、誰かが見つかっても他の誰かが缶を蹴れば負けではないのだから協力すれば上手く立ち回れるかもしれん」

「まぁ結局は武術や忍術だけでなく、歌舞音曲も四年生一優秀な私にかかればこの程度のことに気付くのも容易いことで」とぐだぐだ言い始めたのはムシして、僕らはうーんと考えこむ。 

「七松先輩だからなぁ……。走るのもかなり早いし、誰かが見つかってから助けるために缶を蹴りに走っても、それより早く缶の場所までたどり着きそうな予感すらある」

「そもそも次屋先輩は迷わずに缶の場所までたどり着けるんですか?」

僕の質問に、無自覚な方向音痴の次屋先輩は首をかしげながら「缶の置いてある場所くらい分かるけど?」と答えた。不安だ……。

いつものように縄で滝夜叉丸先輩につなぐことも考えたけれど、そうするとどちらかが見つかればもう一人も見つかる可能性が高くなってしまう。この中で四年生と三年生を失ってしまうのはかなり痛い。
かと言って僕や時友先輩とつないでも次屋先輩に引きずられて意味がないので他に良い考えも思い浮かばず。とりあえず次屋先輩は誰かが見つかっても助けに缶を蹴りに走ることはないよう頼んでおいた。次屋先輩のことだから缶の場所と反対に走っていってしまう可能性まであるぞ。

とりあえず足の速さや力量から隠れる場所をそれぞれ決めて、誰が見つかったら誰が助けに行くのかも決めた。

「おそらく七松先輩もこの缶蹴りという遊びの特徴には気付いておられるだろう。鬼としてやってはいけないことは一人を深追いすることだ、その間に他の者に缶を蹴られてしまう可能性が上がるからな。逆に言えば、七松先輩に深追いさせれば我々が勝つこともできるというわけだ」 

「でも、七松先輩もそれを分かっておられるなら決してボクらを深追いしないんじゃないでしょうか……」

時友先輩の言葉に「それなぁ……」と腕を組んで頭を悩ませる滝夜叉丸先輩。僕らも同じように腕を組んで考えてみたけど良い考えは思い付かなかった。

その時、ふと僕は衣織さんはいったいどうやって七松先輩に勝つつもりだったのだろうという疑問が浮かぶ。衣織さんがいるであろう屋根の上を見てみたけれど、ここからの角度では何も見えないし、思いのほか完ぺきに隠れられていた。
まさか快楽殺人者というのは本当で、七松先輩を火縄銃で撃ち殺して勝つつもりなんじゃないよね……?ないよね?

そんな僕の不安をよそに、時友先輩がふと思いついたように「変装名人の鉢屋三郎先輩がいれば良かったのにねぇ。誰か分からなければ七松先輩も近くまで来て確認しないといけないだろうし」と言う。

────その瞬間、僕の頭に浮かんだ作戦があった。

「よし、まずは近くの者からいくか。あまり塹壕からは出ないようにしよう、衣織さんのことだ、火縄銃の一つや二つ持ち出していてもおかしくはないからな」

回想していた僕の意識を、七松先輩の声が引き戻した。

まるで周囲に聞かせるように言うのは牽制のためなのかもしれない。それにしても衣織さんが火縄銃を持ち出すことを予期しておられるとはさすが六年生だ。気のせいかもしれないけれど衣織さんの方から「チッ」と小さく舌打ちが聞こえた気がした。

七松先輩は「いけいけどんどん!」と叫びながらザカザカと塹壕を掘り進めて目的の場所へと近付いていく。
その様子からして、やっぱり滝夜叉丸先輩が言ったとおり僕らが隠れている場所はだいたい分かっているらしい。 

緊張しつつ、僕はじっとりと汗ばんだ手で木刀を握った。

「その制服の色は滝夜叉丸だな」

茂みから見える紫色の制服を見て判断した七松先輩がクルリときびすを返して地面に置いた竹に向かって走り出す。
その後ろを紫色の制服を着た人物が走ってついていくけども、当然七松先輩の足の速さに勝てるはずもなくあっという間に竹の場所まで到着してしまった。

「滝夜叉丸、缶ふんだぞ!!」

竹の上に片足を乗せて、衣織さんから聞いていたかけ声を叫ぶ七松先輩。けれど紫色の制服を着た人物は止まることなく、そのまま七松先輩の方へ突っ込む。怪訝な表情をしていた七松先輩だけれど、やはり気付いたのかハッとした表情を浮かべて「お前は次屋三之助だったか!」と叫んだ。

「制服を入れ替えたか!」

「そうです、あいにくオレたちには鉢屋三郎先輩のような変装技術はないッ!だけど見つけた者の名前を呼ばなきゃならないこの缶蹴りという遊びでは、この程度の変装でも充分なはずです!」

そう言いながら、竹の方へと走っていく次屋先輩。七松先輩は一度竹を踏んで油断したからか竹から距離を置いている。
これはひょっとして、まさかの一発目で竹を蹴れるのでは…ッ!?そう期待したのもつかの間だった。

一瞬で次屋先輩の前に移動した七松先輩は次屋先輩の腕をつかんで一本背負を決める。
「うわッ!?」と次屋先輩の驚くような声が響いたけれど、七松先輩が次屋先輩の背中が地面につく直前でつかんだ腕を引っ張って勢いを殺したらしく、背中から落ちても痛がる素振りは見せなかった。 

「惜しかったな、三之助。それにしてもお前にしてはよく迷わずに缶のところまで走ってこれたものだ」

「なんでだか滝夜叉丸先輩に、走る時は絶対に七松先輩と竹から目を離すなと言われたんです。何ででしょうね?」

「…………何でだろうな!」

一瞬、沈黙した七松先輩は何も言わないことに決めたらしい。

次屋先輩を捕まえた七松先輩は、竹の近くに掘った塹壕に次屋先輩を放り込んだ。七松先輩に「あの衣織さんのことだ、火縄銃や宝烙火矢を使ってくる可能性もあるからな。ここが一番安全だと思うぞ」と言われた次屋先輩は「帰りたい……」と呟いておとなしく塹壕の中に体をしずめていった。
正直、僕もいつ衣織さんが発砲するのかとヒヤヒヤしてるので気持ちは分かる。

ともかく、次屋先輩が捕まって残りは三人になってしまったものの、これで七松先輩に名前を呼ぶためには顔まで確認しなければならないと伝わった。
あとは七松先輩が誰かを深追いしてくれれば勝機が見えてくるのだけれど。

七松先輩は一瞬考えるそぶりをした後、次に近くに隠れている忍たまがいる場所へとゆっくり歩き出す。
その先の茂みの中に隠れていた忍たまはそれを察知して走り出した。 

「四郎兵衛か、金吾か!?」

予想通り、七松先輩はどちらなのか後ろ姿だけでは判別がつかずその忍たまを追いかけてくれた。

六年生ともなれば足音や歩幅でどの忍たまか特定することができるが、まだそこまで体格の変わらない一年生と二年生、そして三年生と四年生で制服を入れ替えることによって僕らは特定されにくくしたのだ。
けれど七松先輩の足の速さにかかれば追いつくのはあっという間で。
高く跳躍した七松先輩は、走って逃げていた忍たまの前に一瞬で着地して顔を確認すると「四郎兵衛だったか!」と笑顔で叫んで竹の方へと走り出す。

「ひえぇぇぇッ!」と驚いた声を上げてその後を追いかける時友先輩。
普通なら、きっとこのまま追いつくこともできずに竹を踏まれて終わるだろう。だけどそれよりも早く走り出した人物がいた。

「滝夜叉丸かッ!」

七松先輩が時友先輩の前に着地した瞬間、隠れていた物陰から飛び出して走り出したのは滝夜叉丸先輩だった。
竹を置く場所をはさんで対角線上に隠れることによって、七松先輩が誰かを見つけた時に助けに行く忍たまの走る距離が、七松先輩と同じ距離になるようにした僕ら。

もちろん、ただ同じ距離なら圧倒的に走る速さが早い七松先輩に勝てるわけもない。さらにもう一手必要になる。

そこで時友先輩が「てやあッ!」とかけ声をかけて七松先輩の前方に思い切り袋を投げつけた。空中に飛んだ袋の中からパラパラと落ちてきたのは鉄のまき菱だ。 

「なるほど、足止めとしては最適だな」

七松先輩といえど鉄菱の上をそのまま平気で走っていけるワケもなく。ジャンプして飛べる距離でもないため鉄菱の直前でザッ!と踏みとどまって迂回する。
それでも滝夜叉丸先輩より早くグングン竹に近づいていく七松先輩。

このままでは七松先輩に竹を踏まれてしまうと判断した滝夜叉丸先輩は「ちぃッ!」と舌打ちすると懐から戦輪を取り出し、七松先輩へと投げつけた。
しかしそれは七松先輩に当たることなく呆気なくクナイで防がれる。

「この程度の単調な攻撃では足止めにもならんぞ、滝夜叉丸!」

「そんなことは分かっていますよ!」

「何ッ!?」

クナイで戦輪をはじき落とした七松先輩が驚いた表情を浮かべる。その視線の先にあるのは、もう一つの戦輪だ。
しかしその戦輪は七松先輩の元へは行かずに竹の方へと飛んでいく。

「陽動か!」

滝夜叉丸先輩は七松先輩に向かって投げた戦輪で気をそらし、そのスキにもう一つの戦輪を竹に向けて飛ばしたのだ。
普通に投げただけなら七松先輩に手裏剣で打ち落とされていたかもしれないけれど、七松先輩が気付いた瞬間にはすでに戦輪は竹の下の地面をえぐって竹を滝夜叉丸先輩の方へと勢いよくはじき飛ばしていた。

滝夜叉丸先輩と竹の位置が急激に近くなり、もはやあと一歩というところまできた。

塹壕の中にいた次屋先輩も「さすが滝夜叉丸先輩!性格はカスでも実力はありますね!」と叫び、滝夜叉丸先輩に「三之助ェ!!」と怒鳴られていた。

誰もがこれで終わりだと思った。 

「まだまだ甘いな」

けれど、七松先輩の落ち着いた声とともに目にも止まらぬスピードで飛んできた何かが竹に突き刺さったことで状況は変わる。

「あ、あれは縄標(じょうひょう)!図書委員会委員長の中在家長次先輩の得意武器なのになんで七松先輩が!?」

「べつに長次の得意武器だからといって私が使えないわけじゃないからなぁ」

時友先輩の声に答えた七松先輩は、縄をグイッと引っ張って竹を宙へと放り投げる。
縄標が突き刺さった竹は、引っ張られるままに七松先輩の手に収まろうとした。

─────その瞬間だった。

突如響いたドンッ!という破裂音。同時に七松先輩が握っていた縄標がちぎれ、七松先輩と竹のつながりが切れる。

驚いたように目を見開いた七松先輩は即座に何かを察知したのか高く跳躍してその場から飛びのいた。そして今まで七松先輩が立っていた場所に落ちてきたのは宝烙火矢だ。
もともと導火線の時間を調整されていたのか宝烙火矢は降ってくると同時に爆発し、爆風によって竹を再度吹き飛ばす。

そして現れたのは、衣織さんだった。 

「ぎゃははははッ!!待ってたぜェこの瞬間をよォ!!人ってのは攻撃する瞬間が一番スキだらけなんだよ、ハンターハンター3巻でも読み直して出直してきなァ!!」

相変わらずワケの分からないことを叫びながら屋根から飛び降りる衣織さん。

どうやら火縄銃で七松先輩の縄標の縄を撃ち切り、宝烙火矢で竹を七松先輩から引き離したらしい。宝烙火矢はともかく火縄銃の狙いがバッチリなのが意味不明すぎて怖い。
っていうか足も速いなこの人!?

七松先輩と同等かと思わせる速さで駆けていく衣織さんに、草むらに隠れていた僕は木刀を握ってようやく飛び出した。

僕が木刀を振り下ろすのは。
僕が戦うべき相手は。

「衣織さん、覚悟ーーーッ!!」

「何ィ!?」

高く飛び上がった僕は、走っていた衣織さんの前に回り込んで木刀を振り下ろした。それを一瞬で腰から抜いた自分の木刀で受け止める衣織さん。
まさか天女様である衣織さんに攻撃すると思っていなかった七松先輩が「金吾!?」と驚きの声を上げた。

それでも僕はかまわず、何度も何度も衣織さんに向かって木刀を打ち付けた。 

「七松先輩、今のうちに竹を踏んで!衣織さんの名前を呼んで!この缶蹴り遊びを!終わらせて!ください!」

衣織さんに木刀を何度も打ち付けながら叫ぶ僕を見て立ち尽くす七松先輩。っていうか衣織さん僕の木刀ぜんぶ片手で止めてるのどういうことなの!?やっぱり快楽殺人者だから強いの!?

「金吾…………ひょっとしてお前、そんなに缶蹴りが嫌だったのか」

「違います」

呆然とした表情で呟いた七松先輩の言葉に滝夜叉丸先輩がツッコミを入れた。

「僕はもう!自分で戦う!たとえ七松先輩がまた変になっても!次はぜったいに止めてみせるし!天女様と!こうして戦うから!だからッ、だから……ッ!」

思い切り振り下ろした木刀を、衣織さんはあっさりと受け止める。
怖くないと言えば嘘になる。こうして木刀を振り下ろしてる間でも頭の中では前の天女様たちの顔が浮かんでくる。怖くなった先輩たちの顔も。
だけどそれをムリヤリ振り払うように僕は木刀を振り回し続けた。

「だから、戻ってきて!七松先輩!!」

ガンッ!とひときわ大きな音を立てて受け止められる木刀。ギリギリと押し合う中、それまでジッと僕を見ていただけの衣織さんの口元がフッと笑った。 

「………男を見せたねェ、金吾くん。子ウサギって言ったことは撤回してあげるよ。君は立派な侍だ」

その瞬間、僕の視界は反転した。

「えぇぇぇぇッ!?」

衣織さんに胸ぐらを掴まれた、と思った瞬間に感じる浮遊感。一瞬で空高く飛ばされた僕はなすすべもなく投げつけられた方向へと落ちていく。
この人やっぱり気絶した滝夜叉丸先輩を一人で運べたんじゃないの!?という疑問が頭に浮かんだけれど、僕が飛ばされていく先に落ちてるモノを見た瞬間、全部のことがどうでも良くなった。

僕が落ちていく先にあるモノは───さっき時友先輩がまいた鉄菱だ。

「金吾ぉ!!」

必死で叫ぶ滝夜叉丸先輩の声が、どこか遠くに聞こえる。このまま鉄菱の上に落ちたらどうなるか想像するだけで嫌だった。やっぱり快楽殺人者の衣織さんを攻撃したのが良くなかったんだ。僕はここで大ケガを負ってそのまま死んでしまうんだ。

そんな僕の絶望も知らず、衣織さんが面白がるような声で「ほらほら竹を取って私に勝つか、後輩を守るか。選びなよ」と誰かをたきつけるように言うのが聞こえた。

もうダメだ、と思った僕は涙でにじむ目をギュッと閉じる。

だけど思っていた痛みはいつまでたってもやって来なかった。
まず感じたのは何かに包まれるような感覚。そのまま地面をすべるように勢いよく移動した体はしばらくしてから止まる。
次に感じたのは、鉄菱のニオイとは違う、新しい鉄のニオイだった。 

「…………大丈夫か?金吾」

「な、七松先輩……?」

恐る恐る目を見開いた僕の視界に映るのは見慣れた六年生の制服の深緑色。だけどこんなに近くで見たのはいつぶりだろう。
なんで僕は七松先輩に抱えられているんだろうと疑問に思うと同時に目に入ったのは、腕や腰からダラダラと流れる血だった。

「う、わぁぁぁぁッ!?七松先輩、血が!血がめちゃくちゃ出てます!!」

「ん?うん、そうだな。だが命に別状はないから細かいことは気にするな!」

「これを細かいことって言うのは流石に無理がある!!」

いくら六年生の七松先輩といえども僕を受け止めて鉄菱のまかれた地面の上をすべったともなれば無傷ではなく。あちこち制服が破れて血が出てるのに、それでも僕に「怪我はないか?金吾」と尋ねてくる七松先輩に僕は泣きたくなった。

「ごめ、ごめんなさい……。僕が天女様にひと泡吹かせようなんて言ったから、」

「それは違うぞ、金吾」

ふるえる僕に怪我がないことを確認した七松先輩は、自分の腰に刺さったままだった鉄菱を抜いて地面にポイと捨てつつ、ゆっくりと立ち上がる。

「六年生の私相手にここまで立ち回り、天女様である衣織さんを裏切るという私が予想しなかった戦略で己の実力を示してみせた。お前たちの力量、しかと見届けた」

「じゃあッ!体育委員会委員長として戻ってきてくれますか!?」

期待に満ちた僕の声に、予想に反して七松先輩は首を横に振った。なんで……。 

「……それはできん。今はこうして普通に会話できているがいつまた正気を失うか分からん以上、距離を置くのが一番安全だ。次は拳では済まないかもしれない、ひょっとすると命を奪う可能性も、」

「………七松先輩」

けっきょく、僕らの頑張りは無意味だったんだろうか。
今の缶蹴り遊びだって七松先輩にかなり手加減されていた。もしも七松先輩が本気であらゆる火器や武器を使っていたら、もっと短い時間で決着がついていたに違いない。

もしも僕らが六年生並に強ければ。せめて五年生の鉢屋三郎先輩並の実力があれば。
七松先輩も安心して委員長を続けられたのだろうか。

そんな意気消沈してしまった空気の中、響いたのは衣織さんの声だった。

「小平太くん、もう自分を許してやったらどうかねェ?君の後輩たちは立派だよ。君を安心させるという目的のために必死で頭ひねってあらゆる手段を使って目的を達成しようとした。子ウサギなんて言っちゃったけど、その様は立派な忍者じゃないの」

「………衣織さん、貴女に意見を言われるのは心外だ。私の気持ちが分かるか?間違って大事なモノを傷付けた私の気持ちが。そしてそれがまた繰り返されるかもしれないという恐怖が。天女様と敬われる貴女には下々のそんな機微は分からんだろう」

「ガキの気持ちなんて元より分からんよ。だけどねェ、君の拳は傷付けてばかりじゃなかったはずでしょうよ。今、まさにその手で自らも顧みずに後輩を守ってみせた。君の手は後輩を守れる手だ」

「………一度、この程度の危険から守った程度でなんだと言うんだ」

「えっ、この程度……?」

七松先輩の言葉に思わず声を発した僕に、視線の先にいた滝夜叉丸先輩が「言いたいことは分かるが今は黙っていろ」と言わんばかりに首を横に振った。
鉄菱のまかれた地面の上を全身ですべるのが“この程度”の危険とは……? 

「次こそ命を落とすかもしれない、命が助かっても忍者としては生きていけないくらいの後遺症を残すかもしれない。もしそうなれば私はいよいよ自分を許せなくなる」

「へぇ、だから小平太くんは後輩を忍者として殺すんだねェ。身体を守るために心を殺すわけだ、優しい先輩愛に思わず泣けてきちゃうぜ。まだ焼きそばパン買わせてくる先輩の方がマシかもね」

「………どういう意味だ」

七松先輩の問いに、衣織さんは不思議そうに首を傾げる。

「忍者ってのは努力が認められない世界で生きてんでしょ。結果を得られなければ忍者としては死んだも同然。そして今、君の後輩たちは君を委員会に戻すために忍者として行動した。それを君は拒んだ。後輩を忍者として殺したのは君だよ小平太くん。残念だったねェ、君の選択肢は天国か地獄かじゃない。生憎どっちも地獄行きだ」

「……………ッ」

息を呑む七松先輩に、衣織さんは静かに木刀の切っ先を向けた。

「選べよ。後輩を忍者として殺してでもその身体を守るか、自分の心殺してでも後輩の心を守るか。どっちも地獄ならせめてテメーで選んだ地獄を生きな」

そう言う衣織さんの雰囲気は、普段とまるで違っていた。先ほどのように殺気を放っていた時とも、普段のようにふざけている時ともまるで違う。
それはまるで大軍の将が戦場に立っているかのような、圧倒的な雰囲気。

そんな呑まれそうな空気の中で、滝夜叉丸先輩が一歩前に進み出た。

「………七松先輩、我々は地獄にはもう慣れています。主に体育委員会の活動で」

「えっ、滝夜叉丸は体育委員会の活動を地獄だと思ってたのか?」

七松先輩が心外だという声を上げたけど、滝夜叉丸先輩を含めて体育委員会の面々はそっと視線をそらした。そりゃあれだけ七松先輩の体力に付き合って山の中を何度も往復させられたりしてたら、ねぇ。 

「どうせ地獄なら私は尊敬する先輩がいる地獄の方がいい。もしもまた七松先輩がおかしくなったとしても我々は上手く逃げてみせます。だからどうか、体育委員会に戻ってきてくれませんか」

「………なんだ、そこは私と戦ってでも止めるとは言わないのか」

「勝てるかどうか分からない相手とは戦わないのは忍者の常識でしょう?」

肩をすくめて答えてみせた滝夜叉丸先輩に続いて、塹壕の中からひょっこり顔を出した次屋先輩が「あっ逃げてもいいならオレも頑張ります」と言い、さらにその後ろからは時友先輩が「ボクももっと缶蹴りで逃げられるようにがんばります!」と叫んだ。

そんな様子をしばらく眺めていた七松先輩だったけれど、まるであきらめたように深く息を吐くとジロリと僕らの顔を見回して「それで本音は?」と低い声で言った。

「いや〜、ねぇ?」

「まぁ正直に言っちゃうと……」

「その、忍たまの中で唯一衣織さんに対抗できてらっしゃるのが七松先輩なので……」

「本音を言うと安全地帯を確保したいというか、なんというか」

次屋先輩、僕、時友先輩、滝夜叉丸先輩の順番にそう言うと僕らはそろって後ろ頭をかきながら「いや〜あっはっはぁ」と気まずい笑みを浮かべる。

正直、理不尽にイジメてくる衣織さんよりも普段は優しくて正気を失った時だけ怖くなる七松先輩の方がはるかにマシだ。
しかも缶蹴り前に決めた賭けの内容からして七松先輩は衣織さんにとても嫌われることをしたらしい。衣織さんに「私の周りをうろちょろするのはやめろ」と言われるなんて、田村三木ヱ門先輩なら涙を流して喜びながら言うことを聞くに決まってる。

そんな七松先輩のもとにいたくない理由があろうか?いや、ない!(反語)

そんな僕らを見て呆れたような表情を浮かべた七松先輩は、それから苦笑いを浮かべて大声で言ったのだった。 

「女性一人に翻弄されるとは、情けないぞお前たち。───明日から体育委員会の活動でいけいけどんどんに特訓だ!!」

その瞬間、僕らはワッと歓声を上げた。

時友先輩と僕は七松先輩に飛びついて、次屋先輩はなぜか全然べつの方向へと走り出しそれを滝夜叉丸先輩が慌てて追いかける。
まるで以前のような空気が戻ってきたことにみんな喜んでいた。

そして、その様子を穏やかな笑顔で眺めている衣織さん。

その時ふと僕は、衣織さんはひょっとしてこのために缶蹴りをしたのではという考えが頭に浮かんだ。そんなまさかとは思う。なんてったってあの衣織さんだ。
この前なんて生物委員会の毒虫を使って蠱毒をやろうとして伊賀崎孫兵先輩に本気でキレられていた、あの、衣織さんだ。

だけどこの缶蹴り勝負で衣織さんが得たものなんて何もない。
はたして何も得るものがないのにここまで僕らをたきつけて本気で遊ぶ理由が衣織さんにあるのだろうか。

ひょっとして僕らのために……?

ふと胸に浮かんだ疑問を口にするかしまいか悩んだ時だった。

クルリと振り返った衣織さんがちょうど足元に転がっていた竹に向かって勢いよく足を振り上げた、の、は。

スコーーーンッ!!!

先ほど不意打ちで蹴ったときと同様、ものすごい勢いで学園の外まで飛んでいく竹。
それを無言で見送った僕らはおそるおそる衣織さんの方を見た。七松先輩ですら、真顔で衣織さんを見ていた。

そんな気まずい空気の中で口火を切ったのは滝夜叉丸先輩だ。 

「…………あの、衣織さん?今いい話風に終わりかけてましたよね?もう缶蹴り終わりって空気でしたよね?」

「いやちょっと知らないですねそんな話。缶蹴り終わりどころか、どうやって自然に竹に近付いて蹴るかしか考えてなかったんだけどこっちは。そんな勝手に缶蹴り終わらせてもらっても困るんだけど」

「ウソでしょ!?今の流れで竹蹴ることしか考えてなかったんですか!?七松先輩との緊迫した会話はなんだったんですか!?」

「あんなん自然に竹に近づくためにその場のノリで適当に合わせてただけだし……あのォ、それより早く竹拾いに行ってくんない?ちょっと後のスケジュールも詰まってるんでできれば巻きでお願いしたいんですけど」

その場のノリで!?あんな会話を!?なんかカッコよく地獄うんぬん言ってたのに、話合わせてただけぇ!?

呆然とするばかりでいつまでも動かない僕らにシビレを切らしたのか、衣織さんはキッと僕らを睨みつけて「缶蹴りナメてんのかテメーらァァァァ!!」と叫んだ。

「缶蹴りってのはねェ、いかに憎たらしく缶を倒し鬼をイジメて泣かせるか、そういう遊びなんだよ!!鬼になったらもう終わりなんだよ、何回も何回も缶倒されて、缶を探すフリして何度泣いたことか!!そーいう悪魔の遊びなんだよ缶蹴りは!!」

やけに実感のこもった話だった。

時友先輩がこっそりと僕に「これってひょっとして衣織さんの実体験じゃ……」とささやいたけれど、僕もそんな気がする。 

「残念だったなァ!!こっちはお前らが裏切ることも読んでたんだよ、お前らのやる気を出させて七松コノヤローのスキを作るために怒車の術をしかけたんだよ、そろいもそろって引っかかってやんのバーカ!!」

そのとき、僕は思い出した。

僕らは何度も「衣織さんはどうやって七松先輩に缶蹴りで勝つつもりだろう?」と考えたことを。けっきょく答えは出なかったけれどまさか今までの流れがすべて竹を蹴るための布石だったとでも言うのだろうか。

まさかあの屋根の上での僕らをバカにする言動も計算ずくで……?え、缶蹴りのためにそこまでする?いい大人が?

血走った目をした衣織さんはビシッと七松先輩を指さし「君は私が火縄銃の一つや二つ持ってるかもって言ってたねェ、その程度の読みで私に缶蹴りで勝とうなんざイチゴ牛乳より甘いんだよ!!」と叫び、背中に背負っていた袋をバッ!と広げる。

その中からバラバラと出てきたのは大量の火縄銃と宝烙火矢だった。

これから戦でも行くんですか?と聞きたくなるその量を披露した衣織さんは、大量の火縄銃と宝烙火矢の前で女とは思えないような顔でゲラゲラと笑った。何度も言うけど衣織さんは女を捨てすぎではなかろうか。 

「残念だったなァ!!テメーが泣くまで缶蹴りは終わらないんだよ、何度竹を元に戻そうが何人忍たまを捕まえようが、私が全部台無しにしてやんよォ!!」

どうやら衣織さんは缶蹴りのためにそこまでするいい大人だったらしい。

そう言って高笑いする衣織さんを見て、滝夜叉丸先輩に縄でつながれた次屋先輩が「新しい悪役のようだ」と呟いた。
確かにドクタケ忍者より悪役してるかも。

しばらく僕らの中で流れる「えっどうすんのコレ」「まだ缶蹴りやるべき?」「やりたくないけど一応天女様だし」みたいな気まずい空気。その空気は、衣織さんの背後に現れた人物によって霧散した。

「…………烏丸さん」

「ぎゃはははッ!!………ん?」

高笑いしていた衣織さんは、背後からかけられた声に不思議そうに振り返る。
そして真顔になった。

「何を、してるんですか?」

「………………ち、ちょっと火器の点検をしようかと思ってですね」

「おかしいですね。仕事をするなと、私は言いませんでしたか?」

「そ、そうだったかなァ?あはは……」

衣織さんの背後に現れたのは道具管理主任の吉野先生だった。
あっ、勝手に火縄銃とか持ち出すから……。

衣織さんと吉野先生はお互いにニコッと顔を見合わせる。そして衣織さんがその場から逃げ出すよりも早く、吉野先生は衣織さんの頭に拳を振り下ろしたのだった。

「ぎゃっ」という悲鳴を上げて気絶した衣織さんは吉野先生に首根っこをつかまれてズルズルと引きずられていく。時おり吉野先生から「目を離した私がバカでした!」というお怒りの声が聞こえてきた。

その様をただ見送る僕ら。

二人の姿が見えなくなったところで、七松先輩がポツリと「吉野先生も大変だ」と呟いたのだった。

おいたわしゅう、吉野先生。




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(なぜか衣織さんの方にはまったく同情できなかった)



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