Novel | ナノ

「………………」

目の前には、落とし穴の中で気絶している滝夜叉丸くん。そして少し離れた別の穴にも気絶している伊作くんと乱太郎くん。さらには木の上から吊り下がった網の中で、やはり気絶している数人の山賊たち。

ただ一人の生存者である私は、目の前の光景にひたすら頭を悩ませた。

「えらいこっちゃ……」



―――滝夜叉丸くんとデートの約束をした私は、似顔絵を置きに行こうと自室へ走った。この似顔絵集は忍術学園の情報になるから外部へ持ち出さないようにと伊作くんに言われていたのだ。

そんな、意気揚々と走っていた私を呼び止めた伊作くん。「そんなに急いでどこへ行かれるのですか?」そう尋ねる彼に私は答えた。「ちょっと山に行ってキノコと山菜で丁半博打をしてチンチロリン」少し首を傾げてから伊作君くんはフフッと微笑んで「奇遇ですね」と言う。

「僕と乱太郎も、これから山へ薬草を探しに行くところなんです」

「じゃあ山の中で会うかもしれないねェ。そうだ、もしも山の中で伊作くんに会ったら今日は丁にしよう」

「賭け事はほどほどにしてくださいね」

「うん、うんうん。猪鹿蝶が出るまでほどほどに頑張るよ」

「大丈夫かな……」

何故だか不安そうな表情を浮かべた伊作くんに笑顔で別れを告げ、すたこらさっさと走り出す私。そして部屋に似顔絵を置いて滝夜叉丸くんとの待ち合わせ場所に向かった私が次に出会ったのは、小平太くんだった。

「衣織さん、そんなに急いで一体どこへ行くんだ?」

「今の私は丁ご機嫌だから敬語を使わない君のことも丁許してあげる。今から山へ行って丁キノコと山菜を探して丁町で売って丁賭場に繰り出すんだよ」

「今日は丁で賭けるんだな」

小平太くんは納得したように頷いた。「ところで誰と行くんだ?」小平太くんの質問に、せっせと足踏みしながら答える私。

「滝夜叉丸くんだよ。もう行っていい?ねェもう行っていいかな?賭場が私を呼んでるんだよ早く行かなきゃ」

「そうか。呼び止めてすまなかったな」

笑顔で見送ってくれた小平太くんに別れを告げて、私は待ち合わせの場所へすたこらさっさと走り出す。既に門の前で待っていた滝夜叉丸くんに「丁ごめんね」と謝罪し、小松田くんに見送られながら出発した私たち。

「二人きりだと緊張しますね」

「そうだね、まるで全財産を丁に賭けた時のようにドキドキするね!」

「……こ、このまま衣織さんと一生を添い遂げることが出来たなら、私にとってそれ以上の幸せはないのですが」

「そうだね、一生をピンゾロのように添い遂げたいね!」

「こらあかんわ……」

滝夜叉丸くんと道中の会話も楽しみつつ、ついに目的の山へ着いた私は虫取り網を片手に「キノコ狩りじゃあああ!!」と威勢よく吠えた。

「滝夜叉丸くん、君のキノコと山菜の知識に私は丁期待しているよ」

「はい、はい……。それじゃ行きましょうか」

何故かゲンナリした様子の滝夜叉丸くんに首を傾げつつも、いざ行かんと足を踏み入れる私。―――踏み入れた瞬間、足の裏に感じた違和感に私の身体は反射的に後ろへ飛んだ。

それが引き金だった。どういうワケだか私が後ろへ跳躍すると同時に、横から滝夜叉丸くんが「危なーいッ!」と叫びながら飛び出してきたのだ。なんかカッコつけた動作してるなぁコイツと思ったのも束の間。なんと私が踏んだ地面の中から板が跳ね上がり滝夜叉丸くんに直撃したではないか。

顔面を板で叩きつけられる滝夜叉丸くん。吹っ飛ばされた彼の体は宙を舞い、そのまま地面に転がる……と思ったら、その地面にぽっかりと穴が開いて、滝夜叉丸くんの体が吸い込まれていった。

「え、……えっ?」

状況が全く分からず、ひたすら呆然とするばかりの私。そんな私の視界に入ったのは茂みの奥から笑顔で手を振って近付いてくる伊作くんと乱太郎くんだ。

「おーい、衣織さーんわー!?」

「伊作先輩、一体どうしわー!?」

現れるなり二人とも、地面にポッカリ空いた穴の中に吸い込まれていった。そして最後に現れた見知らぬ三人の山賊たち。

「おい女、有り金置いてキャーッ!?」

「どうしたんですかお頭キャーッ!?」

「お、お頭も兄貴も何がキャーッ!?」

次々と網に包まれて木の上に吊り下げられていく山賊たちの頭には、トドメとばかりに石が降り注いで彼らの意識を失わせる。ついでに山賊の頭に当たって跳ね返った石が穴の中で目を回していた伊作くんと乱太郎くんに命中した。相変わらずの揺るぎない不運である。

そして訪れた静寂の中で、たった一人立ちすくむ私。

「………えっ、私のバックステップが?私のステップが!?」

目の前に広がる凄惨とした光景に動揺しながら、私はこうなってしまった原因を考えた。きっかけは多分アレだ、私が後ろに跳躍したのがいけなかったんだ。私の華麗なバックステップが山の神にはなんか気に食わなかったんだ。

理由が判明したところで、私はどうすれば良いのだろう。もしもこの光景を他人に見られれば、私が滝夜叉丸くん及び伊作くん及び乱太郎くん及び山賊たちを始末したのではと疑われるのは必須。あっ、山賊は始末しても問題ないのか。とにかく誰かに見られる前に何とかしなければ。

「と、とりあえず落ち着いてタイムマシーンを探さないと」

手近にあった木のうろの中に頭を突っ込んでジタバタしてみるも、何も起こる気配はない。青い猫型ロボットが現れる前兆も新ぱっつぁんの鋭いツッコミが飛んでくる予兆も、何もない。

「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」

私は焦った。この世界に来てから今までにないほど焦った。

元はと言えば吉野先生に見直してもらうために始めた万事屋。その結果が忍たま三人の尊い犠牲とはどういう道理なのか。万事屋じゃなくて始末屋を始めた方が良かったのだろうか。いやだぞ、納豆くの一と同類なんて私はいやだぞ。

そんな、絶体絶命の私の脳内にポンと現れたのはヅラ君だった。

『衣織よ、お前の力とはそんなものだったのか?たかが子供三人の犠牲ごときで大義を見失うとは情けない』

続いてポンと現れたのは神楽ちゃんだ。

『生コンクリートがなくても証拠隠滅しようと思えばなんとかなるネ』

さらにポンと現れた辰馬。

『なんじゃ衣織、そんな些細なことに悩むなんてらしくないのう!宇宙は広いぜよ、子供三人の死体捨てたって誰も気付きはせん。わしに任せるぜよ!』

お妙ちゃん。

『衣織さん、ついでだからこのゴリラもあなたが殺ったことにしておいてもらってくれないかしら。三人も四人も大して変わらないでしょう?』

お登勢さん。

『早くツケ返しな』

沖田。

『特にないんでパス』

フォロ方十四フォロー君。

『いや、お前のフォローなんかしねぇぞ俺は。それより近藤さんの姿が見当たらねェんだがどこ行ったか知らねーか?』

新八君は……べつにいいや。

―――そして、銀ちゃん。

『衣織、オメーなら分かるはずだ。今何をすべきなのか。俺ならどうするか。ずっと俺の背中を追いかけてきたお前ならもう分かってんだろ?』

……みんな、銀ちゃん。

頭の中に響く懐かしい声に、私はそっと目を閉じて耳を傾けた。そうだ、一体何を気弱になっていたんだろう私は。異世界だからって関係ない。一人ぼっちだからって関係ない。私は変わらない。

思い出せ、己が歩んできた生き様を。奮い立たせろ、魂に刻まれた信念を。今こそ侍としての在り方を、この世界の者たちに知らしめてやれ。

『いけ、衣織』

「うおおおォォォ!!」

銀ちゃんの声に呼応するように叫んだ私がとった行動―――。それは先ほど私の足下から跳ね上がった板を地面から引き抜き、その板ですくった土を滝夜叉丸くんの上へと被せていくものだった。

つまり、まぁ、アレだ。

証 拠 隠 滅。

「ぎゃはははは!!あばよォォォ滝夜叉丸くん!!君の犠牲は無駄にしないから安心しな、これから私が悲劇のヒロイン扱いされるための人柱としてしっかり利用してやるからよォ!!!!」

土をざっぱざっぱと滝夜叉丸くんに被せながら私は叫ぶ。つい先刻、彼は私に告白して断られた。そんな背景があれば忍術学園の奴らも、滝夜叉丸くんが行方不明になった理由は私に拒絶されたことによるものだと考えるに違いない。そこで私がショックを受けた演技の一つでもすれば、言い寄られた挙句にその男に自殺された可哀想なヒロインの出来上がりというわけだ。

まさにピンチをチャンスに変える見事な作戦。どうしよう、土壇場の状況でこんな素晴らしい作戦を思い付いちゃう私って天才かもしれない。

自分の才能に怖くなりつつ、脳内にいる銀ちゃんにお礼を述べる私。銀ちゃんはニッと笑みを浮かべて親指を立てると背中を向けてカッコよく去って行った。とてもゲスい笑顔だった。そんな銀ちゃんが私は好きよ。

やるべきことが決まったならば、後はそれをいかに手早く済ませるかが肝要。

「うおりゃあァァァ!!さっさと地に沈めや滝夜叉丸ぅぅぅ!!」

叫びながら木の板で地面を掘り、土をひたすら滝夜叉丸くんへと放り投げていく私。この辺の土は柔らかくて土を集めやすいものの、人間一人を埋めるための土を掘るともなれば重労働だ。この落とし穴を掘った奴はさぞかし苦行が好きなマゾ野郎だったに違いない。息を荒げ、こめかみから滴る汗を拭いもせず私は必至で木の板を地面へと突き立てた。

ザクリと地面に突き刺さる板。そして板を振るうことによって宙を舞う土。その土が、気絶している滝夜叉丸くんの腹の上に着地した瞬間だった。

―――がさりと音がして、茂みの中から見知った顔が現れたのは。

「…………………」

「…………………」

茂みの中から現れた人物と視線が交わると同時に、私は土を掘るのを止めて真顔になる。しかし空中に放り投げた土が元に戻るわけもなく、ドサリと重たい音を立てて滝夜叉丸くんの上に覆いかぶさった。それを無言で見届けた後、私の方を見る七松小平太くん。

穴の中で気絶している忍たまが三人。木の上で宙吊りになったままやはり気絶している山賊が三人。そして忍たまの一人に土を被せている女が一人。そんな状況の中で、小平太くんは誰もが口にするであろう質問を私に投げかける。

「………何してるんだ?」

そんな彼の問いかけに、私はキリッとした表情で答えたのだった。

「キノコ狩りです」



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(正直に言ってくれ、私は怒らないから)(キノコ狩りです)(穴の中にいる人間に土をかけるのが?)(キノコ狩りです)(本当に怒らないから正直に言ってくれ。ちょっと本気でこの状況が理解できなくて困ってる)(正直に言うと滝夜叉丸くんの股の間のキノコを狩ってました)(女人がそんなことを口にするものじゃない)(ごめんね)(いいよ)


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