Novel | ナノ

きり丸くんがガッツの子ではないと判明してから現在、私は土井さんの後ろを歩いていた。

やけにしつこく「何故きり丸に会いたいのか」と尋ねてくる土井さんにアルバイトの紹介を頼むためだと答えれば、じゃあ私が案内しましょうと申し出てくれたのだ。そんなワケで、私は土井さんの後ろをまるでカルガモの子供のごとく歩いている。たまにスキップしたりヒゲダンスしたりしてるんだけど、前を歩く土井さんは気付いてないみたい。ぷぷっ。

それにしても土井さんってば、いつもイラッとくる人だなぁと思ってたけど親切なところもあるじゃないの。ちなみにアルバイトをする理由についてはキリッとした表情で「学園長先生に御礼をするためです」と答えておいた。断じて酒とかツマミなんて買いませんよ私は、みたいな表情で答えておいた。

「……どうして、どの天女様もあの子に会いたがるんでしょうね」

「え、は、はい?」

真っ赤な茜空を見上げてキムチ鍋が食べたいなぁと考えていた私は、土井さんの声に視線を後頭部へと戻す。え?今なんか言った?

「平和な世界で生きてきた方には、そんなに孤児が珍しいということなんでしょうか」

「さ、さァ…。気になるならアンケートでもとってみたり、したらいいんじゃないですかね」

なんで急に孤児の話?と首を傾げつつも、お得意の『その場しのぎ』というスキルで適当に会話を合わせる私。土井さんはそんな私をチラリと見て「そういえば貴女にはこの世界の知識がないのでしたね」と呟いた。すみませんねぇ、私だけ初期ステータス低くて。どうせ王様からひのきの棒しかもらえなかった女ですよ私は…。

「……きり丸は、幼いころに戦で家族と家を失っておりまして。だから苗字も覚えておらず地名を名乗っているのです」

「地名だったんだ…」

だったらガッツでも良いんじゃないかと思ったけれど、なんだか土井さんがシリアス入ってるぽかったので口には出さないでおいた。今度伊作くんに会ったら聞いてみようかな。それまで覚えてたらだけど。

「だからきり丸はアルバイトで生活費と学費を稼ぎ、学園が長期休暇の時は私の家で面倒をみているのです」

「大変ですねェ」

先生に面倒をみてもらっているというきり丸くんの生い立ちが、ちょっとだけ銀ちゃんに似てるなぁと思った。

とにかく、話の流れが分かってきたぞ。きり丸くんはデリケートな子だから気を使ってあげてね的なことを土井さんは言いたいのだろう。よっしゃ心得た。きり丸くんにはラクかつ割の良いバイトを紹介させるつもりだったけど、割が良いだけのバイトで妥協しようじゃないか。やだ、私ってば超優しい女…。

「そして私も幼少のころに豪族だった家を夜討ちで失い、天涯孤独の身となっておりまして」

「自分語り、だと…?」

何故。何故ここから土井さん自身の身の上話になった。アレか、きり丸くんだけじゃなくて俺にも気ぃ使えよゴルァ的な感じなのか。ひょっとして毎回こんな感じで前の天女様たちにも優しくさせていたのか。なんて恐ろしい男だろう。助けて銀ちゃん…。

「そのことを今までの天女様はみんなご存知でいらっしゃったので、烏丸さんが違うと知った時には少々驚きました。周りから天女様と呼ばれるのも嫌がっておられるようですし」

「それは今までの天女様が気を使ってただけだと思いますよ。知識に関しては、あの、申し訳ないとしか……」

なんで私だけ知識がないんでしょうねぇ、いちいち説明させてすみませんねぇ本当。でも呼び方に関しては譲れないぞ。だってもしも天女様なんて呼称が元の世界の連中に知れたら『ぶはははッ!おい羽衣用にこのタオル貸してやるよ!』『ホラサッサト空飛ンデミナ天女様!』想像しただけでやってらんねぇ。

「少し残念です。天女様に会うたびに尋ねていることがあるのですが、烏丸さんには聞いても無意味そうなので」

「なんかめちゃくちゃバカにされた気がする!悪いですか!知識がないのはそんなに悪いことですか!ひのきの棒だけじゃダメですか!」

思わずひのきの棒…、じゃねぇや。木刀を振り上げれば驚いたような表情で「そういうつもりではなかったのですが」と言う土井さん。じゃあどういうつもりだったんですかねぇ?なんなら校舎裏で一方的な話し合いでもしましょうか。

「じゃあ…、烏丸さんにもお聞きしますが」

再び前を向いて歩き出した土井さんの言葉に、私はかかってこいやと身構えた。見てろ、どんな質問だろうが今までの天女様より数段レベルの高いボケで返してやる。ひのきの棒の素晴らしさを見せてやる。

「天女様でなければ、きり丸の気持ちは分からないんでしょうか」

「意味が分からない、ボケる前に質問の意味すら分からないぞ……」

土井さんは強敵だった。

「あの、もう少し具体的に言ってもらっても良いですか?もしかして今までの天女様には人の気持ちを読む能力でもあったんですか?」

「……そういう力はありませんでしたね。ただ、私たちのことを何でも知っていたんです。それこそ誰にも話していない生い立ちまで」

「くっそ、私だけ初期ステータスくっそ。でも私は負けないぞ。それならどうしてきり丸くんの気持ちの話になるんですか?生い立ち聞いただけで他人が何考えてるかなんて分かりませんよ」

「ですが、」

前を歩く土井さんは、ピタリと立ち止まって言葉を続ける。

「今までに何人も、きり丸が可哀想だと言った天女様がいたんです。あの子は今でも寂しがっている。私には分かる。だから姉か母代わりになってやりたいと」

「母はともかく姉はやめといた方がいいんじゃないですかねェ……」

どこぞの新八の姉が頭にポンと浮かんで『衣織さんが天女様なら私は女神様かしら?』とさり気なく私を下に見ながら微笑んだ。いいえアナタは魔王ですよ。

「誰にも話してないことすら知る天女様が言うんですよ?それなら私も知らないきり丸の気持ちだって知っているのかもしれない。きり丸を想うのなら私は天女様の言うとおりにして、姉か母代わりをつくってやるべきじゃないのかと考えることがあるんです」

「えぇ〜?土井さんってば、まるで自分が今すぐにでも結婚できるみたいな言い方しちゃいますねェ。でもまずはそのボサボサ頭を天パにしなきゃ女性からは相手にされませんよ?ぷぷっ!ざまァみそらしど」

「烏丸さん」

「あ、ごめんなさい。土井さんが女性にモテないのは髪だけの問題じゃなかったですよね」

「烏丸さん」

「ごめんなさい」

殺気を感じた。

……残念ながら、やっぱり私には話の内容は分からなかった。でも土井さんは何やら真剣に悩んでいるのだから、私も真剣に応えてやらねばならない。頭の中にポンと現れた松陽先生も『衣織はやればできる子ですよ。ファイト』と応援してくださったし頑張るぞ。

「あのですね、私はきり丸くんには会ったこともないし、なぜか私だけ知識がないというヤムチャ並の差別を受けているので参考になるかは分かりませんが」

「さっきも言いましたが貴女はきり丸に会っていますよ。たった数日前の出来事すら忘れてるだけですからね」

「その天女様たちの言うように、きり丸くんは土井さんの知らないところで母親やどこぞの姉が欲しいとか思ってるかもしれませんねェ。男の子ですからね、そりゃあムサい野郎と二人で暮らすより花があった方が良いでしょうよ」

「ちょっと、まさかそのムサい野郎って私のことですか」

「そもそも子どもというのは保護者の知らないところで何やってるか分からんもんです。ひょっとしたらきり丸くん、うっかり拾った春本で人妻趣味とかに目覚めちゃってたりして」

「聞くんじゃなかった。烏丸さんなんかに聞くんじゃなかった」

「でもねェそんなのきり丸くんに聞けば分かる話じゃないですか。ねぇ春本拾った?って、……間違えた。母親か姉代わりが欲しくない?寂しくはない?って。なんで天女様に聞いてるんですか土井さんは」

「今とんでもない間違いをされた気がしますが聞き流しますね。……素直に話してくれるはずがないでしょう。あの子は妙なところで周りに気を使ってしまう子だ。聞いても大丈夫だと答えるに決まってます」

「つまり土井さんは天女様の言葉なら信じるんですね。よっしゃ、じゃあ仮にも天女様の私が真実を教えましょう。その前に今すぐ私にお茶と茶菓子を用意しなさい。さもなければ頭が、アレ、なんかパーンってしちゃいますよ」

「貴女の頭が吹っ飛ぶなら望むところです」

なんだと。

思わず背後から土井さんの脇腹を木刀で突こうとしたものの、寸前でサッと避けられてしまい悔しい気分になる私。おのれ忍者め。

避けると同時に私の木刀をパシッと掴んでいた土井さんは、疲れたように溜息を吐きながら「貴女はいつも楽しそうで羨ましいです」と言って木刀を手放し、また私の前を歩き出した。

「本当のこと、聞かなくていいんですか?今なら親切な天女様が特別に教えちゃいますよ」

「もう結構です。やはり私たちのことを知らない烏丸さんに聞いても仕方のないことだと分かりましたから」

「そうですか」

私は怒りもせず、土井さんの後ろを歩きながら神妙な顔でうなずく。そもそもきり丸くんの気持ちを私に聞こうとすること自体がおかしいのだと、これで土井さんが気付いてくれれば良いのだが。

「……誰のせいで、」

土井さんから苦々しげな声が聞こえたけれど、優しい私は気のせいだろうと聞き流してあげることにした。

銀ちゃんやたまちゃんならもっと上手く答えられたのかなぁ?なんてちょっぴりセンチな気分になっていれば、またもやポンと頭の中に現れて『頑張ることに意味があるのですよ』と励ましてくださる松陽先生。ありがとうございます。それなのにまったく、土井さんときたらまったく。

スキップで土井さんの後ろを歩きながら、きり丸くんとやらの気持ちを考えてみる。そしてすぐに結論は出た。

きっと銀ちゃんならこう言うはずだ。

『俺ァ、先生が笑ってくれてりゃそれだけで良かったよ』



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(ところで烏丸さん、先ほどから妙な足踏みや踊りをしているようですが一体何を?)(バレていた、だと…?)


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