「えぇぇ、いなくなったのに心配も探されもしなかったって……。あのですね、亡くなられた方にこう言うのも不謹慎ですけど、その人自身にも何か問題があったんじゃないでしょうか」
「そうだね、本当に問題だらけの人だった。滅茶苦茶で、いつも騒がしくて。きっと坂田先生のクラスにいても違和感はないだろうなぁ」
………あっ、絶対その人の方にも何か問題があったんだろうな。
口にこそ出さなかったものの、私は心の中でそう確信した。だって3Zにいても違和感がないだなんて、とんでもない人に決まってる。例えばサディストとマヨラーとストーカーを合わせ持った人とか。うわぁぁぁ何それ想像しただけで怖すぎるんだけど。
それとも土井先生は3Zの連中をよく知らないから具体例として挙げただけなのかな。切実にそうであって欲しい。
思わず口元をひきつらせてしまった私を不思議そうに見てから、土井先生はその人についての話を続ける。同時に遠くの方から聞こえてきたのは電車が走る音だった。そろそろいつもの踏切に差し掛かる頃かな。
「彼女の出身はとても遠い土地だったんだが、色々な事情で帰ることが適わなくなった人でね。それなのに気にした素振りなんて少しも見せず、いつも笑っていたよ。君によく似て、楽しそうに笑う人だった」
えぇぇ、そんな人と似てるなんて嫌だな私。そうだ今からイメチェンすれば良いんだ。クールビューティー衣織ちゃんになれば良いんだ。そう考えてキリッとした表情をした瞬間、土井先生に「やめておきなさい」と止められてしまった。何でバレたの。
「そんな人だったから周囲の者はてっきり彼女に故郷への未練はないのだろうと思ってしまっていたんだ。今のままでも幸せなのだろうと、思い込んでいた。少し考えれば有り得ないと分かるだろう?それなのに今際の際の言葉を聞くまで私は気付けなかった」
「……もしかして後悔ってソレですか?あの、そもそも他人の望みを全部叶えてやれる人なんていないですし、あまり気にしない方が」
てっきりジャンプの主人公ばりの展開でもあったのかと思っていた私は思わずホッと安堵しながら言う。良かった、倒した敵が実はその人の恋人だったとか生き別れの兄弟だったとかじゃなくて本当に良かった。
そんな私を見て「君がそう言うなら、そうかもしれないな」と笑う土井先生。なに人の言うこと簡単に信じてんですか責任取りませんよ私。
「しかしどうしても気になってしまってね。その人が今際の際に思わずといった様子で故郷への想いを口にしたのを見てから、それまで自分が色々なモノを見落としてしまっていた気がして」
ふとした瞬間に色々考えてしまうのだと、土井先生は言った。
「……その人の態度が妙だなと思った時は何度かあったのになぁ。どうせまた下らないことでも考えているんだろうと全部流してしまったよ」
「その人自身の話をもっとちゃんと聞けば良かった」そう言って苦笑する土井先生に、私は首を傾げてしまう。そもそもその人は何で故郷に帰れなかったのかとか、どんな関係だったのかとか、話の内容は分からないことだらけだ。
分からないけれど、そこまで後悔する必要はないんじゃないかということだけは、私は無性に感じていた。
「坂田先生に声をかけたのもそれが理由だよ。最初から赤の他人だと分かっていたんだが、それでも自分が見落としていた彼女の手掛かりになるんじゃないかと期待して声をかけたんだ」
「……あの、ちょっと失礼なこと言っちゃいますけどね、そういう不毛なことは止めとくのをお勧めしますよ」
アスファルトの道を歩きながら私は夜空を見上げる。街灯の明かりでそんなに暗くない夜道。少しずつ近付いてくる電車の音。踏切は近い。
「それっていくら考えても本当のことは本人に聞かなきゃ分からないじゃないですか。答えのない疑問はいくら考えても辛いだけですよ?」
「そうだね」と呟くように言って土井先生は困ったように笑った。「答え合わせができれば良かったんだがなぁ」そう言って、寂しそうに笑う。いけない、社会人の話を聞いて労ってあげるはずが落ち込ませてしまったみたいだぞ。早く励ましてあげないと。
「元気出してください土井先生。人間、辛い記憶は忘れるようにできてるもんだって坂田先生が言ってましたからね。きっと土井先生も昔の思い出を何とも思わなくなる日がきますよ」
「………そうだね。辛い記憶ほど、忘れてしまうのかもしれないな」
どういうわけか、私が励ましたにも関わらずこれ以上ないほど困ったような表情を浮かべる土井先生。だけど、それより気になる存在を見つけた私はその表情を不思議に思うこともなく、弾かれたように走り出した。
「坂田先生!」
踏切の向こうのコンビニで坂田先生がジャンプ立ち読みしてるー!
これは運命の出会いに違いないぞと意気込んで私は足を踏み出した、と思ったらパシッと襟首を掴まれて阻まれた。
「何するんですか土井先生!坂田先生が向こうのコンビニで私が来るのを待ってるんですよ!?早く行かないと!」
「坂田先生は逃げないから落ち着きなさい。ほら踏切が閉まる」
すると本当にカンカン鳴りながら作動し始める踏切と近付いてくる電車の音。それでも私が「今のは突破できました」と文句を言えば、土井先生は「君は相変わらずだな」なんて明後日の言葉を返してくる。誤魔化さないでくださいよ!
「どうしよう坂田先生はジャンプ購入派だからきっとすぐにレジに並んで支払い済ませてコンビニを出ちゃいますよどうしようどうしようそうだ早く踏切を突破しなきゃ開けゴマァァァ!」
「大丈夫さ。今の君はいつでもあの人に会えるだろう?」
「土井先生ってば何言ってるんですか学校と道端で会うのとじゃ全然違うんですからね。あ、土井先生は坂田先生に挨拶しに行きます?」
ガタンゴトン電車が走っていく踏切の前でせっせと足踏みしながら尋ねれば、土井先生はしばらくコンビニの方向を見つめてから「今日は止めておくよ」と答えた。気を使ってくれたんですねありがとうございます。
「それじゃあ私行きますね。もう踏切も開きだしたし突破しちゃっても良いですよね、もう行っちゃっても良い感じですよねコレ」
「……ああ、今度こそ会いに行きなさい」
「わーい!それじゃ帰り道送ってくれてありがとうございました、そして私はこれから坂田先生とランデブーしてきますねキャッホォォォ!」
まだ完全には開ききっていなかった踏切をくぐり抜けて、私はようやく走り出した。後ろから土井先生が「近所迷惑になるから叫ばないように」と言ったのでお口にチャックしながらコンビニに入店。そして見事に立ち読みしていた坂田先生の腕を確保。お待たせしました先生!
「うわッ、厄介なのが来やがった」
「何言ってんですか坂田先生ってば私に会いたくてここで待ってたくせに照れちゃって!じゃ、さっそく先生の家で手料理作りますね!」
「あーもー相変わらず面倒くせェなコイツ。妄想癖を治す薬ってコンビニで買えねーのかな。眠々打破じゃダメかな」
「えへへ、先生ってば私に会えて嬉しいのは分かりますけどね、私は妄想や夢じゃないです本物です。ほら試しに触ってみてください、なんなら抱きしめてくれても良いんですよ」
「あー、こりゃ本物だよく伸びるわ」
「いひゃい…」
すみません、恥ずかしいのでほっぺ引っ張るのは止めてください。
「つーか、こんな所で何してんだ。学生は家で勉強してる時間だろ」
「坂田先生との結婚資金を貯めるためにバイトしてました」
「その金で病院に行ってこい。頭の」
そう言って冷めた表情でジャンプをめくる坂田先生。まったくもう照れ屋さんなんだから。せっかくだし私も何か読もうかなぁと思って本棚を見ていると、ジャンプの隣に積まれたサンデーの表紙が目に入った。あ、そういえば。
「先生、先生。私さっきまで土井先生と一緒にいたんですけどね、あの人どうもサンデー派らしいですよ。どうしてやりましょうか」
「コナンだけなら黙って見過ごしてやれ」
「了解です」
神妙な顔で頷いた私にジャンプを閉じながら「アイツここら辺に住んでんの?」と尋ねてくる坂田先生。その質問に、私は首を傾げる。
「分かんないです。なんかバイト先によく来るんですけど夜道は危ないからってここまで送ってくれるんです」
「へー、他校の生徒をよくそこまで面倒みるもんだな。どうせならそのまま向こうの学校の生徒になっちまえよお前。みんなが幸せになるぞ」
「やだもう坂田先生ってば嫉妬しちゃって。あ、そういえば土井先生ってどこの学校の先生なんですか?」
私が尋ねると、坂田先生は成人雑誌を読もうとしていた手を止めて少し思い出すような素振りをする。その間に雑誌を『嫁姑戦争』にすり替えてやった。なに私以外の女を見ようとしてんですか坂田先生ってば。
「えーっとどこだっけなァ。ほら、アレだよ、確か大……大原」
「予備校!?」
結局、坂田先生は「俺が教えてやれるのはここまでだ。後はテメーの力だけで真実を突き止めろ」と言って立ち読みを始めたので、私も隣で成人雑誌を立ち読みしたのだった。人妻本、ヅラ君のお土産にしようかな。
なんだか今日はやけに暗い話を聞いちゃったような気がするけれど、坂田先生に会えたから結果オーライだなぁと思いました。あれ、作文?
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(そういえば坂田先生の友人に、母国に帰れなくなった外国人っています?)(……いきなり何の話してんのお前)