Novel | ナノ

「あのねぇ烏丸さん、私は落ち葉を集めてくださいと言ったんです。誰も小松田くんと忍者ごっこしろなんて言ってないでしょう」

「もぐもぐ、ごっことは失礼ですね吉野先生。私はいつだって真剣ですよもぐもぐ。さっきだってごっこ遊びじゃなく真剣に忍者を目指して練習していたのなら良かったのにな〜。もぐもぐ」

「けっきょくただの願望じゃないですか。とにかくまずは真剣に仕事をしてください。あとなんでさっきからボーロ食べてるんですか。せめて人が話してる間は食べるのをやめなさいよ、人として常識でしょう」

「ちょっと私天女だからこの世界の常識とか分からないですね。私の世界じゃ常に何か食べながら仕事とかしてたんでそこはちょっと、ほら、理解してもらわないと。っていうかこのボーロ美味しくて止められない止まらないんでもうちょっと待っててください」

「嘘おっしゃい、そんな天女様は今まで一人もいませんでしたよ。どう見てもお腹空いてるだけでしょう烏丸さんは。もういいです、事務はいいから食堂のお手伝いの方をしてきてください」

「よっしゃおばちゃんと喋ってこよ」

「違います!お喋りするんじゃなくて仕事をするんですってば!聞いてますか烏丸さん!?ねぇちょっと!」

吉野先生にOKをもらった私はボーロをくわえたまま食堂の方へと走り出した。ちなみにこのボーロは名も知らぬ少年がくれた物だ。もう経緯は忘れてしまったけれど多分差し入れでもらったんだと思う。断じて説教かました挙げ句にカツアゲしたわけではない。

「おばちゃーん!あなたの衣織がお手伝いにきましたよー!」

ずざざッ!と急ブレーキをかけてから私は裏口から厨房に飛び込んだ。かまどの火おこしをしていたらしいおばちゃんは腰を上げると「衣織ちゃんは今日も元気だねぇ」と笑ってくれる。

「事務のお手伝いはもういいのかい?」

「あれくらいの仕事、私と小松田くんにかかればちょちょいのちょいですからね。吉野先生も君に与えられる仕事がもう何も思い付かないって泣きながら言ってくれましたからね」

「あらあら衣織ちゃんは働き者なんだねぇ。これならきっと良いお嫁さんになれるよ」

「やぁだもォォォおばちゃんってば!そんな、銀ちゃんのお嫁さんだなんて、ちょっとだけ気が早いですよもう!」

キャーッ!と叫びながらまな板の上の魚に包丁を突き立てる私。「はいはい魚のさばき方教えてあげようね」と笑いながらおばちゃんは包丁を抜き取った。この調子なら元の世界に帰る頃には私の料理の腕はすこぶる上達しているに違いない。早く銀ちゃんに食べさせてあげたいな、究極の宇治銀時丼。

この世界にきてから数日が経過して、私はすっかり食堂のおばちゃんに懐いていた。今も野菜の皮むきや洗い物をしつつおばちゃんが魚をさばく様子を見せてもらっている真っ最中だ。

プロの忍者を目指しているという小松田くんとも仲良くなり、忍者について色々教えてもらったりもしている。ただ『僕より吉野先生に怒られる人なんて初めてみたよ!衣織さんってすごいんだね!』という小松田くんの台詞が果たして称賛だったのかイヤミだったのかは、まだ悩み中だ。小松田くんは裏表のなさそうな性格だけど短い付き合いではまだ分からない部分もある。もしイヤミだと分かったら絶対に殴ってやろう。

―――そして、くのたまの友人もできた。

「あれ、お翠(すい)ちゃんじゃん!なになに今から昼食?遅いねェ」

「おばちゃん、何でも構わないから昼食を作ってもらって良いかしら」

「あっれぇ?ひょっとしてお翠ちゃんってば前より耳が遠くなった?目も悪くなった?アナタの衣織さんがここにいますよォォォ!」

「おにぎりかうどんならすぐに作れるよ」

「じゃあ、おにぎりでお願いするわ」

「誰かァァァ!医者を!医者を呼んでェェェ!ここに目と耳が悪くなった女の子がァァァ!」

「ちょ、アンタ、止めなさいよ!無視してただけに決まってるでしょ本当に医者呼ばれたらどうすんのよッ!」

お翠ちゃんが叫ぶと同時にビシッと投げつけた漬け物は見事に私のおでこに貼り付いた。さ、流石くのたま最上級生。漬け物も美味い。

「ちょっとー、無視するなんて酷いじゃん。私たち裸の付き合いまでしちゃった仲なのにぃ」

「ただ湯浴みで一緒になっただけでしょうに」

おでこに貼り付いた漬け物をペリッと剥がして口の中に放り込む私。そんな私を呆れたような目で見やり、お翠ちゃんは溜息を吐く。カウンターを挟んで洗い物をする私の横では、おばちゃんが慣れた手付きでおにぎりを握っていた。

「育ち盛りなんだからもっとちゃんとした物食べなきゃ駄目だよお翠ちゃん。おばちゃん、おにぎりの中に魚でも入れてあげて。ほら、そのまな板の上にあるさっきさばいた新鮮なやつ」

「アンタ私のおにぎりをどんな物体にする気なのよ。まだ血付いてるじゃないのよその魚。いいのよ、この後は任務があるから満腹になると動き辛くなるし」

「へぇ、やっぱりそういうところにも気を使うんだ。もうプロだねェ、小松田くんにも教えてあげよっと」

「あの人に教えても無駄だと思うわよ」

おばちゃんから竹の葉に包まれたおにぎりを受け取ったお翠ちゃんは、さっさと踵を返して歩き出す。同時に、布で無造作に束ねられた黒髪がゆらゆらと揺れた。今から任務に向かうってことは遠い土地での仕事なのだろう。忍者のゴールデンタイムは夜だって小松田くん言ってたし。

「お翠ちゃん、帰ってきたら一緒にちゃんとしたご飯食べようね」

「……アンタとは食べないわよ」

冷めた声色でそう言い残し、お翠ちゃんは食堂を出て行った。もう、最近の子はツンデレぶっちゃって!



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(かりそめの日常)(忍たまより教職員やくのたまの方が話していて楽しい)


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