Novel | ナノ

何はともあれ、しばらくせっせと慰めていれば豆腐小僧こと空知くん(久々知です)はようやく泣き止んでくださった。つまり私の役目はこれにて終了。めでたしめでたしハッピーエンド。それでは長い間ご愛読ありがとうございました烏丸衣織先生の次回作にご期待くださいサヨウナラ。

「………あれ、おっかしいな前に進まないぞー?さながら昔の女を引きずってる男のごとく前に進まないぞー?」

「そんな男を女は馬鹿ねと笑って許してくれればいいなと私は思います」

「女だってね、好いた男の過去には嫉妬するし初めての女になりたいって思うんだけどね…」

っていうか知らねェよテメーの好みなんて。内心げんなりしつつ振り返れば、私の腰帯を掴んでニコニコ笑っている少年と視線が合う。ため息混じりで「双子もどきの片割れくん」と呟けば「私は鉢屋三郎の方ですよ」と返された。あれ、どっちの名前が本物でどっちの名前が変装してる方なんだっけ。…まぁ、どうでもいいか。

「せっかく忍術学園の外に出たんだから私たちと町へ遊びに行きましょうって。お金なら私たちが出しますし、ね?」

「年下に奢られるの嫌だし六年生に誘われて断った手前もあるから遠慮します…。っていうか君たち何でそんなに気前いいの?忍術学園には天女様は町に連れて行って奢らなきゃならない決まりでもあんの?」

「やだなあ、私がこうして誘うのは天女様だからじゃなくて衣織さんだからですよ。気になる女性と少しでも仲良くなりたいと思うのは当然じゃないですか」

「へ、」

サラリと言われた台詞に私は思わず目を丸くした。この少年…、名前は四郎くんだっけ?は私のことが女性として気になるらしい。それってつまりアレだよね、男女の仲的なアレだよね。

「……えーと、つまり五郎くんは」

「三郎です。衣織さんって他人の名前覚える気ないですよね」

「私のことが女性として気になると。あわよくば恋仲になりたいと。そういう解釈をしても?」

「構いませんよ。どうやら私は一目見たときから衣織さんを好いてしまったみたいです」

ニコニコと微笑みながら頷く彼の態度には、あまりにも照れや恥じらいがなかった。まるで口先だけで喋っているようにさえ見える。その様子をしげしげと眺めながら、私はこの世界の男子って大胆なんだなぁと感心していた。きっと愛の告白は恥ずかしくないんだよ!みたいな価値観があるんだろう。いいなぁ、こんな世界だったら銀ちゃんもすんなりと私に告白できたんだろうに。ま、口下手な銀ちゃんも可愛いんですけどね!

「わー、ありがとう嬉しいなァ。そっかそっか六郎くんは私と恋仲になりたいんだね。でも申し訳ないんだけどさ、私って元の世界に銀ちゃんっていう名前の好い人がいるんだよねェ」

「……そうだったんですね。でも私は衣織さんのことをとても諦めきれません。きっと付き合ってる間に衣織さんを私に惚れさせてみせます。二番目の男でも構いませんから、私と恋仲になってくれませんか」

「あ、マジで?そういう感じでいいの?じゃあいいよー恋仲になろうよ二郎くん」

そんなに好いてくれてるんなら元の世界に帰るまで付き合ってあげても良いかなぁなんて思った私は、彼の告白を笑顔で受け入れた。ついでにこのことを知った銀ちゃんが嫉妬して私に告白してくれないかな、という下心付きだけど。すると私の返事を聞いた二郎くんはニヤリと口角を上げ、その後ろで静観していた少年たちも「おほー、さすが三郎だな」「僕の顔で告白されるのってなんだかなあ」「あの人やっぱり五年生狙いだったんだ…、ぐすっ」「…まだ泣いてたのか兵助」とか騒ぎ始める。きっと友人の恋路が上手くいったから喜んでるんだろう。なんだか私、とっても良いことした気分。

「それじゃあ私たち今日から恋仲だね」

「はい」

「じゃあ、さっそくちょっとそこで四つん這いになって豚のように鳴いてくれるかな」

「は、……え?」

私の台詞にピタリと固まる六郎くん。あれ?聞こえなかったのかな?と首を傾げた私はもう一度口を開いた。

「私のこと好きなんでしょ?あわよくば一発しけこみたいとか思ってんでしょ?だったらさっさとへりくだって私を楽しませろや二番目」

「いや…、え、あの、衣織さん?流石に冗談が過ぎませんか?仮にも恋仲の相手にそんなことをさせるなんて、」

「はァァァ?何言ってんの?好きな相手を喜ばせようとするのは当然のことでしょ?あのさァ、こっちは君が頑張るっていうから付き合ってやってんだよ?やる気ないなら帰っていいんだよ?困るんだよね〜そういう責任感のない若者。すぐ難癖つけて嫌なことから逃げ回ったりさァ」

「あァン?」と木刀で自分の肩をトントン叩きながら睨めば三郎くんは引きつった笑みのまま後ずさる。ったく、やっぱり軽々しく好きとか言っちゃうようなガキは駄目だな。こういうガキが女が妊娠した時にとんずらしたりするんだよ。

「あ、あと恋仲っていっても肉体関係とかナシだから。先っぽだけとかも許さないから。初夜は結婚式の後でねって昔銀ちゃんと一緒に決めてるんだよね。だから溜まったらどっかそこら辺の木の穴とかに突っ込んどいてくれる?あ、木に穴を掘る作業くらいならやってあげるよ。だってこ、こ……恋仲なんだもんね私たち、えへへ」

まぁ、肉体関係ナシの二番目っていっても恋仲は恋仲。受け入れた以上は太郎くんのことを見てあげる義務が私にはあるワケで。彼女としてちょっとの欠点や弱さは目を瞑るつもりだし、さっき言ってた町へ行きたいっていう彼の希望も叶えてあげようと思う。

「じゃ、町へ行くからこの縄を首に巻いて四つん這いになって歩いてくれる?夕食の時も立ち上がっちゃダメだよ、床で口だけで食べてね。どうしよう初めてのデートだと思うと緊張するね。ところでね、私って私のこと好きな男が這いつくばってる姿を見るとなぜかゾクゾクするんだよね。だからひょっとすると今日一日で一郎くんのこと好きになっちゃうかも?なーんてッ!」

「………衣織さん」

「うん?」

ニコニコしながら七郎くんの懐にあった鉤縄の縄の部分を首に巻こうとしたら、なぜか彼は全身から汗を吹き出しながら小さな声で私の名前を呼んだ。なんだか夫にネクタイを巻いてあげる新妻みたい!とドキドキしていた私だったが、その声色に思わず怪訝な表情で顔を上げる。

「どうしたの?」

「あの、……気付いたんですけど私の衣織さんへの気持ちは勘違いだったみたいです」

「えっ」

なんだと…。

「つ、つまりそれは、私と恋仲になるという話はなかったことにしたいということ……?」

驚きのあまり手からパサリと鉤縄を落としつつ尋ねれば、三郎くんは「本当に申し訳ないですけどそうしたいです」と呟いた。つい先刻まで彼のために四つん這いでも歩きやすい散歩コースと良い餌場を探しておこうと思っていた私としてはちょっと許せない。でも、十郎くんの目に涙が浮かんでいる様子から考えるに本気で申し訳ないと思ってるんだろう。…まぁ、穴があったら突っ込みたい年頃だもんね。女とみれば気になっちゃう年頃だもんね。ここは私が大人になって引いてあげようじゃないか。

「分かった、じゃあ恋仲の話はナシね。まったくもー、私だから許してあげるけどこれからは気を付けてよ?」

ぷんぷん怒りながら叱咤すればどこか虚ろな目で「はい…はい…」と頷く三郎くん。すごく反省してるみたいだし、説教はこれくらいにしといてあげよう。さてと。

「じゃあ私は先に学園に帰ってるね。みんなもあまり遅くならないうちに帰るんだよー」

そう言って、私は来た道を歩き出す。今から帰れば夕飯の時間には充分間に合うはずだ。

背後から「何やってんだ三郎!せっかくの取り入る機会を棒に振って!」だの「だったらお前らがやれ!私にも尊厳ってものがある!」だの聞こえてきたけど、なんの話かさっぱり分からなかった私は気にしなかった。きっと私には関係ない話に違いない。

なんだか今日はたくさん良いことをした気がするなぁと自画自賛しながら私は学園への道を歩いて行ったのだった。



--------------------------------

(新八という名のツッコミ役がいないが故の悲劇)


×