Novel | ナノ

「つまり、衣織さんは突然現れた山賊から滝夜叉丸と伊作たちを守ろうとして、その弾みに三人は勝手に落とし穴の中に落ちてしまって」

「えぇ、まぁ」

「山賊からどうにか三人を守った衣織さんは穴に落ちた三人を助けようとしたけれど女一人の腕ではどうにもならず」

「はい、まぁ」

「せめて体が冷えないように滝夜叉丸に土を被せてやっていたところへ私が現れたのだと、そういうわけなんだな?」

「うん、まぁ」

「そうか。それならさっきの衣織さんの行動にも納得がいくな!」

「……え、信じたの?今の言い訳で信じたの?マジで?」

滝夜叉丸くんに土を被せていた行動の理由を説明した私は、腕を組んでスッキリしたように笑った小平太くんにドン引きした。嘘を吐いた張本人である私が言うのもなんだが、こんな言い訳を信じちゃうだなんて小平太くんはもう少し頭を鍛えた方が良いのではなかろうか。

こんなにちょろく丸め込めるだなんて、小平太くんってば絶対座学とか不得意なんだろうなと内心で馬鹿にしつつプププと笑う私。そんな私を小平太くんは首を傾げて不思議そうに見る。

「どうしたんだ?滝夜叉丸の体が冷えないように土をかけてやっていたというのは本当の話なのだろう?それとも衣織さんは嘘を吐いたのか?」

「いやいやいやいや、まっさかー。私が嘘なんて吐くわけないじゃないですかァ小平太くんったら。忍者ってのは何かにつけて人を疑うことばかりするんだから失礼しちゃうよもう」

「そうだな!確かに後輩を山賊から守ってくれた衣織さんを疑うなんて失礼な発言だった。許してくれ」

「まったく、私は心が広い女だから今回だけは特別に見逃してあげるけど以後気を付けるんだよ小平太くん」

「ああ、そうしよう」

ふん、と鼻を鳴らした私にやはり笑顔で頷いた小平太くん。頷いてから、彼は穴の中に落ちたままの滝夜叉丸くんへと視線を落とす。気絶している滝夜叉丸くんをジッと観察するように見た小平太くんは、次に伊作くんと乱太郎くんが落ちている穴、そして山賊が吊り上げられている木を見てから「四年い組の綾部喜八郎の仕業だな」と呟いた。

「えっ、それ誰?」

「忍術学園で、穴掘り小僧と呼ばれている生徒だ。仙蔵と同じ作法委員会に所属している四年生で、あらゆる仕掛け罠の名人でもある。落とし穴の形状や精密さなどからしてこの罠を作ったのは綾部で間違いないだろうな」

「四年生ってことは三木ヱ門くんとかと同い年か……。そんな年齢で穴掘り小僧と呼ばれるなんて、よっぽどただれた女関係があったんだろうねェ」

「衣織さん、とんでもない勘違いをしているようだが、穴とは決してそういう意味じゃないぞ」

「えっ」

「そういう意味じゃ、ないぞ」

珍しく真面目な表情で「そういう意味じゃない」というのを強調する小平太くんに私は訳が分からないままとりあえず頷いておいた。それなら一体どういう意味なのだろう。はっ、もしかして女の穴だけじゃなくて男の穴も許容範囲だとか?綾部喜八郎くん、恐ろしい子…。

まだ顔も知らぬ喜八郎くんに戦々恐々とする私を訝しむような目で見つつ、滝夜叉丸くんが落ちている穴の傍らに膝をつく小平太くん。一体何をするつもりだろうと思った瞬間、なんと小平太くんは滝夜叉丸くんの首根っこを掴んで軽々と穴から引き上げてしまった。

「うわっ馬鹿力!」ドサリと地面に放り投げられた滝夜叉丸くんから思わず飛びのきながら私は叫んだ。小平太くんはそんな私を見て「そうか?普通だと思うけどなぁ」と首を傾げていたが、この齢にして人間一人を片手で放り投げられる人間は馬鹿力以外の何物でもないと私は思う。この男版神楽ちゃんめ。

「伊作は……不運とはいっても六年生だから自分で穴から脱出できるだろう。山賊は念のために縛っておくか」

そう言って、忍び刀を帯から抜いた小平太くんは一気に木の上まで跳躍して山賊を吊り下げていた網の紐をスパッと切り落とした。気絶したまま地面に落ちた山賊たちの姿は見ているだけで痛そうだったが山賊業なんてやっているのだから同情する気には少しもなれない。

「衣織さん、私はこの山賊たちを縛っておくから今のうちに滝夜叉丸を忍術学園の医務室まで運んでやってくれないか?」

近くにあった切り株に腰を下ろし、キノコ&山菜狩りはどうしたもんかと考えていた私に話しかけた小平太くん。

「えぇ〜?やだよ面倒くさい。大体、私みたいなか弱い女が滝夜叉丸くんを忍術学園まで運べるわけないじゃないの」

「衣織さんなら出来そうだがなぁ」

にべもなく断った私に気を悪くした様子もなく、小平太くんはあっけらかんとした調子でそう言った。出来る出来ない以前に面倒くさいんだよ。

それに、何より。

「滝夜叉丸くんを助けたのは君だよ」

だから君が忍術学園まで運んで介抱してやるべきだ。そう言う私に小平太くんは山賊を忍び刀の下げ緒でギュッと縛りながら笑みを浮かべる。やはりどこか寂しそうな笑みだと、私は思った。

「でも、傷付けたのも私だ」



山賊を全員縛り上げた小平太くんは滝夜叉丸くんを背負って忍術学園へ戻るというので、私も彼らと一緒に学園へと戻ることにした。私一人じゃ山菜やキノコの種類なんて分からないからね。ちなみに小平太くんが縮地の術だとか言って茂みの中に突っ込んで行きかけた時はどうしてくれようかと思った。こちとら夜兎じゃねぇんだよ山越えなんか出来るかふざけんな。

「あーあ、今日こそ賭場で遊びまくれると思ったのになぁ。これじゃあ何しに山まで来たのか分からないよまったく」

「また日を改めれば良いじゃないか。時間はいくらでもあるだろう?」

「ちょっとー、不吉なこと言うんじゃないよ小平太くん。私は一刻も早く元の世界に戻りたいんだからこの世界の時間なんていらないよ」

「ははは、すまん」

滝夜叉丸くんを背中に背負ったまま小平太くんはカラカラと笑う。私の横に並んで歩く小平太くん。その歩調は人ひとりを背中に抱えているとは思えないほど軽やかだ。ここまで体力があるのなら伊作くんと乱太郎くんもまとめて忍術学園に連れて帰れたんじゃなかろうかと思うほどに。

「衣織さんは本当に元の世界に帰りたいんだなぁ」

「そりゃ当たり前じゃないの。君だってある日突然全く別の世界に飛ばされたら早く元の世界に帰りたいって思うでしょうに」

「当たり前だなんて、衣織さんはずいぶんと奇妙なことを言う」

小平太くんの物言いに私は思わず足を止めた。「どういう意味?」そう尋ねる私を振り返る小平太くん。「衣織さん、私には貴女みたいにのんべんだらりと生きることは出来ない。そういう意味だ」いや全然分からないんですが。

「……私たちの世界より進んだ文明に住んでいた衣織さんには理解できないかもしれないが、世界が異なるというのは私たちに計り知れないほどの衝撃を感じさせることなんだ。それこそ天女様と呼んで敬い、慕うほどに」

「あれ、おかしいな。敬われて慕われた記憶なんてないぞ私……」

「だから天女様が何を考えているかなんて私たちには少しも分からない。だって私たちにとっては当たり前でも天女様にとっては当たり前じゃないかもしれないからな。自分の尺度で測れない相手ほど恐ろしい存在はないだろう?」

「ねぇ小平太くん、私に敬語使おうよ。そろそろ敬って慕ってみようよ。そりゃこの世界の知識はないけど私も天女様の一人なんだよ」

「だから自分の考えや行動を当たり前だなんて思わないでくれ。その影響力を自覚してくれ。もしも天女様が私たちを互いに争わせるよう扇動すれば私たちは容易く崩れてしまうから」

「私そんなことしないよ!?ガキ共の喧嘩を眺めて楽しむ趣味なんかないよ!?小平太くんは私のことを一体何だと思ってるんですかねェ!?」

小平太くんは私を何だと思っているのだろう。子供の喧嘩を眺めて楽しむような無粋な輩だと思われていたなら心外だ。だってそんな暇があるなら自分で喧嘩した方が楽しいに決まってるじゃないの。

「そっか、衣織さんは違うんだな、それなら良かった」

───それは、そんなに安心するようなことなのだろうか。滝夜叉丸くんを背負ったまま隣を歩く小平太くんを私は思わず怪訝な顔で見た。

いくら世界が違うとはいえ、同じ人間なのだから大まかな価値観はそこまで変わらない。それは数週間も同じ場所で過ごしていれば容易に理解ることだ。どこの世界の奴らでも大切な者が亡くなれば悲しいし、良いことがあれば嬉しい。痛くて辛いことは嫌だし快適なことは好き。

忍者になるための修練をしている小平太くんだってそんなことはとっくに理解していそうなものなのに。たかが、世界が違うというだけで。

「そんな天女様が、過去にいたんだ」

私が内心で抱いた疑問に応えるように、小平太くんは口を開いた。忍術学園への歩みは止めずにざくりざくりと土を踏みしめる小平太くん。その少し後ろを歩く私に彼の表情は見えない。

「その天女様はこう言った」

「あなたたちが私のことが好きだというのなら、それを証明してみせてよ。私を否定する者を排除して。他の誰よりも私を求めてみせて。本当に私のことが好きだというのならそれくらい出来るでしょう?私は一等強い人が好きよ」

「……うわぁ、今時どこぞの姉でも言わない台詞だよソレ。何ていうか、天女様というよりむしろかぐや姫みたいな子だったんだねェ」

「かぐや姫とは言い得て妙だな。確かにあの天女様は私たちに様々な要求や課題を出す人だったから。すると、さしずめ私は五人の公達というわけだ」

「それって、」

かぐや姫を恋慕った五人の公達がやったこと。それはつまり。

「察しが良いんだな」

足を止めて眉間に皺を寄せた私に、小平太くんは振り返りながら答える。振り向いた彼の顔を見た瞬間。浮かべられた表情を認識した瞬間。私はこの世界に来てから初めて忍者というモノの本質を垣間見た気がした。

小平太くんは。

「私は、その天女様の願いを叶えてやろうとした。彼女に好かれるために己の力を誇示しようとしたんだ。そんなくだらないことの為に私は後輩を傷付けた」

───笑っていた。

完璧なまでのその笑顔は私に一切の情報を与えない。彼の感情が、読めない。万事屋開業中の私に依頼をしようとしたということは後輩に手を上げたことを悔やんではいるのだろう。しかしその心情が如何ほどのものなのか。まるで世間話のような軽い口調で話す小平太くんからは全く感じ取ることができないのだ。

「……べつに良いんじゃないの?後輩や友人より、愛した女を選ぶことは責められることじゃないと思うし。私だって誰よりも銀ちゃんを選ぶもの」

きっと、それは忍者ならば当然身に付けなければならない技術なのだろう。私に心情を悟られるようでは容易に敵に弱みを握られてしまうのだから。たとえそれが、神楽ちゃんや新八君とそう齢の変わらない15歳の子供だとしても。褒めるべきだ。もはや立派な忍者だと。

そう考えた私は深く言及することはせず、相槌に近い意見を述べるだけにとどめておいた。

「そうだなあ」

小平太くんはそんな私の反応にやはり落胆した様子も安堵した様子のどちらも見せず、ただ平静を装ったまま、ただ一言だけを呟いたのだった。

「本当に好いた女の為だったなら、私も後悔しなかっただろうに」



忍術学園の門が見えたのはその会話を終えてからすぐだった。忍術学園の門を見上げて「まさかこんなに早くここへ戻って来ることになるなんて。本当なら今頃町で山菜を売って種銭を稼いでたはずなのに」とぼやく私に「これを機会に博打や酒は止めて真面目に生きた方が良いと思うぞ私は」と呆れたように言う小平太くん。ふん、私は太く短く生きるから良いんだよ。

ケッ、と悪態をつく私。そんな私の前に、小平太くんは背中に背負っていた滝夜叉丸くんを背中からドサリとおろして学園の中へと歩き出した。

…………ん?

「ちょっとちょっと、何しちゃってるの小平太くん。家に帰るまでが遠足であるように、医者の元に連れて行くまでが怪我人の介抱なんだよ。分かったらさっさと滝夜叉丸くんを背負って新野さんのところまで運びなよ」

「私は今日、滝夜叉丸に会わなかった」

「はァ?」

いきなり何言い出すんですかねこの体力バカは。

思わず眉間にシワを寄せて小平太くんを見れば、返されたのは実に明るい笑顔。これが初対面であればあら素敵な笑顔ね仲良くなれそうだわなんて思えたかも知れないが、今の状況ではイラッとするものでしかない。笑ってないでとっとと運べやこちとら暇じゃねぇんだよ。

「滝夜叉丸をここまで運んだのは衣織さんだ。私は今日、忍術学園の外には出ていないし滝夜叉丸に会ってもいない」

「はあァァァ!?」

小平太くんから吐き出される台詞に私はいよいよ苛立った。いやね、そりゃあ仲違いした後輩と関わるのが気まずいっていう気持ちも分からなくないよ?でもせっかくの善行についてまで自分が関わっていないことにしたいって、どんだけ照れ屋さんなんだよコイツ。え、それともアレなの?小平太くんと滝夜叉丸くんってそこまで修復不可能な仲なの?『七松小平太に救われるくらいなら死んでやる!』ってくらい滝夜叉丸くんは小平太くんのことを嫌ってるの?やだ何それ関わりたくない私。

「別に良いじゃないか。吉野先生に褒められたいんだろう?衣織さんが落とし穴に落ちた滝夜叉丸を助けて学園まで連れ帰ったことにすれば、きっと吉野先生からの評価は上がる」

「それ、ひょっとして私に恩でも売ってるつもり?ナメんじゃないよ。喧嘩ならいくらでも買うけどねェ、たかがこんなことでガキ相手に貸しをつくるほど野暮な真似する気は、」

「衣織さんが私のことを滝夜叉丸に黙っていてくれたら、私も衣織さんが滝夜叉丸を埋めて証拠隠滅しようとしていたことは秘密にしておくぞ」

「………………えっ」

「ん?聞こえなかったか?」

もう体半分を忍術学園の門の中へ入れていた小平太くんは、ピシリと固まった私を不思議そうな顔で見ながら、言う。

「滝夜叉丸を埋めて行方不明扱いにすることで、忍術学園のみんなから哀れに思われようとしたんだろう?なはは、もしかすると衣織さんは哀車の術の才能があるかもしれんな!!」

……………ば、

バレてただとおぉぉぉおおぉおおおおお!!!???

予想だにしなかった小平太くんの発言に冷や汗をダラダラ流して青ざめる私。そんな私に「それじゃ滝夜叉丸のことは頼んだぞ!」と元気よく声をかけて学園の中へ消えていった小平太くん。彼の表情に浮かんでいたのは相変わらずの笑顔だった。笑顔だからこそ、怖かった。

「に、忍者こえぇ……」

その場に残された私は、依然として気絶したまま地面に転がっている滝夜叉丸くんを見下ろし頭を抱えたのだった。



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(仕方なく滝夜叉丸くんを引きずって医務室へ向かうことにする)(なんか、敗北した気分)


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