Novel | ナノ

「おうおう姉ちゃん、アンタにぶつかられたおかげでワシの腕の骨折れてもうたやんけ。コレどう落とし前つけてくれるんじゃゴルァ!」

「あ、ごめんねェ。じゃあ反対側の腕も折っといてあげるね。えいっ」

「ぎゃあぁぁぁッ!?」

見るからにガラの悪そうな男の腕を容赦なく木刀でぶん殴って「良かったねェ、これで左右対称になったよ」と爽やかに笑う衣織さん。いったい俺はこの状況をどうすれば良いんだろうか。いくら考えても答えは出ず、俺はただ乾いた笑みだけを浮かべる。……連れて来なきゃ良かった。



―――授業のない日。新しい天女様である烏丸衣織さんにアルバイトを紹介して欲しいと頼まれていた俺は、技術がいらないバイトをいくつか衣織さんにやってもらうことにした。

と、いうことで町に出向いた俺と衣織さん。すると初めて町へ来た衣織さんが物珍しそうに辺りを見ていたから、俺はあんまりきょろきょろしてるとガラの悪い奴に目を付けられるっスよ?って注意しようとしたんだ。けれど注意する前に衣織さんに肩をぶつけてきた男が現れて、こりゃヤバいぞと焦ったのが先ほどまでの出来事。

そして肩をぶつけてきたガラの悪い男と衣織さんの末路は、これだ。

「はーい、じゃあ謝礼金として君の財布もらっとくねー。あ、べつにお礼の言葉とかいらないですからお気遣いなく」

「や、やめてくれぇ!その金は病気の母親の薬代にするんじゃ!」

「へェそうなんだー。じゃあ今からその母親のところへお見舞いに行こっかー。言っとくけどもしも病気の母親がいなかったら君切腹ね」

「ひいぃぃぃッ!?」

ひっでぇ。

泣き叫ぶ男の首根っこを掴みながら「で、君の家はどこ?」と言いながらニコニコ笑っている衣織さん。その周りでは町の人たちが遠巻きにしつつヒソヒソと何かを囁き合っている。正直、俺も他人のフリしたい。

けれどいつまでも放っとくワケにもいかないので仕方なく「衣織さん、可哀想だしそこら辺にしときませんか…」と声をかける俺。

すると衣織さんはくわッと目を見開いて、

「情けなんてかけてんじゃないよバカヤロー!当たり屋なんてねェ、最低の人間がやることなんだからね!?」

それ、アンタにだけは言われたくねぇよ!



けっきょく男から財布を奪って満足げな表情をしていた衣織さんだったけど、バイトの方は普通にこなしてくれた。

川べりにて、持ってきた内職をしている俺の近くでせっせと洗濯と子守をこなす衣織さん。えらく機嫌が良いようでジャブジャブという洗濯の水音に混ざって歌声が聞こえてくる。なんの歌かは分からないけど衣織さんが音痴であることだけは間違いない。

「外すこーとのない恋のまだんをー、このー胸にうーちこんでーよー。夢にしなーいで、どっか行かなーいで、やけに綺麗になってないでー。華やかにただ、」

タダ!?

……それにしてもいつも楽しそうな人だ。あと色々と適当な人。だってさっきなんか「やっぱり衣織さんも平和な世界から来たんスか?」って世間話がてらに聞いてみたら「そうだねェ。どんだけ〜って言っとけば大体のことはどうにかなる世界だよ」ってあくびしながら答えるし。俺そんな世界やだ。

「あっ、そういえば俺ちょっと前から気になってたんスけど、衣織さんって土井先生のこと嫌いなんですか?なんか土井先生と喋ってる時の衣織さん、イライラしてるように見えるし」

「……忍術学園の生徒たちはねェ、もっとオブラートに包んで話すってことを学んだ方がいいと思うよ、本当」

そう言って洗濯する手を止めた衣織さんは、呆れたような声で「べつに嫌いでも好きでもないよ」と答える。

「確かに私は土井さんに謂われのない罪で怒鳴られたり暴力ふるわれたりしてるけどねェ。でも何とも思ってないよ。まったく、私ってば心の広すぎる大人だよねェ。きり丸くんもこんな大人になるんだよ」

「そうっスね」

うなずきながら俺は理解した。この人、日々の自分の行いをぜんぜん反省してないんだな。

でも、そっか。衣織さんは土井先生のこと何とも思ってないのか。俺は内職の造花を手の中でくるくる回しながら安堵の息を吐く。良かった、俺はまだ他の寝床を探す必要はなさそうだ。

けれど、そんな俺の安堵は一瞬で終わった。

「そうだ、土井さんの名前で思い出したけどこの前きり丸くんに聞けないことがあるって私に相談してきたよ」

「………え?」

普段と同じのんびりとした口調でそう言った衣織さんに、俺は思わず造花を作る手を止めた。顔を上げれば、川の水に衣類を浸している衣織さんが目に入る。洗濯に集中しているらしい衣織さんは俺が固まっていることにも気付かないようでジャブジャブと派手な水しぶきを上げていた。

土井先生が、俺に聞けないこと。いったい何だろう。ぐるぐると頭の中で思い浮かぶのは嫌な予想ばかりだ。天女様と恋仲になるのに邪魔だから離れてくれないかと、言われるのか。

私は、

いつかの天女様の言葉が俺の脳裏によぎる。

私だけが、君の

「あの……、土井先生はいったい、なんて」

「うーん、ちょっと言いにくいんだけどね」

「は、い」

洗濯する手を止めて空を見上げた衣織さんの言葉を俺はジッと待った。大丈夫だ、覚悟なんてとうの昔にできている。だから俺はクルリと顔をこちらに向けた衣織さんを真っ直ぐに見返した。

「あのね、……もしもきり丸くんが春本を拾ったら教えて欲しいって、土井さん言ってたよ」

「…………………」

んなアホな。

あぁ、そうだよな。そうだったよな。衣織さんなんかが真面目な話をするワケがなかったよな。思わずがっくりと肩を落とした俺は「そんな冗談つまんないっスよ」と非難する気持ちもこめて言ってやる。

でも意外なことに、衣織さんはムカッとしたような表情を浮かべて「嘘だと思うんなら土井さんに聞いてみなよ」と返してきた。いつも言うことが二転三転する衣織さんにしては、本当に珍しい、自分の言葉を曲げない態度。……え、まさか本当に?土井先生が?

と、とにかく今は内職の方に集中しよう……。さっきよりも混乱した頭のまま俺は造花を作り続ける。今はこのバイトを終わらせないと「そういえば人妻モノがいいとも言ってたよ」マジで!?

けっきょく、混乱しながらもどうにかバイトを終わらせた俺だったけど、衣織さんは金を受け取るなり「ちょっと錬金術で倍にしてくる」と言って意気揚々と賭場に行ってしまったので、土井先生と春本の真偽についてそれ以上聞くことはできなかった。

ちなみに衣織さんは賭場でその日の給料とカツアゲした金を全部スってしまい、夜明け前に泣きながら忍術学園まで帰ってきたらしい。



そして悩みに悩み抜いた結果、俺は学園内で土井先生とすれ違った時に真偽を聞いてみることにした。歳は離れていても同じ男なのだから、そういう性癖も、まぁ、理解できるかもしれないと思ったし。

「……土井先生、衣織さんが言ってたことでちょっと先生に聞きたいことがあるんですけど」

俺に引き止められた土井先生は驚いたように目を見開いてから「姉か?母か?」と何やら意味の分からない単語をブツブツと呟く。けれど意を決したように俺を見ると「言ってみなさい」とうなずいた。先生、何でこんなに深刻そうな表情してるんだろう。

「衣織さんが、土井先生は俺に直接聞けないことがあると言って、」

「あ、あぁ……」

「それが何でも、俺に人妻モノの春本を拾ってきて欲しいという話だって言ってたんスけど本当っスか?そりゃ見つけたら確保しとかないこともないけど、そうそう都合よく落ちてるワケが……あれ、土井先生?」

いつの間にか土井先生の姿が消えていた。

驚いて辺りをきょろきょろ見渡すと、すぐに忍者の全速力で走っている土井先生が目に入る。その先には、どうやら偶然近くを通りかかっていたらしい衣織さんが歩いていた。

衣織さんは鬼のような表情で出席簿を振り上げながら走ってくる土井先生に気付くと、逃げられないと悟ったのか腰に手を当てて、仕方ないなぁとでも言うように笑って首を横に振った。

「やれやれ、またこのパターンですか。土井さんも飽きませんねェ」

そのまま何の抵抗もナシに出席簿の角を受け入れた衣織さんは、バッタリと地面に崩れ落ちたのだった。いっそ清々しいその態度には拍手すらしたくなる。本当に懲りねぇなあの人。

一方で、はぁはぁと息を荒げながら戻ってくるなり俺の肩をガシッと掴んで「きり丸!烏丸さんの言葉は信じなくていいからな!?それと彼女が何かやらかしたらすぐ私に言いなさい、取り返しがつかなくなる前にッ!」と、どこか必死な形相で叫ぶ土井先生。

「はぁ、それなら……」

それなら、と俺はカツアゲの件も話してみた。これから町へ行く時にまたあの男に会っちまったら不味いっスかね?と聞いてみたのだ。ちなみに金は衣織さんが賭場でスってしまったのでもう残ってないことも付け加えて話しておく。

すると土井先生はもう泣いてるんだか怒ってるんだか分からないような複雑な表情を浮かべ、また衣織さんの元へと走って行った。ちなみに衣織さんはさっさと起き上がって「倍プッシュだ!」という、意味の分からない言葉を叫びながら逃げ出していた。

「アンタって人は、アンタって人はーッ!!」

「おっかしいなァ、アカギとカイジ全巻読んだのに。なんであそこで丁じゃなくて半にしちゃったのかなァ私」

泣きながら追いかける土井先生と神妙な表情で首を傾げながら逃げる衣織さんを見ながら、俺はそういえば土井先生と天女様の話をするのはあの時以来だなぁ、と考えていたのだった。

こんな簡単に天女様のことを話すなんて。

なんか、変な気分。



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(とりあえず俺は衣織さんみたいな大人にだけはならないようにしよう)


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