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「と、いうわけでチキチキ!第一回缶蹴り大会開催ぃぃぃ!はい拍手!」

衣織さんの掛け声とともにパラパラと響く元気のない拍手。僕も含めて周りに座った体育委員会の面々は、とても困惑したような顔で衣織さんを見ていた。
次屋先輩だけは明後日の方向を見ていたけれど、ひょっとして視線まで方向音痴になってしまわれたのだろうか。

「あのー衣織さん、展開が唐突すぎて僕たちついて行けてないんですが……」

「金吾くん、人生の展開というのは週刊少年ジャンプのページをめくるように唐突なんだよ。ページをめくったら好きだった漫画が突然打ち切られるかのごとく何が起こるか分からないものなんだよ」

相変わらず衣織さんの言うことはほとんどが理解できない内容だ。「ちょっと何を仰っているか分かりません。そもそも缶蹴りってなんですか?」と僕が問いかければ、衣織さんは「まずそこからかぁ。まぁこの世界には缶がないもんね」とのんびり呟いた。 

懐から太い竹を切ったものを取り出した衣織さんは、それを地面に立てて足を乗せ、缶蹴りとやらの説明を始める。

衣織さんの説明によると、缶蹴りとはどうやら鬼ごっことかくれんぼが合体したような遊びらしい。
鬼が十数えるあいだに隠れて、鬼は隠れてる人を見つけたら缶を踏む。見つかった人は鬼に缶を踏まれるより先に缶を蹴り飛ばせばまた隠れられるとのこと。
ちなみに缶が風で倒れたり石を投げられて倒されたりしてもダメらしいので、なかなか鬼には厳しいルールだ。

「どことなく缶蹴りという遊びは忍者の技に似ていますね。隠れて逃げて、相手が守る物をスキをついて奪うのは忍者の本分とするところですから」

「鋭いねタッキー、確かにこの遊びは私の世界の偉い忍者も好きだったらしいよ。だから君たちも頑張ろうねェ」

「た、タッキー……?」

突然のあだ名に困惑した表情を浮かべる滝夜叉丸先輩。でもそれだけで、衣織さんに物申すことまではしなかった。天女様の機嫌を損ねてはならないのは忍たまたちの間では当然のこととなっているから、衣織さんの行動に苦言を呈する人は少ない。
いや、衣織さんの場合はこちらが何を言っても機嫌を損ねないかわりにまったく人の話を聞いてくれないので、言っても無駄という認識になりつつあるけど。なんでこの人ここまで人の話聞かないんだろう。 

「それで誰が鬼をやるんですか?」

「それはもう決まってるよ」

次屋先輩の問いに、衣織さんはニヤリと笑うと懐から宝烙火矢を取り出した。
そしてそれを近くの茂みに向かって全力で投げつける。……えぇ!?

響き渡る破裂音に僕らが呆然とする中、衣織さんは笑みを浮かべたまま「七松小平太くーん、あーそびーましょー!」と叫んだ。
その声に呼応するかのように茂みから現れたのは七松小平太先輩だ。

「逃げずに来たんだねェ偉い偉い。いいこいいこしてあげようか?」

「天女様に褒めてもらえるとは、恐悦至極の至りだな」

「天女様呼びすんなって何回言ったら分かるのかな。君って座学の成績悪そう」

「ふっ、やはり天女だけあって私が座学の成績が六年生の中で一番悪いこともすでに知っていたというわけか……」

「あっ、バカなんだコイツ……」

それまで剣呑な雰囲気を醸し出していた衣織さんが一転、口元に手を当てて哀れむような視線を七松先輩に向けた。おいたわしゅう七松先輩。

「大体、そんな勝負を受けて私になんの得がある?」

「そりゃもちろん勝負事には賭けも付き物だからねェ。私が勝ったら君には敬語を使ってもらうし私の周りをうろちょろするのをやめてもらう。そして、君が勝ったら」

そこまで言って、衣織さんは薄く笑った。そして背後から僕の肩を抱き、まるで歌うように言葉を続ける。 

「私は体育委員会の君の後輩に近付くのをやめてあげるよ」

「………どういう意味か分からないな」

「今更とぼけんじゃないよ。私と体育委員会の奴らが近付くたびに阻止しようと出てくるじゃん、君。そろそろはらわた煮えくり返ってんだろ?」

衣織さんの言葉に七松先輩の表情が今までに見たことがないほど険しくなる。だけどそれは怒っているというより、どこか緊張をはらんだ色だった。

それはまるで野生の肉食動物を前にしてどう立ち回るかを必死で考えているような、そんな雰囲気。

「鋭いな。てっきり天女様は下々の者になど興味はないと思っていたんだが」

「確かに銀ちゃん以外の有象無象に興味はないけどねェ、流石に私だって気になるよ。だって君だけだもの、この学園で本当に私を殺そうとしてるのは」

ひゅっ、と誰かが息をのむ音がした。

殺そうとしている?誰が、誰を?
穏やかでない話に、思わず僕は体を強張らせてしまう。そして恐る恐ると衣織さんを見上げようとして、

「動くな、金吾」

七松先輩の、いつになく緊迫した声が僕の動きをピタリと止めた。

「動けば殺されるぞ……!」

「やだなァ、人をまるで見境のない獣みたいに言わないでよ。私がイラついてるのは君だけだよ、君だけが私にちゃんと殺気を向けてくる。それなのにつかず離れずで一向に何にもして来ないんだから、」 

僕の後ろにいる衣織さんはいつもと変わらない声で。まるで明日の天気の話をするような穏やかな声で。それなのに「いい加減、鬱陶しくて堪忍袋の緒が切れちゃった」と言葉を続ける衣織さんの雰囲気が、僕は、今までになく恐ろしかった。

「た、滝夜叉丸せんぱ……」

怖い、怖いけど何が怖いのはか分からない。震えでカチカチと鳴る奥歯をどうにか堪えながら、七松先輩の次に年長者である滝夜叉丸先輩に視線で助けを求める。
けれど滝夜叉丸先輩もかろうじて次屋先輩と時友先輩を背中に隠しているものの、先輩自身も真っ青な顔で震えている。それでもなんとか僕に視線を向けた滝夜叉丸先輩はかすれた声で「それは殺気だ、金吾」と、この恐怖の正体を教えてくれた。

───これが、本物の殺気。

実践経験が多いと言われる一年は組の僕は今まで何度も敵の忍者と戦ったことがある。もちろん刀を向けられて殺されそうになったことだって、何度もある。
それがまるで全て児戯だったとでも言うかのように。衣織さんから感じる気配は今まで出会った敵たちとは比べ物にならないほどの威圧感を放っていた。

「……やはり私の直感は正しかったようだな。貴女は人を殺したことがある人間だ。それも一人や二人じゃない、殺気を気取るほど命のやり取りに慣れた人間だ」

「へェ、それで?」

「天女様の住む世界とやらは平和な世界のはずだ。殺し合う必要などない世界だと私は前の天女様から確かに聞いたことがある。つまり貴女は殺す必要もないのに他人を殺してきた人間ということだ。ひょっとして、貴女は快楽殺人者ではないのか?」 

ひえぇぇぇぇッ。

あまりにも恐ろしすぎる話に、僕の目からはブワッと涙があふれ出す。さらにチビりそうにもなったけど流石にそれは我慢した。さっき厠に行っておいて良かった……。
一方、僕の後ろにいた衣織さんからはなぜか「んぐふッ」という息をムリヤリ止めたような妙な音が聞こえてきた。

恐る恐る、少しだけ後ろを見上げてみれば衣織さんは服のソデで顔を隠して「まさかそう来たかァ」と呟いている。その肩がプルプルと小刻みに震えている様子からして、ひょっとしたら七松先輩に言われたことに怒っているのかもしれない。

しばらく震えていた衣織さんだけど、そのうち長いため息を吐くとともにゆっくりと顔を上げた。その表情に浮かんでいたのは普段と変わらない笑顔だ。
そしてその笑顔を浮かべると同時に、あの恐ろしい雰囲気は消え去っていた。

「そっかそっか、小平太くんは可愛い後輩たちが私に殺されるかもしれないと思って気にしてたんだねェ……んぐッ」

怖くなくなったのは良いものの、やっぱりさっきから衣織さんの様子が変だ。今も息を飲み込むような奇妙な音をノドから出したかと思うと、パッとまた服のソデで口元を隠してしまう。ソデの裏からは「やっべ、折角だしこのままにしとこ」と呟く声がした。何の話だろう。

衣織さんからの殺気が消えて、急に息がしやすくなった。
それは滝夜叉丸先輩たちも同様なのか3人でヒソヒソと何かを話している。

「快楽殺人者ってこと否定しませんよ?」

「ひょえぇ、ひょっとして田村三木ヱ門先輩をいじめてるのってそういう…!?」

「言われてみれば、確かに私を埋めようとしたり金吾を目撃者として消そうとしたりと思い当たるフシはあるような」 

「えっ、滝夜叉丸先輩って天女様にそんなことされてたんですか?」

流石に哀れに思ったのか次屋先輩が滝夜叉丸先輩に同情するような視線を向けた。おいたわしゅう滝夜叉丸先輩。

「それで小平太くんはどうするのかねェ?ここで尻尾巻いて逃げるか、男らしく戦って負けるか。好きな方を選びなよ」

「……その条件なら私が負けても損はなさそうだな。良いだろう、缶蹴り対決とやらを受けてやる。いざ尋常に勝負だ!」

クナイを構えた七松先輩がそう宣言した瞬間だった。衣織さんが竹をスコンッ!と遠くに蹴り飛ばしたのは。

…………………え?

勢いよく学園の外まで飛んでいく竹を、呆然と見送る体育委員会の僕ら。あんな距離まで飛ばすなんて衣織さんはいったいどんな脚力をしてるんだろう。
まるでだまし討ちのような形で開始した缶蹴りに対応できないままの僕らに、衣織さんは親指をピッと下に向けてまるで女性とは思えない凶悪な表情で、言った。

「ほらさっさと缶拾ってこいよォ。あとついでに焼きそばパンも買ってこい、もちろんお前の金でなァ!」

どうしよう、幸先が不安すぎる……。








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(缶蹴り開始)



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