《○月×日》
今日は色々と嫌になって死のうとしました。でも急に変なお兄さんが現れて止められました。だから今も生きて日記を書いています。迷惑千万極まりないよ、もう。
ちなみに、そのお兄さんは自分のことを新撰組の土方歳三だと名乗っていました。でも十四郎って微妙に間違えちゃってたから本当の名前は歳三っていうんだよ?って教えてあげました。
多分、お兄さんは薬の飲み過ぎで現れた私の幻覚なんだと思います。この前の幻覚は怖いオジサンだったから今回はカッコいいお兄さんでラッキーかも。
おやすみなさい。
*****
……どうなってんだ。気付いたら知らない部屋にいて、目の前では女がロープに首を引っ掛けて死のうとしてやがる。警察としちゃ見逃しておけねぇから仕方なく刀でロープを切ってやれば、その女に何で止めるんだと泣き叫ばれて鬱陶しいことこの上ない。こっちは仕事なんだから仕方ねーだろうが、くそっ。
とりあえず宥めて、ここはどこだと聞けばその女は泣き腫らした目をパチパチ瞬かせて私の家に決まってるじゃない、とだけ答えた。
その女とはどうにも会話が成り立たなかった。真選組の土方十四郎だ、と名乗れば十四郎じゃなくて歳三だよ、なんて言いやがるし。いや、なんで初対面で名前を間違ってるって言われなきゃならねーんだよ。
女はしばらく沈黙したあとにまたびぃびぃ泣き出した。その喚き声を要約すると、つまりこういうことらしい。ようやく決心ができたというのに俺が止めたせいで死に損ねてしまった。次にまた決心できるのがいつになるか分からないから責任取れ、だそうだ。
そうかそうか俺のせいで生き延びちまったか。だったら責任取って俺が介錯してやらァ、つったら女は幻覚のくせに何言ってるの?なんて言いやがる。オイ、お前が何言ってんだ。
勝手に人を幻覚扱いするんじゃねェ、と怒鳴ってやりたかったが小さなテーブルの上に散らばった大量の薬の数々を見てやめた。……あれか、心の風邪だっけか。俺は人間の精神構造に詳しいわけじゃねーが、コイツは多分そういう感じで弱ってる女なんだろう。
そう考えた俺は何も言わないまま、その場から立ち上がった。とりあえず屯所へ戻ろう。それにしても、いったい俺は何でこんな部屋に来ちまったんだか。
確か俺は普通に自室で寝てたはずだ。だがいくら考えてもそっからの記憶がねェ。いや、寝てたんだから当然だけど。とにかく早く屯所に帰って寝直すことにしよう。背後で響く女の泣き声も小さくなってきたし、あとは勝手に立ち直るだろ。
俺は外に出ようと玄関の扉に手をかける。ちなみに鍵は開けっ放しのままだった。……不用心な女だな、入って来たのが俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ。こういうのが巷の犯罪率上昇に繋がるんだっつーの。なんて溜息を吐きながら、ガチャリと金属音を響かせて俺は大きく扉を開いた。
「………は?」
いやいやいや、なんか可笑しくねーかコレ。だってターミナルねーし。道路を行き交う奴らは着物じゃねーし。とりあえずもっかい扉を閉めよう。よし、落ち着くんだ土方歳ぞ……間違えた。とにかく落ち着け俺。ターミナルって移転したんだっけか。あと着物っていつの間に廃れたんだ。俺は流行に敏感なわけじゃねぇ。けどコレは明らかに変だろ。
もっかい扉を開けて外に出てみた。そしてぐるりと辺りを見渡してみたものの、やっぱりターミナルの影も形も見当たらねェ。ついでに空には船が一つも飛んでいなかった。……おいおい何の冗談だ。
頭を抱えた俺の目にふと入ったのは、扉にぎゅうぎゅうと押し込まれた新聞達。量が多すぎて新聞受けから溢れてんじゃねーか。ったく、いつから抜き取ってねェんだよあの女。
深く考えずに一つ拝借した俺はバサリと広げた新聞にざっと目を通す。こりゃ一体いつの新聞だ?えーっと日付欄は、と。……ん?あれ?ちょっと待て何だこの年号。この月日。明らかにおかしいだろ。あァそうか印刷ミスか、そうだそうに決まってる。
新聞受けに溜まってる新聞を次々と引っ張り出しては投げ捨て、また引っ張り出しては投げ捨てを繰り返した。そのつど目に入るのは国会だの内閣だのが日本の政治を動かしてるらしい文面。そして別の惑星に着陸してサンプル採集に成功したっつー大々的な記事。……なんでこんなことが記事になってんだよ。別の惑星なんてターミナルに行きゃあいつでも旅行できんだろうが。
苛立ちと若干の不安を感じた俺は八つ当たりで新聞を床に叩きつけた。いったい何がどうなってんだよ!
―――その瞬間、ふと俺は思い出す。あの女だ。あの女が何か知ってるに違いねェ。そう確信した俺はドスドスと足音を響かせて部屋に戻った。
「おい、テメェ……!」
叫びかけた声に反応は返ってこなかった。目の前にはこんもりと膨らんだベッド。布団の隙間からチラリとだけ見えるのはさっきまで泣いてた女の顔だ。見るからにフカフカの布団の中で、冬眠してるみてェに女は丸まっている。……なんだ、寝ちまったのか。
って、ちょっと待て!
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