Novel | ナノ

「すみませーん学園長先生にお話したいことがあるんですけどー」

忍術学園に戻った私がまず向かったのは学園長先生の庵だった。縁側の方から声をかけて障子を開けば、ぷかぷか鼻提灯をふくらませて座ったまま寝入っている学園長の姿が目に入る。

「学園長ー学園長ー学園長ー!がーくーえーんーちょォォォ!」

「むっ、……な、なんじゃ騒がしい」

パチンと鼻提灯を割った学園長は、まるでさも今まで起きてましたよ的な態度をつくろって顔を上げた。

「おぉ、烏丸さん。どうしたのじゃ?何か学園での生活に不都合なことでもあったかのう」

「いえいえ何も問題なく過ごさせてもらってますよ。さっきなんか男の子から告白されちゃってモテる女は辛いなぁ気分を味わってますし。参ったねこりゃ」

「そうかそうか、楽しそうで何よりじゃ」

後ろ頭をかきながら「えへへ」と照れる真似をする私に満足げに頷く学園長。『いたいけな忍たまを誑かすんじゃない!』と怒られる可能性も危惧していたのだけれど、この反応を見るに学園長は学園内での色恋沙汰は気にしないようだ。

「それなら烏丸さんは何故わしに会いにきたんじゃ?」

「あ、はい。実は相談なんですけど、この学園に私みたいな人間でも役に立てる仕事はありませんか?タダで食事や寝床を提供してもらうのは心苦しくて……」

私は先刻まで元の世界に帰る方法を模索していたこと。けれど手がかりすら掴めなかったので、他の天女様と同じように数カ月は滞在する可能性が高いかもしれないこと。流石にそれだけの期間の寝食を無償で面倒みてもらうことは後ろめたいので、何か忍術学園の役に立てることがしたいという旨を伝えた。

数カ月後には元の世界に帰る人間が仕事を引き受けても、かえって邪魔になるだけかもしれない。だから学園長に断られたら、学園の外で何かしらの方法を見つけて金品なりなんなりを恩返しとして渡すつもりだ。まぁ、それもムリだったら素直に諦めるけど。

けれど私の話を聞いていた学園長は思っていたよりもあっさり私の申し出を了承した。

「それなら烏丸さんには食堂と事務の手伝いをお願いしよう。なに、以前にも何人か同じように働いていた天女もおるから食堂のおばちゃんも吉野先生も心得ておる。安心しなさい」

「前例があるなら安心ですね……。本当に、他の天女様がいてくれて良かったですよ」

もしも私が一人目の天女様とかだったらここまでスムーズに新生活を送ることは出来ていなかっただろう。まさに不幸中の幸い。私の前にこの世界にきた天女様たちには頭が下がるばかりだ。

そこでふと、私は気になっていたことを思い出して口を開いた。

「そういえば学園長はどうして天女様を保護しているんですか?」

「……何か気になることでもあるのかのう?」

「あ…えっと、お気に障ったのなら申し訳ありません。ただ、他の天女様は忍術学園の情報を持っていたから保護していたのだと聞いたんです。でもそれなら保護するより殺した方が手っ取り早いし、私なんて情報も何も持ってないのにって、気になって…」

かなり失礼な質問だというのは我ながら自覚していたので、私の声音はだんだんと尻すぼみになっていった。うつむいたまま学園長の方をチラリと見てみればアゴに手を当てて何かを思案している姿が目に入る。……このまま追い出されたらどうしよう。

「ふむ、確かに烏丸さんが疑問に思うのもムリはない。それにしても、その話はいったい誰から聞いたのじゃ?」

「え?」

………誰からだっけ?あれ、おかしいな思い出せないぞ。学園長の質問に私は腕を組みながらうーんと考え込んだ。

もともと銀ちゃんと関係のない他人を覚えるのは苦手なのだ。伊作くんと仙蔵くんは沖田総悟の仲間イコール敵じゃないかと疑ったついでに覚えられたけど、他の人については大半がフワフワしている。私にとっての飛鳥は銀ちゃんだけで、他は全部チャゲみたいにフワフワしてるのだ。

「多分、善法寺伊作くんから聞いたんだったと思います」

「あの善法寺伊作なら確かに話しそうじゃな」

「あと油断してるとぶっ殺すからなって言われた気がします」

「なんとあの善法寺伊作がか!?」

きっとこの世界で一番会話をした人から聞いたに違いないと推測して私は善法寺伊作くんの名前を挙げたのだけど、学園長の驚き方といったら異様だった。やべっ、よく分からないけど後で伊作くんに謝っとこう。

「で、どうして学園長は天女様を保護してくれているんですか?」

「うむ、それは話せば長くなるのじゃが…」

学園長いわく、なんでも一人目の天女様には医術の心得があり、この世界に現れたとき持っていた医療道具で酷い怪我を負っていた一人の生徒を助けてくれたらしい。その恩返しのために学園長は天女様を監視付きながらも保護することにしたんだとか。ちなみに、その一人目の天女様は一週間という最短記録で帰ったという。羨ましい!

「じゃあ学園長は一人目の天女様への恩返しということで、その後の天女様も保護してくださっているんですね」

「そういうことじゃ。それに大抵の天女には武術の心得もなかったからのう。いくら忍術学園の情報を持っていようと、流出させないようにすることは容易であった」

「ならば無闇に殺すこともなかろうて」と締めくくり、学園長はズズッとお茶をすする。なーんだ普通にイイ話じゃないですかー。

「いやァ、良かった。私ってばてっきり昔話みたいに食べるつもりで保護してるのかなァなんて考えちゃってましたよ。今朝も朝起きて釜茹でにされてないことに安心したりして」

「ふぉっふぉっふぉっ、烏丸さんも面白い冗談を言うんじゃのう。………冗談で言っておるんじゃよな?」

「えっ?」

本気ですけども。

学園長は、どうして天女様が元の世界に帰ったと分かるのかについても話してくれた。なんでも今までの天女様はあらかじめ自分が帰れることを知っていたり、また知らなくても帰る前には挨拶に来たりしたらしい。つまり、帰る前には何か前兆があるということなのだろうか…?

ちなみに一人目の天女様は『ふふふ…患者が待ってる…仕事が待ってる…連勤が待ってる…』とブツブツ呟きながら帰って行ったそうな。どうした一人目の天女様。

ただ、自力で何らかの方法を見つけて帰った天女様がいるかどうかは学園長も把握していないとのことで、そこは内心ガッカリしてしまった。やっぱり自然に帰れる時が来るまで待つしかないのだろうか。……数ヶ月というのは、長い。

「さて、それでは吉野先生にはわしから話しておこう。そろそろ夕食の時間じゃ、行ってきなさい烏丸さん」

「あ、はい。色々と話を聞かせていただいてありがとうございました。改めまして、短い間ですがこれからも宜しくお願いしますね」

深々と頭を下げた私は食堂に向かおうと立ち上がり、縁側の方に置いていたブーツに足を通して歩き出す。……が、なぜかその瞬間に学園長から呼び止められた。

「烏丸さん」

「何ですか?」

「………ここは忍者を育てる学園じゃ。烏丸さんより幼い者でも他人を騙すし、傷付けもする。ゆめゆめ信用しすぎんようにしなさい」

「あ、はい、分かりました。気を付けておきます…?」

それを私に伝える学園長の意図は分からなかったけど、神妙な表情を浮かべている様子からして大事なことなのだろう。そう判断した私はとりあえず素直に頷いておく。まぁ、沖田より酷いガキがそうそういるとは思えないんだけどね。

もう一度ペコリとお辞儀をしてからその場をさっさと立ち去る私。そんな私を学園長が複雑な表情で見ていたことにも、何かをポツリと呟いたことにも、ちっとも私は気付いていなかった。

「二人目の天女から全てがおかしくなっていったのじゃよ」



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(美談では終わらない。それを学園長はあえて伝えなかった)


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