Novel | ナノ

ざくり、ざくり、と柔らかい地面の中へ踏み鋤の踏子を突き刺しながら僕は額から流れる汗を腕で拭う。滝夜叉丸に頼まれた罠が完成するまで後もう少しだ。これが完成したら次はどんな罠を作ろう。あまり危ないのは止めろって言われているからスパイクは駄目。そうだ、縄を張ってそれに引っかかったら岩が落ちてくるようにして、

「おやまあ」

気付けば、落とし穴のトシちゃん五十八号は思っていたよりもかなり深くなっていた。あまり深くすると滝夜叉丸が怒るからこれくらいにしておこう。この前久しぶりに会話した時あらためて思ったし。やっぱり滝夜叉丸はウザい。

完成したトシちゃん五十八号の側にサインを置いて、と。……どうせなら天女様だけが落ちて、そのまま出て来なくなってくれないかなぁ。

また地面に踏子を突き立てる。ここら辺は土が柔らかいから、すぐに僕の体は地面より下に沈んでいって周りの景色が茶色一色に変わる。ふと上を見上げれば穴の入り口から丸く切り取られた青空が見えた。

今回の天女様、名前は何ていったっけ。三木ヱ門がすごく気に入られているみたいだけど、僕はまだ一度も話したことはない。まだ、じゃなくてずっと話す機会はないと思うけど。今までの天女様みたいに積極的に来ないってことは僕には興味がないのだろうし。

魅了も。一度だけ僕が穴を掘ってる時にゴミ捨て場と間違えたらしい天女様に生ゴミを投げ入れられたことがあるけど、目と耳を塞いで急いで離れれば大丈夫だった。「何あのはぐれメタル」っていうよく分からない言葉が聞こえてしまってヒヤリとしたものの、それから特に変化もない。だからきっと、これからも僕はあの天女様を好きにはならないはずだ。

「みんなもそうすれば良いのに」

復讐なんて回りくどいことせずに、天女様を徹底的に避けてしまえば良いのに。いつも同じ場所に落ちてくるんだから、そこに罠を作って、学園に来る前に殺してしまえば良いものを。

いくら警戒していても天女様が来るたびに何人もの生徒が確実に魅了されてしまう。どういうわけか最後には確実に解けるけど、それでも先輩たちは魅了が解けた後はしんどそうにしてる。そこまで無理するくらいなら最初から殺してしまえば良いと、僕は思う。

そうすれば、気持ち悪い立花先輩も、呆然とした表情で七松先輩を見ていた滝夜叉丸も、血まみれになった潮江先輩の側で泣いた三木ヱ門も、天女の魅了が解けたみんなを怪我だらけの身で迎えるタカ丸さんも、二度と見なくて済む。

「あ、でも学園長先生が天女様を保護すると決めてるんだっけ」

学園長先生ならこの現状を把握してらっしゃるはずなのに、どうして何も対策せず未だに天女様を保護し続けているんだろう。そんなに一人目の天女様に対して恩を感じておられるのかな。

そういえば、あの一人目の天女様に助けられた生徒は誰だったっけ。

「あ、千桐矢先輩」

「やけに罠が多いと思ったら、やっぱりアナタの仕業だったのね。天才トラパーこと四年い組の綾部喜八郎」

穴の外から僕を見下ろしていたのは、くのたま最上級生の千桐矢翠(ちぎりやすい)先輩だった。うっかり、破りやすいとか壊れやすいとか言っちゃうとすごく怒るから注意しろって立花先輩が言ってた人。

「こんな場所で罠を作っているなんて実習の授業中かしら?それにしてはアナタ以外の生徒の姿はどこにも見当たらないようだけど」

「引っかかりました?」

「は?」

まだ制作途中の穴から這い出た僕は千桐矢先輩の顔を覗き込む。くの一教室の中でも一等美しくて優秀だと評される千桐矢先輩。また危険な任務を請け負ってきたのか先輩に近付いた途端に火薬と血の臭いがする。千桐矢先輩は、ジッと顔を見つめる僕に怪訝な表情を向けていた。

「僕が作った罠。引っかかりました?」

「……申し訳ないけれど全て避けたわ。誰かが外し忘れたのかと思っていくつか外してしまった物もあるから、必要なら自分で戻してきて」

「はーい」

なーんだ、今回も千桐矢先輩は引っかかってくれなかったんだ。千桐矢先輩は任務や実習ばかりで学園にいることは少ないから、こんな機会なんて滅多にないのに。やっぱりもっと複雑で危険な仕掛けの罠にしておけば良かったかも。

「………相変わらず会話が出来ない奴ね」

また穴を掘り始めた僕に何故か苦々しげな表情を浮かべて千桐矢先輩はそう言った。何だろう?と僕が手を止めて首を傾げれば、先輩は溜息を吐きながら「その罠は何のために作ってるのかって聞いたのよ」と面倒臭そうに言う。そんなこと聞かれたっけ。

「平滝夜叉丸に頼まれました。なんでも今回の天女様に取り入るために必要なんだそうでーす」

「罠で取り入る?一体どうやって」

「天女様が引っかかったところを自分がカッコ良く助けるそうです」

「………………」

「あ、やっぱり千桐矢先輩も滝夜叉丸はアホだと思いますよね。そもそも滝夜叉丸カッコ良くないですし」

だけど微妙な表情を浮かべていた千桐矢先輩は、僕の台詞を聞くと眉間にシワを寄せて「何言ってるのよ、格好いいとか格好悪いとかの問題じゃないでしょう」と怪訝そうに言う。

「あの女が罠に引っ掛かるわけないじゃない」

「他の生徒は連れて行かないそうですよ」

「………アナタ、何を言ってるの?」

ますます怪訝な表情を浮かべた千桐矢先輩に、僕は踏子を肩に乗せて首を傾げて見せた。先輩こそ一体何を言っているんだろう。天女様に魅了されて罠に引っ掛からないように護衛する生徒を連れて行くはずないって、少し考えれば分かりそうなものなのに。

「……まあ、いいわ。私には関係ないし好きなようにやりなさいよ」

「先輩は天女様に何もしないんですか?」

一度は背中を向けた千桐矢先輩が、僕の言葉に足を止めて振り返る。だけど無表情のまま何も答えようとしない千桐矢先輩に、僕はまた口を開いて「先輩は天女様をどうにかしたいと思わないんですか?」と言った。

「関係ないって言ったでしょう。女の私は天女の魅了に振り回されることもないんだから。せいぜい忍たまだけで頑張ればいいじゃない」

「でも千桐矢先輩って天女様のこと、すごく嫌ってるじゃないですか。だったら自分の手で殺してやりたいとは思わないんですか?」

「嫌いだからって任務でもないことを進んでやらないわよ。生憎だけど私は忍たまみたいに暇じゃないの。それに、」

千桐矢先輩は不思議そうな面持ちで、言った。

「アナタたちだって一度も天女を殺したことなんてないじゃない。それこそ二人目の天女すら殺してないのに」

僕は頷いてから、また踏子を地面に突き立てたのだった。



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(早く作ろーっと)


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