Novel | ナノ

「どどど、どうするんですか……!?」

真っ青な顔で口をパクパクしながら私と池の中に沈んでいった滝夜叉丸くんを交互に指差す金吾くん。
そんな金吾くんに対し、年長者である私は悠然とした態度で「まぁまぁ落ち着きなよ」と声をかける。

「こういう時は落ち着いて、まずはタイムマシンを探すんだよ金吾くん」

「アンタが落ち着けェェェェ!!なんですかタイムマシンって!?そんな木の穴に頭突っ込んで解決するわけないでしょ!」

年長者らしく冷静に側にあった木の穴に頭を突っ込んでドラ○もんに会いに行こうとした私に入る冷静なツッコミ。金吾くんは私の腰帯を掴んで木の穴から引っ張り出すと「早く助けにいきましょう!」と池を指差した。

「いやいやいやいや無理だよ、滝夜叉丸くんけっこう重かったもん。せめて男性の先生の一人や二人いないと無理だって」

「そんな、なんの努力もせずに諦めないでくださいよ!」

「人生には諦めも肝心なんだよ金吾くん。もはや私達にできることは滝夜叉丸くんの冥福を祈ることだけじゃないかな……」

「まだ死んでません!!」

怒りすぎてついに地団駄を踏み始めた金吾くんは「もういいです、僕が一人でやりますから!」とずんずん池へと向かっていく。
その背中を見て、私はふと思いついた考えを口にした。

「あ、まだ出来ることあるかも」

「何ですか!?っていうか、あるなら早くやってくださいよ……え?」

振り返った金吾くんが見たのは、木刀を振り上げている私だった。
ワケが分からない、という表情をしている彼にニッコリと微笑んだ私はこう言う。

「目撃者を消して証拠隠滅すれば、全部なかったことになるよね」

そう言った瞬間、現れたのは私の横をすごいスピードで駆け抜けていく人物。

その人物は呆然としている金吾くんの首根っこを掴んで私から引き離すと、そのまま自分は池の中に水しぶきを上げて飛び込んだ。
しばらくブクブクと泡を立てていたが、一拍置いて池の中から立ち上がると、その背中にはゲホゲホと咳き込む滝夜叉丸くんが背負われている。

やっぱりコイツって馬鹿力だよなぁと感心する私に、池から上がった彼は怒りをあらわにして私の胸ぐらを掴んできた。ぐええ、ぐるじい。

「落ち着いて七松小平太くん。争いは何も生まないんだよ」

「衣織さん、私にも堪忍袋の緒というものがあってな?滝夜叉丸を医務室へ連れて行ってくれという私の頼みがどうして池の中に落とされることになるんだ?」

どうしてだろうねェ、本当……。

私の胸ぐらを掴んで持ち上げた小平太くんに、私は降参のポーズを取り「これでも努力したんだよ、でも世の中には努力が報われないこともあるからさァ」と世の中に責任を押し付けようと試みる。けれど小平太くんに「金吾に運ぶのを押し付けて最後には目撃者として始末しようとするのが努力なのか?」と一刀両断されてしまった。
なんだ、やっぱりずっと見てたんじゃん。

「んだよもォォォ本当に鬱陶しいんだよ君、そんなに滝夜叉丸くんのことが気になるなら最初から自分でやればいいじゃん!何なの、照れ屋なの?照れ屋さんなの!?アンタって子は昔からそうなんだから!お母さんいつも言ってるでしょ、いい加減に照れ屋なところは治しなさいって!」

「なんで途中から母上口調なんだ。まさか医務室へ運ぶだけが、一年生を巻き込んだ挙げ句に怪我人が池の中に落とされる事態になるとは誰も思わんだろう」

「おのれ、ぐうの音も出ないぞ」

ギリギリと胸ぐらを掴み続ける七松くんに私は「ぐう」と言ってみる。
ちなみに胸ぐらを掴まれた瞬間にサッと自分の手を首に滑り込ませているので、なかなか辛い体制ではあるが息苦しいという事態には陥っていない。

そんな一触即発な雰囲気の中で、おずおずと声を発したのは咳き込む滝夜叉丸くんを介抱していた金吾くんだった。

「あ、あの、七松先輩。滝夜叉丸先輩が池に落ちてしまったのは僕の責任もあるので、そこまで衣織さんを責めないでも……」

「それ以上、私と天女に近付くな金吾」

小平太くんの口から出た声色は、とても冷たいものだった。

「私も天女も、いつまた豹変してお前達を傷付けるか分からんぞ」

「でも、七松先輩……!」

「二度言わせるな、金吾」

「頼むから」と続ける小平太くんの声色に懇願するような悲壮な色が加わった。え、なんでか私も急に豹変して他人を傷付ける人間にカテゴライズされている……?

唐突な私の人間性の否定に首を傾げている間に、次に小平太くんは回復したらしい滝夜叉丸くんへ視線を向けた。

「お前も何をしている滝夜叉丸。自ら天女に近付いた挙げ句にそのザマか。お前にも言ったはずだぞ、今後天女と私には一切近付くなと」

「し、しかし私はもう四年生です。自分の身くらい自分で守れま、」

滝夜叉丸くんの言葉は、顔の横を通り過ぎていったクナイによってそれ以上続くことはなかった。

「今、私が天女に心酔していたらお前は助かっていなかった」

わぁ厳しい。
傷付いた表情を浮かべる滝夜叉丸くんを見て流石に可哀想だと思った私は「そこまでせんでもいいじゃない。誰でも自惚れちゃう時期ってのはあるもんだよ、私も昔はかめはめ波が撃てると思ってたもんだよ」と仲裁する。そんな私の気遣いを小平太くんは「人を埋めようとしていた貴女にだけは言われたくはない」と一蹴した。
あっテメ、秘密にするって言ってたのにバラしやがったな!

「それに、私の直感が正しければ、この天女の本性は……」

小平太くんの目が、私の目を覗き込んだ。まるで何かを探るような視線に、私は抵抗することなくその目を見返す。
瞬間、おののいたように体をビクリを震わせ私の胸ぐらから手を離す小平太くん。やれやれ、やっと解放された…。

トンと地面に着地した私は疲労感の残る首をなでながら「滝夜叉丸くんも目覚めたしもう医務室行かなくていい?」と聞いてみる。「うわぁ、とことん自分勝手だこの人」何故か金吾くんに呆れられてしまった。

「ほら、滝夜叉丸くんもこんなに元気になったし解散しようよ。衣織さんには賭場に行くという大事な使命があるんだよ」

「滝夜叉丸先輩、どう見ても体が冷え切ってるし泥だらけだし満身創痍なんですが」

「男の子はすり傷の一つや二つこさえながら成長していくもんだよ、そんなもんツバ付けときゃ治る治る」

「えぇ……」

ドン引きする金吾くんの横で滝夜叉丸くんが「ところで私を埋めようとしていたって聞こえましたが何の話ですか」と怪訝な視線を向けてきたけど私はそれをスルーした。あわよくばこのまま有耶無耶にならないものかね。

「……どうやら、遠くから見守っていれば良いという私の考えは甘かったようだな。ここまで天女自ら動き回られるからにはこちらの出方を変える必要がありそうだ」

「えっ、なになに何の話?」

なんか一人でシリアス入っちゃってる小平太くんに「あんだってェ?」と志村けんのモノマネをしつつ話を促してみたのだが、結局小平太くんは私には何も答えないまま「金吾、滝夜叉丸。くれぐれも今後この天女には近付くなよ」とだけ言い残し、飛び上がって消えてしまった。

「………もう解散ってことでいい?」

一応、残された金吾くんと滝夜叉丸くんに聞いてみたところ、二人して「さっきの埋めようとしていたって話は何ですか?」と聞いてきたので、私は無視してその場を立ち去ったのだった。






※※※※※







これで小平太くんとの出来事は一件落着と思っていたのに、どうやら私の見通しはイチゴ牛乳より甘かったらしい。
それからというもの、私が出歩いたりちょっと外出しようとするとクナイが降ってくるようになった。いや、どういうこと!?

ある時は剣の稽古をしてる金吾くんを見かけたのでからかってやろうかなと近付こうとした瞬間に足元にクナイが刺さり、飛んできた方向を見れば小平太くんが物陰からこちらをジッと見ていた。
そしてまたある時は、滝夜叉丸くんが「衣織さん、この実技も座学も四年生ナンバーワンの私と町へ出かけませんか?」とグダグダ話しかけてきた瞬間、宝烙火矢が投げ込まれて爆発した。私は咄嗟に跳躍してかなり距離を取ったので無傷だったが、やはり小平太くんが物陰からこちらを見ていた。
どうでもいいが今の爆発には滝夜叉丸くんも巻き込まれたのではなかろうか。

さらには無自覚方向音痴と噂の次屋三之助くんが「こっちだー!」と言いながら走ってくるなぁ、とボンヤリ眺めていたら神楽ちゃんばりのアタックでバレーボールを打ち込まれ、時友四郎兵衛くんがのんびり蝶々を追いかけながらこちらに近付いてきた時には私の周りに大量のまきびしが撒き散らされ、時友四郎兵衛くんが通り過ぎるまで動くことを許されなかった。
え、忍たまの方から近付いてくるのも駄目なの?しかも攻撃されるのは私の方って理不尽すぎやしない?

そんな、マリア様ならぬ小平太様が見てるという生活が数日続いた私はすっかりストレスを溜め込んでしまっていた。

「鬱陶しいィィィ!!何なのアイツ、本当に何なのアイツ!!」

ゴロゴロ地面を転がる私を木の枝でツンツンと突いてくる伏木蔵くん。どうやら小平太くん的に保健委員はセーフらしくクナイや宝烙火矢が飛んでくることはない。

「わぁ、衣織さんが忍たまにやりこめられてるの初めて見ました〜」

ふくふく笑う伏木蔵くんに、襖を開け放った医務室から伊作くんが「こらっ」と軽い叱咤を飛ばす。
伊作くんは薬を煎じつつも心配そうな表情を浮かべて「僕から小平太にやめるように言いましょうか?」と進言してくる。相変わらず人間性のできた子である。

のたうち回ることに疲れて地面に突っ伏した私はその申し出をヒラヒラと片手を振ることで断った。

「べつに忍たまと関わるのを邪魔されるのはどうでもいいんだよ。私も暇つぶししようと思って関わってるだけだし」

「人との関わりを暇つぶしって、人間として最低なこと言ってる……」

数馬くんが伊作くんに薬の材料を渡しながらドン引きした表情をした。

「でもさァ!?なんで賭場に行くのまで阻止されなきゃなんないの!?なんかアイツ私が学園の外に出ようとしたり賭場に繰り出そうとするのも阻止してくるんだけど!?」

そう、何故かあの七松コノヤローは私が学園の用事以外で外出しようとしたりしても阻止してくるのだ。
クナイや宝烙火矢での阻止なら私もすたこらさっさと避けて出かけるのだが、そういう時に限って、やれ吉野先生がお呼びだの学園長先生がお使いを頼みたいと言っているだの声がかかるのだ。
しかも、最初の頃は出向いても「え?呼んでませんよ?」と首を傾げられるばかりだったので、どうせまた嘘の呼び出しだろうと一度無視して出かければ、後で山田伝蔵さんに「学園長先生の呼び出しを無視するのは流石にやめた方がいいんじゃないか」と苦言を呈されてしまった。チクショウ引っ掛けかよ!

「あァァァァ、もうずっと賭場に行けてないんだよ私は。そろそろ世の中の全てが丁か半かでしか判断できなくなってきた」

この前なんか食堂のおばちゃんに注文を頼む時に無意識で「半定食で」と頼んでしまい、首を傾げたおばちゃんに盛り付ける量を半分に減らされてしまった。
その話を聞いた乱太郎くんが「伊作先輩、これはもう病気なのではないでしょうか?」と伊作くんに尋ね、伊作くんは静かに首を横に振って「僕もそんな気がするけど、これは薬ではどうにもならないんだよ」と諦めたように呟く。

「小平太は、あれはあれで真面目なところがありますから……。これを機に衣織さんの生活習慣を正そうとしてるのかも」

「そんなもんいらねェんだよォォォ!!銀ちゃんに言われるなら二つ返事で言うこと聞くけどさァ、なんでガキに私の行動をとやかく言われなきゃなんないの!?」

地面にのたうち回る私に左近くんが「相手によって言うことを聞くか聞かないか態度を変えるのは良くないと思います」ともっともなことを言った。だまらっしゃい!!

そんなゴロゴロ転がる私の頭の横に突然スコンッと突き刺さる矢。

「衣織さん、矢文ですよ〜」

「どうせ七松アンチクショウからの手紙でしょ、燃やしとけ」

私がそう言ったにも関わらず「すっごいスリル〜」とわくわくしながら矢文の手紙をガサガサ開く伏木蔵くん。

そこに書かれていた内容は。

「“今まで賭場で勝ったことあるのか?”」

「うわァァァァァ!!!」

その文面を聞いた瞬間、私の頭の中で何かが切れる音がした。

伏木蔵くんから引ったくった手紙をビリビリに破いた私は「七松小平太ァァァァ!!」と遠くまで聞こえるように叫ぶ。

後ろで保健委員の面々が「衣織さんがかつてないほど怒ってらっしゃる」「いや、あれは怒っているというより賭事ができないことによる中毒症状の可能性が」「ぼく、近所の酒ばかり飲んでるおじさんがあんな風に怒ってるの見たことあります」とヒソヒソ話しているのは無視して、私は伏木蔵くんの方に視線を向けて言った。

「伏木蔵くん、体育委員会の奴らを明日までに集めてこい」

「えっ」

「叩き潰してやる!!!」









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