Novel | ナノ

「いったい何をしてるんですか貴女は!どうして三木ヱ門が泣いてるんですか!」

「ナニって、喧嘩ですよ喧嘩。言っときますけど売ってきたのはアイドルくんの方ですからね?私が静かに食事してる時にいちゃもんつけてきたのは向こうの方なんですからね?」

と、ヘラヘラ笑いながら答えれば、苦い表情のままアイドルくんに「…そうなのか?」と問いかける土井さん。

でもアイドルくんは「ユリコぉおおおッ!」と泣き叫ぶばかりで答えようとはしない。もうコイツ過呼吸でも起こすんじゃねーの?とすら思えてくるその泣き様に、流石にヤバいと思ったらしい土井さんが慌てて慰めに行った。ちょっとアイドルくんは打たれ弱すぎるんじゃないですかね。

「ねェ、そこの眼鏡の少年くん。私の後頭部にコブできてない?え、できてない?いやいやもっとよく見てよ。なんか、ほら、逆にヘコんでたりしない?あ、そう…」

銀ちゃん以外の男に殴られたのがイラッとしたので、土井さんの近くにいたフワフワした髪の眼鏡をかけた少年に後頭部をみてもらう私。その少年いわく何も異常はないそうだ。あー良かった、私が怪我させられたなんて知ったら銀ちゃん悲しむもんね!

「もしも痛みが続くようなら保健室にきてください。ぼく、猪名寺乱太郎っていって保健委員をしてるんです」

「へェ、保健委員っていったら善法寺伊作くんのところの子か。…ん?伊作くん?伊作くん伊作くん……」

あれ、なんか伊作くんに謝らなきゃならないことがあったような。

うんうん唸りながら首をひねる私に「どうしたんですか?」と不思議そうに尋ねてくる眼鏡少年くん。伊作くんに謝らなきゃいけないことがあった気がするのだと答えようとしたのだけど、それは急に走り寄ってきた二人の少年によって遮られてしまった。

「おーい、お姉さーん!喧嘩の勝利おめでとうございまーっす!」

「えへへ、田村せんぱいにお団子いっぱいごちそうしてもらえるぅ!」

「もう!きり丸もしんべヱも何言ってんだよ!」

きり丸、しんべヱと呼ばれた少年は私の前まで来るとでれっと緩みきった笑顔で見上げてきた。一人は鼻水をたらした太っちょの少年で、もう一人は切れ長の目をしたキツそうな印象の少年だ。眼鏡少年も含めて三人とも井桁模様の忍装束を着ているし、同学年の友人なのだろう。

「それにしてもスゴいねぇ、お姉さん。あの田村せんぱいに勝っちゃうなんて」

「お、じゃあこの喧嘩は私が勝ったってことでいいのかな?」

「え?ぼくらが決めるんですか?」

鼻水をたらした少年の頭をなでながら尋ねれば、眼鏡少年は逆に私に質問を返してくる。神楽ちゃんよりチッコいなぁコイツら、と思いながら私は彼らにへらりと笑みを浮かべて言った。

「うん。君らが私の方が勝ったんだと思うなら、私の勝ち」

「ふーん…、まぁ、おれはアルバイトの人手が増えるんだからお姉さんの肩もちますけどね」

「ぼくもお団子食べたいからお姉さんの味方します!」

「あはは。よーし、存分に手伝わせたれ奢らせたれ。喧嘩する前にあれだけデカい口叩いてたんだからアイドルくんも断れない、でッ!?」

またもや後頭部に受けた衝撃に、私の頭は思いっきり下を向いた。けれど今回殴られたのは私だけじゃなかったようで、目の前にいた少年二人もたんこぶの出来た頭を抱えている。ちょ、これ私の頭にもたんこぶ出来てんじゃないの?

「きり丸、しんべヱ!他人の喧嘩で賭けなんかするんじゃないッ!」

「いやいや何言ってんすか土井さん、賭けじゃなくてアイドルくんが自分から言ったんですよ?べつに私が強制したワケじゃないですからね?」

「……そうですか」

後頭部をさすりつつ立ち上がれば、苦々しい表情のまま私から距離をとる土井さん。何だコイツ、私をイラッとさせる天才か。そんな私の苛立ちをスルーした土井さんは三人組に「お前たちは向こうへ行ってなさい」と声をかけた。その指示に首を傾げたのは鼻水をたらした少年だ。

「どうしてですかぁ?」

「………烏丸さんは新しい天女様だ。だから、あまり失礼な態度を取ってしまう前にお前たちはきり丸を連れて早く向こうに行ってなさい」

「えっ、」

その瞬間、三人とも私のことを凄い目で見た。なんつーか『マジで?』みたいな目だ。どうやらこの少年たちは私のことを知らなかったらしい。よし、ここはしっかり挨拶しておかねば。

「どうもー、天女こと烏丸衣織でーす。先に言っとくけど名前か名字で呼べよ?天女様って呼んだら許さないから。末代まで恨むから。なんやかんやでお前ら不幸にするから。異世界には相手を呪う術がたくさんあるんだか、だッ!?」

……また殴られた。

「テメェェェ!さっきから人の頭ぽんぽこ殴りやがって!私の頭でたぬき合戦でもやってんのかコノヤロー!いい加減にしねェとそのボサボサ頭を燃やして天パみたいにすんぞゴラァ!」

いくら温厚な私だってこうも殴られれば黙っていられるワケがない。殴られた拍子に下を向いた顔をバッ!と上げながら叫べば、戸惑ったような表情を浮かべる土井さんが目に入る。その態度に私はまたイラッとした。人の頭殴っといて怖じ気づいてんじゃねェ!

「わ、悪いのは貴女でしょう!?さっきから良い子たちを泣かせたり脅したり、大人としてあるまじき行動ばかりして!」

「はァァァ?何言ってんですか、女の子ならまだしも男を甘やかしてどうすんですか。男は下の毛が生えてきたらもう自分で自分を育てていくもんなんですよ!」

「ししし下の毛って、女性がなんてこと口にしてるんですか!…コラーッ!お前たち!自分に毛が生えてたかどうか確認するんじゃない!」

忍装束の袴を引っ張って確認しようとする三人組をまた殴りつける土井さん。自分の毛が生えてるかどうか覚えてなかったのかコイツら…。

「だいたい、こんなに泣いてる三木ヱ門が可哀想だとは思わないんですか!顔から出るもの全部出しちゃって、どうするんですかコレ!?」

「可哀想ォ?はん、泣いてばっかでテメーの女を取り戻しにくる気概もない負け犬にかける言葉なんてありませんね。もうユリコは私の女なんですぅ。元彼の出る幕なんかないんですぅ。ねーユリコ?…うん!衣織さん!(裏声)」

「本当に!本当にもう黙ってくださいッ!お願いですから三木ヱ門の傷口にこれ以上塩を塗りこむような真似しないでください!」

私の台詞が聞こえたらしいアイドルくんが、土井さんの腰に抱きついたままいっそうギャン泣きし始める。あの様子じゃあ土井さんの忍装束は涙やら鼻水やらでエラいことになってるだろう。はははっ、ざまァ。

ちなみに後ろの方では三人組が「…なんだか今回の天女様はいつもと違うね」「あぁ、どの天女様も土井先生のこと好いてたのにな」なんて話しているのが聞こえてきた。内容から察するに、土井さんは今までの天女様が優しかったから私を殴ってもお咎め無しと思ってナメていたのだろう。まったく、だから銀ちゃん以外の男は甘やかしちゃいかんのだ。

「あの、天女…、じゃなくて衣織さん。田村先輩にユリコを返してあげてくれませんか?なんだか可哀想だし、田村先輩いつもユリコのこと大事にしてたんです」

喧騒の中、ふいに私の着物をクイッと引っ張って話しかけてきたのは眼鏡少年だった。

まぁ、確かにあそこまで泣くということはアイドルくんにとってユリコちゃんは大事なモノなのだろう。もう喧嘩の勝敗も決したし、これ以上しつこく虐めるのは大人気ないか。それに、よく考えたら私べつにユリコちゃん要らないや…。

そう考えた私は眼鏡少年のフワフワした頭をなでてから、ユリコちゃんの砲身を土井さんの腰にくっついているアイドルくんへ向ける。そして何度か咳払いをし、私はアイドルくんを慰める作業を開始した。

「アイドルくん(裏声)」

「衣織さん、田村先輩の名前は三木ヱ門っていうんですよ」

「あ、そうなの?ありがとう眼鏡少年。……三木ヱ門くん、私だよ、ユリコだよ(裏声)」

正直、やってて馬鹿らしいことこの上ないのだが仕方ない。アイドルくんもようやく土井さんの腹から顔を上げて「ユ、ユリコ…?」と呟いたし、効果は抜群だ。

「泣かないで三木ヱ門くん、私は三木ヱ門くん一筋だよ(裏声)」

「でも、私はあの悪魔のような女からお前を守れなかった。もうユリコの側にいる資格なんて私にはないんだ…ッ!」

「おい悪魔ってどういうことだテメ、…あ、すいませんすいませんちゃんとやります。やりますから拳振り上げるの止めてください土井さん。……そんなことないよ、弱気な三木ヱ門くんなんてらしくないよ。それとも三木ヱ門くんは私のこと嫌いになった?他人に触られた私なんていらない?(裏声)」

「そんなことあるワケないだろう!?他人に触られたからなんだ!そんなの、また私が綺麗にしてやる!」

「三木ヱ門くん、ユリコ嬉しいっ…!(裏声)」

「ユリコ…ッ!」

「三木ヱ門くん、ユリコの全てを受け止めてェェェ!(裏声)」

叫びながら、ユリコちゃんをアイドルくんに向かって蹴り飛ばした私。いや、だってなんか、もう飽きたし…。

ユリコちゃんにタックルされたことで「げふうっ!?」と唸りながら転がるアイドルくんと、真っ青な表情で「三木ヱ門!」と叫び駆け寄る土井さん。そして、その流れを驚いたような表情で見ている三人組。

その光景を冷めた目で眺めていた私は、三人組に「それじゃあ私、お風呂入って寝てくるね」と告げて離脱した。明日から忍術学園のお手伝いしなきゃならないし、早く寝とかないと。

立ち去る瞬間「大丈夫か三木ヱ門!」とアイドルくんを介抱している土井さんの姿が視界に入ってしまい、思わず舌打ちをしてしまう。

あーあ、嫌なモン見ちゃったなぁ。



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(ねぇ松陽先生、と呟いた声は誰に届くこともなく、消えた)


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