Novel | ナノ

(夢主が土方さんに連れられてトリップしてきた後の話)



「……おい」

まるで蓑虫だな、と思いながら俺は盛り上がった布団の前に飯の乗った盆を置いた。この作業を何度くり返したかを数えんのはとっくの昔に止めちまったが、飯に一度も手がつけられなかったことだけは確かだ。人間って数日食わねーでも生きていけんのな。

「カレーも嫌いか?」

匂いがいくように布団をめくってみれば隈の酷い目がチラリと現れる。だが瞬きこそしちゃいるが少しも俺の方を見やしねェ。試しにカレーを近付けてみりゃ迷惑そうにさらに布団の中に潜っていった。空腹の人間にはこの匂いが一番効くと思ったんだが、ダメか。やっぱりマヨネーズが足んねェのかな。

「……なァ、顔出せよ」

静かな部屋で布団に話しかける俺は端から見りゃ馬鹿みてェに思われるだろう。ムリヤリ引っ剥がしてやろうかとも思ったが、そんなことすりゃコイツがさらに塞ぎ込むのは分かり切っている。それでも無性に苛立ちを感じたので布団を引っぱってやれば、中からヌッと出てきた手がそれを阻止せんとして抵抗してきやがった。ちくしょう生意気だなコイツ。

久しぶりに見た手首は、思っていたよりも細く感じられてゾッとした。ひょっとしてコイツはこのまま餓死するつもりじゃねェかと、嫌な想像すらしてしまう。こんなに気を揉ませられるくらいなら、いっそだらしなく食っちゃ寝されてる方がマシだった。

「何が不満なんだよ。ちょっと前まで普通に生活できてたじゃねェか。楽しそうに笑ってたじゃねェか。どうしちまったんだよお前」

ちょっと前まで女中として働いていた時は何ともなかったはずだ。総悟の性癖には耐えられないだろうから近付けないようにしたし、他人とあまり関わらないような仕事を与えるようにもした。なのに何が駄目だった。何が不満なんだ。それとも不満があるわけじゃねェのか。またテメー自身のことが嫌になっちまったのか。だったらその原因は何だ。

「せめて泣いてんのか拗ねてんのかぐらいはハッキリしてくれや」

びぃびぃ泣いてたお前はどこにいっちまったんだよ。あの部屋にいた時にゃ俺の前で泣いたり死にたがったりと忙しくしてただろ。今日は上手く他人と喋ることができただの、今日は嫌われることをしてしまったかもしれないだの、俺からしてみりゃくだらねェことで喜んだり落ち込んだり。

そんなにテメーの世界が生きにくいってんなら全部最初からやり直しゃいい。そうすりゃコイツももっとラクになれるだろうと思って連れてきたのに、何で前より酷くなってんだ。あのまま、あの部屋に一人置いて行った方が良かったってのか。それとも。

「俺が嫌になったか」

布団の隙間から少しだけはみ出していた髪の毛に指を絡めれば引っかかることもなく零れ落ちていく。脂も浮いてねェってことは俺の知らぬ間に風呂は済ませているんだろう。そうだ、食事はしてなくとも風呂や便所なんかで布団から出る機会はあるはずなのに、俺が一切見かけねェってことはコイツが俺を避けてる可能性が高い。

「お前にとっちゃ幻覚のままの俺の方が良かったか。まァ、最初っから幻覚でも幽霊でもなかったけどな」

「……………」

あ、出てきた。と思ったらまた引っ込んだ。なんかもうコイツが玩具に見えてきた。

今の動作から察するに俺の声は聞こえていたし聞いていたんだろう。実はコイツ寝てんじゃねェのかとも疑い始めていたから、その点については安心した。

けど、なんだ今の目。

なんで機嫌を窺うかのような目で俺を見る。そんなこと、あの部屋にいた時にゃ一度もやったことなかっただろ。

いつだったか、他人が怖いと泣いていたコイツの顔を思い出した。自分が駄目な行動をしたら容易に嫌われてしまうから他人という存在が怖いのだと泣いていた。

「……あァ、そうか」

あの時、コイツにとっての俺は幻覚で、何の影響も与えない存在で。だからこそ、幻覚だったからこそ、コイツも俺に色々なモンを吐露することができていたんだとしたら。何も言わずに殻に籠もっちまってる今のお前にとって、俺は。

「お前にとって、俺も怖い他人の一人になっちまったんだな」

コイツを殺すのに刀なんざ必要ない。他人である俺が死んでしまえと罵ればそれだけでコイツは息ができなくなる。そこまで簡単なのだから殺してやれば俺もコイツもラクになれるだろうに。それでもあの細い手首を思い出すと、やはり俺はどうにかしてやりたいと思ってしまうのだった。

ままならねぇなァ、と呟いた声に目の前の布団がビクリと怯えたように動いた気がして、俺はもうどうしようもなくなってしまった。



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本当は他人が好きだからこそ嫌われたくないのだけれど考えすぎて何も伝えられない夢主と、夢主にとって自分が恐怖の対象になってしまったことが内心ショックな土方さん。そのうち夢主は土方さんが自分のことを重荷になってると思い込んでいなくなったり、土方さんは連れて来てしまったことを夢主が迷惑がっていると思ってしまう。そんな噛み合わない話を書こうとして力尽きた。最後はきっと銀さんが甘やかしすぎだと一喝したりしてくれて良い感じに締めてくれるんじゃないかな、うん。(投げやり)



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