Novel | ナノ

「あ、いましたよ。ほらあの三人組」

そう言って土井さんが指差したのは、池の近くをのんびり歩いている三人の子どもだった。

「やっときたか…」

ようやく目当ての少年に会えたことで思わずジーンとする私。長い、長い旅だった。途中でヘビーな過去話を聞かされるという珍事にも見舞われた旅だった。でもこれで土井さんとの西遊記ごっこも終わりだと思えば名残惜しいような寂しいような気なんてまったくしませんなぁさようなら土井さんよォ!

「先に言っておきますが紹介料はがっつり取られると思いますよ?かなりのドケチですからね、あの子は」

「ふふん、そんなのバッチリ対策済みですよ。こういう時のために私は小松田くんから毎日いろいろな忍術を教わってるんですからねェ」

「はぁ?」

サッパリ分からん、みたいな表情を浮かべる土井さんにばちこんとウィンクを残して私は意気揚々と歩き出す。我ながら今のウィンクは上手くできたような「両目つむってどうしたんですか烏丸さん」うるせェ!

前から歩いてくる三人組は会話に夢中らしく、周囲には意識があまり向いていないようだ。よしよし、とうなずいた私は懐から取り出した布をバッと広げて塀の壁と一体化する。あいにくニューヨーク柄しか持ち合わせがなかったけど壁であることには違いないので気にしない。

サササッと三人組の近くまで移動した私は木陰に身を隠してタイミングをうかがった。それにしても平和な顔して歩いちゃって、まったく。

「それでね、この前新しくできたうどん屋さんが美味しくてね、」

「えぇ〜、いいなぁ。今度私も連れてってよ」

「安いんだろうな?」

三人組が近付いてくると同時に聞こえてくる話し声。いいなぁ私もうどん食べたいと思いつつ、スッと木陰から身を現して歩き出した。

すると、ちょうど歩いてきた三人組の中の一人とぶつかり―――。

「あ、すみま」

「ぎゃあァァァァッ!!骨が、骨が折れちまったァァァァッ!!」

転がった。それはもう勢いよく地面に転がった。ついでに絶叫と用意してきた血のりと白目のオプション付き。

「……えッ、え?」

「おいィ…、コレどう落とし前つけてくれるんですかねェ坊ちゃんたちよォ…?真っ赤な花咲かせんぞ、あァン?」

口から血のりをダラダラ流しながら起き上がった今の私は、かなり迫力ある姿に違いない。肩の骨折で吐血する設定はちょっとムリがある気もしたけど相手は子どもだし大丈夫。多分。

ちなみに私が凄んだ相手はボサボサ頭の眼鏡をかけた少年だ。なんか三人組の中で一人だけ見覚えあるし、きっとコイツがきり丸くん。土井さんも私はきり丸くんと会ったことがあるって言ってたもんね。

「あああのッ、骨折されたのなら、本当に骨折されたのなら医務室に来ていただければ治療をしますからッ」

「おうおう、他人に怪我させといてそれだけで済まそうたァいい度胸してまんなぁ?最近の若いもんは誠意ってモンも知りまへんのかねェ。いっぺん真っ赤な花咲かせたろかワレ」

「えぇぇ……」

すちゃっとグラサンを装着しながら平子ちゃんみたいに凄む私。その後ろでは眼鏡少年の仲間の二人が「なんだか面倒くさい人につかまっちゃったねぇ…」とか「おい今骨折した方の腕でサングラスつけたぞ」と呟いている。やべっ。

そんな状況の中、眼鏡少年は血のりをダラダラ流す私に恐る恐る口を開いて言葉を発した。そう、当たり屋にはぜったい言っちゃならない言葉を口にしたのだ。

「じ、じゃあ私はいったいどうすれば……?」

よっしゃあァァァッ!

「アルバイト、私にアルバイトを紹介しろよきり丸くんよォォ…!」

私は心の中で『はい割の良いアルバイトいただきましたー!』と叫びながら眼鏡少年に掴みかかった。そう、私はその言葉が聞きたかったのだ。今ならアナタの気持ちがよく分かりますブラックジャック先生。

後はこのまま私の希望を好きに押しつけて、割の良いアルバイトを紹介させて、

「ひぃぃぃ、私は乱太郎ですぅぅッ!」

………えっ。

ガタガタと震える眼鏡少年の言葉に、私は口からダラダラと血のりを流しながら固まった。あれ?コイツきり丸くんじゃないの?

沈黙し、ひたすら見つめ合う眼鏡少年と私。そんな静寂の中で私はのんびりこの状況をどうしたもんかと考える。考えてから、私は眼鏡少年の後ろで呆然としている二人を見た。……よし。

「じゃあお前がきり丸かァァァ!?」

考えた結果は、標的を変更してのやり直し。だって人生ですら本人の努力次第でやり直せるんだからこれくらいの失敗なんて問題ない。諦めずに仕切り直して、もっかい頑張ろうぜ少年たち!

けれど私が掴みかかった太っちょの少年は、へなりと眉を下げて迷惑そうに「ぼくの名前はしんべヱだよ?」だって。またかよ…。

じゃあ三度目の正直、いきまーす!

「やめんかーッ!!」

「ぎゃッ!?」

とつぜん自分の頭に感じたのはガツンッ!という鈍い衝撃だ。そのあまりの痛さに耐えきれず、私は地面へと崩れ落ちてしまう。割れた、ぜったい頭割れた…!

ゴロゴロ転がりながらも顔を上げた私の目に入ったのは、怒り心頭といった様子で仁王立ちした土井さんの姿だった。

「ちょ、何、何するんですか土井さん…!人の忍術中に邪魔す、するなんて失礼にもほどがっ」

「それのどこが忍術ですか!?どこからどう見てもただの当たり屋の行動でしょうが!!町のならず者と変わりなかったでしょうが!!」

「えっ、知らないんですか土井さん。当たり屋ってじつは九割がた忍者なんですよ?だって当たり屋も忍者もなんやかんやして他人様から色々奪うのが仕事ですし。……これ、他の人には内緒ですからね?」

「むしろ誰にも言えませんよそんな恥ずかしい与太話!!アンタ忍者を何だと思ってんですか、いったい小松田くんから何を習ってきたんですか!?……聞いた私がバカでしたねッ!!」

「ちょっとー、いくら土井さんでも小松田くんを馬鹿にすることは後輩の私が許しませんよ。いけませんよー?あまり調子のってたら土井さんの頭に真っ赤な花咲かせちゃいますからね?」

「……さっきから疑問に思ってたんですけど何なんですか、その真っ赤な花とかいう妙な言い回しの脅し文句は」

「やだなァ、遠回しに殺すぞって言ってるに決まって、でッ!?」

いってェェェ。

そんなに平子ちゃんの脅し文句がお気に召さなかったのか、またもや出席簿の角で私の頭を殴る土井さん。でも今回は私も負けなかった。だって頭を殴られる瞬間に、土井さんに蹴りを入れてやったのだから。

「……………ッ!?」

「へ、へへ、油断しましたねェ土井さん…。攻撃する瞬間が、い、一番危険だって、ハンターハンターの3巻で、いってました、し」

声にならない悲鳴を上げて地面にうずくまる土井さんと、涙目になりながらも勝利宣言する私。ちなみに私がどこを蹴り上げたかは、三人組が自分の股を押さえて青ざめている姿から分かっていただけるかと。

「あの〜、衣織さん。いくらなんでもあんな所を蹴っちゃうのはダメだと思いますよ……」

「土井先生泣いちゃってるよ。かわいそう…」

「それにしても見事な蹴りだったなぁ。これが自分にやられたんだと想像したらゾッとするぜ」

三人組が一様に土井さんに同情するのは同じ男だからなのだろう。確かに女には分からない痛みといいますもんね。でもまったく反省する気のない私は、神妙な顔で三人組に言い訳した。

「実はね、今の攻撃も忍術の一種なんだよ。忍術だから急所を蹴るのも仕方ないんだよ」

「そんなまさか……」

「覚えておくといいよ少年たち。大抵のことは忍術のせいにすれば許されるから。忍術だから仕方ないって言い訳すれば許されるから」

私の言葉にんなアホなとでも言いたげな表情を浮かべる二人の少年。けれど鼻水をたらした少年だけは、しばらく首を傾げたあとに懐から一枚の紙を取り出して私に広げて見せる。

「それじゃあ、今日0点とっちゃったぼくのテストも忍術だって言えば許されますかぁ?」

「……おっ、これはワザと悪い点をとって周りを油断させる忍術じゃないの。すごいねェ、完成度たけーなオイ」

照れる少年の頭をなでくり回していれば、ガバッと体を起こした土井さんが「だからアンタは忍者を何だと思って…!」とまで叫び、また急所を押さえて力尽きたように地面へと崩れ落ちた。

忍者って大変。



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(ちなみにきり丸くんは普通にアルバイトを紹介してくれた)(なんで私こんなにボロボロになってんだろうね)


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