Novel | ナノ

………どうしよう。

食堂でおばちゃんに明日から手伝いをさせてもらう旨を伝え、今日の夕食である鍋焼きうどんを受け取ったのがつい先刻のこと。そしてイスに座って熱々の鍋焼きうどんを必死で冷ましていた私の横で、見知らぬ少年が仁王立ちしながら睨んでくるのが現在進行形。…なんだ、この状況。

「天女なんぞに名乗るほど安い名前じゃないが教えてやる。私は四年ろ組の田村三木ヱ門。石火矢などの過激な武器を扱わせれば忍術学園ナンバー・ワンのアイドルだ。覚えておけ」

「うわァァァ豆腐小僧に続いて今度はアイドルきたァァァ…」

胸を張り、どや顔で押し売りのごとく名前を名乗ってきた田村ドラえもんくん。お前の存在が過激だよ!なんてツッコミ入れようかとも思ったけどキレがいまいちだな、と判断して止めた。やっぱりツッコミはぱっつぁんに任せるに限る。

「…それで、そのアイドルが私に何の用ですかねアンデルタール人」

「新しい天女である貴様に言ってやりたいことがあってな。わざわざ来てやったんだ」

「私、食事中なんですけどリフターズ…」

「ふん、そうやってのん気に食事してられるのも今のうちだ。……ところで何でお前はさっきから語尾に奇妙な言葉を付けて喋るんだ」

「これはね、私の世界でのアイドルの話し方なんだよロレイヒー」

まぁ、私は新八君ほどお通ちゃんのファンってワケではないんだけどさらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち。

「で、話って何?」

「今すぐ忍術学園から出て行け。天女なんかに居座られて、みんな迷惑してるんだ」

「………わー」

それは、この世界に来てから初めて受けた拒絶の言葉だった。ぽっと出の人間をすんなり受け入れる方が異常だとは思っていたので傷付きこそしなかったが、あまりにも唐突な物言いに驚愕してしまう。さっきの愛の告白といい、この学園はもっとオブラートに包んで相手に伝える、ということを教えた方が良いんじゃなかろうか。

「さっき学園長先生が一人目の天女様には恩があるから他の天女様も保護してるんだって言ってたんだけど」

「お前に恩があるワケじゃないのに偉そうにするな!一人目の天女に世話になったからって、なんでその後の奴らの面倒まで学園がみなきゃならないんだ!」

「うわ、このアイドルめっちゃ痛いとこ突いてきた。みんな思ってても気を使って触れないところに切り込んできたよアイドル。夢と媚を売るはずのアイドルが現実みせてきやがった」

それにしても、このアイドルくんは一体どうしてこんなに怒っているのだろう?彼と私は初対面だから個人的に嫌われるようなことをした覚えはない。つまりアイドルくんの怒りは私にではなく“天女様”に対して向けられているということになる。でもおかしいな、学園長の話じゃ一人目の天女様はたいそう良い人だったはず。だとするとその後の天女様が何かしらハッチャケたことしちゃったのかね。

そんな私の疑問に答えるようにアイドルくんはまた口を開いた。

「そもそも天女なんていう存在自体がおかしいんだ。それなら一人目の天女の話を利用して学園に侵入してきた間者だと考えた方が辻褄が合う。私が正体を暴いてやるから覚悟しろ!」

「なんか今の台詞、ドラマみたいでカッコ良かったね。もっかい、もっかい言ってみて。はいポーズして決め台詞」

「私が正体を暴いてやるから……、って何やらせるんだよ!」

うっかりポーズを決めそうになり、ムキーッと怒りながら地団駄を踏むアイドルくん。流石アイドル、怒る姿もサマになっていらっしゃる。ここにショタコンのお姉様がいればさぞかし悦んだことだろう。残念ながら私にそんな気はなかったので脳内で銀ちゃんに変換しておいたけど。地団駄踏む銀ちゃん、かーわーうぃーうぃー!

…………ふう。

今の会話からして、アイドルくんは私を天女と偽った間者ではないかと疑っているらしい。ひょっとして他の忍たまや教師陣の態度がおかしかったのもソレが関係しているのだろうか?今だって食堂で騒いでいる私たちを周りの忍たまたちは感情のこもってない目で見てるだけだし。

「……で、アイドルくんは私にどうして欲しいのかね。間者じゃないことを証明しろって言われてもムリだよ。悪魔の証明になるからね」

「べつに私はそんなこと望んでいないさ」

フン、と鼻で笑うアイドルくんに、鍋焼きうどんを箸でかき回していた私は顔を上げる。アイドルくんの顔には貼り付けたような笑顔とは違う、まさに嘲笑と呼べる色が浮かんでいた。

「私が力ずくでお前をこの学園から追い出してやる。まぁ、石火矢で骨の二、三本でも折ってやればお前も自分から出て行きたくなるだろうがな」

「……へェ、そりゃ喧嘩売ってると受け取っていいんだね?」

―――アイドルくんの言葉に私の口角はニヤリと上がっていた。

雨が降れば行水、槍が降ればバンブーダンス、そして喧嘩売られりゃ啖呵切るのが江戸っ子だ。どんな時でも楽しむのがモットーの私にとって、アイドルくんの誘いはニコニコして寄ってくるだけのガキ共より断然魅力的だった。何でだろうゾクゾクする。こういう強気な子を虐められると思うとゾクゾクする。本当に何でだろう…。

「え?ま、まぁ…、確かに言ってみればそういうことだが、」

………ん?なんで狼狽えてんのこの子。

私が意気揚々と立ち上がった瞬間に戸惑いだしたアイドルくんに、私は思わず眉間に皺を寄せていた。まさか私がノってくると思ってなかったから怖じ気づいたとか?なにそれ超興醒め。

いっちょ言葉で煽ったろか、と大人気なく口を開きかける私。けれどそんな私を邪魔するかのように、ザザッ!と三人の忍者がいきなり視界に飛び込んできた。

「大丈夫ですか衣織さん!」

「衣織さんに何をするつもりだ三木ヱ門!」

「………もそ」

現れたのは、六年生だった。名前は…、ダメだ仙蔵くん以外さっぱり思い出せん。とにかく立花仙蔵くんと、ギンギン言ってた隈の酷い少年と、腹から声出せやと言いたくなる声音の無愛想な少年の三人が私とアイドルくんの間をさえぎるように立っている。なんだなんだ、参戦か?

「誤解とはいえ、さぞかし怖い思いをされたでしょう…。ですが我々が来たからにはもう大丈夫です。天女様である衣織さんを疑うなど、後輩が大変失礼な真似をいたしました」

「ちょ、邪魔なんだけど仙蔵くん。君らの体が邪魔でアイドルくんが見えないんだけどいったい何してんの?」

どや顔でゴチャゴチャ言う仙蔵くんを押し退ければ、ようやくアイドルくんと、アイドルくんに何やら話をしているギンギン少年が視界に入る。その様子といったら「バカタレ三木ヱ門、衣織さんが間者なワケがないだろう」「すみません潮江先輩、もう天女様を傷付けようなどと考えません」話が上手くまとまりかけてやがる…!

それを認識した瞬間、私は反射的にギンギン少年の頭を掴んで思いっきり鍋焼きうどんの中へと押し付けていた。

「熱、あっづぁああああッ!?」

「し、潮江先輩!?」

顔を鍋の中に突っ込んだままバタバタと暴れるギンギン少年だが、無論すぐに解放してやるワケがない。ったく、最近のガキは上っ面ばかり良い子ちゃんになりやがって。

「なァに人の喧嘩を横取りしてんだテメェら。こりゃ私に売られて私が買った喧嘩だっつーの。野次って盛り上げるならともかく、なぁなぁで終わらせるなんて無粋な真似してんじゃねーよ、あァン?」

「衣織さん、恐らく文次郎には聞こえていないかと」

「え、マジで?」

仙蔵くんの言葉にギンギン少年の頭を鍋から引き上げれば、白目を剥いた顔が露わになる。…老け顔の白目剥きはちょっと怖かった。

「まァいいや。それよりアイドルくん、私に喧嘩売ったんだから買われる準備はしっかり出来てんだろうね」

気を失ったギンギン少年をポイッと放り投げて(仙蔵くんが「鍋の汁を私に飛ばすな文次郎!」と怒っていた)私は腰の木刀をスラリと抜く。

好意でも嫌悪でも、向けられた感情を流してしまうなんて失礼なマネはしたくない。

「ほら、さっさと表出ろやクソガキが。テメェが顔だけの男じゃないってんなら意地ってモンを見せてみな」



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矢羽音での会話にて(すまんな三木ヱ門、天女を怯えさせて取り入るためとはいえ、お前にこんな真似を)(気になさらないでください潮江先輩。優秀な私にかかれば天女を騙すなど容易いことです)(三木ヱ門…)この3秒後に鍋の中に顔を突っ込まれる。


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