Novel | ナノ

ガサガサと茂みをかき分ける音がして、私の目の前に現れたのは藤色の忍装束を着た子供たちだった。殺気も発してない相手なのに雑渡さんよく分かったなぁやっぱり痔持ちでもストーカーでも忍者っていうのはスゴいもんなんだなぁと感心していると、目の前に現れた子供は私を見るなりパァッと嬉しそうな笑顔を浮かべて口を開く。

「天、…衣織さん!」

「よしッ!」

途中でサッと顔を青ざめて呼び方を変更した少年に、木刀を振り上げたポーズのまま笑顔でサムズアップする私。嬉しいかな私が誰にも『天女様』なんていう恥ずかしい渾名で呼ばれなくなる日は近そうだ。

私を天女様と呼ぼうとした少年の他に茂みから出てきたのは四人。つまりは合計五人の藤色の忍装束を着た少年がこの場に現れたワケで、一気に視界が騒がしくなる。そういえばコイツら今朝食堂にいなかったっけ。なんか私が冷や奴をご飯にかけた時に凄い目で見てきたガキがいる気がするんだけど。

「やっと見つけましたよ衣織さん!一人で外出されたと聞いて心配したんですからね。出かけるなら僕たちに一声かけてくだされば一緒にお供しましたのに」

「……え、なんで?っていうかそもそも君は誰なの?お母さん役ならお登勢さんだけで間に合ってるんだけど」

ボサボサ頭の少年に戒めの言葉を吐かれた私はワケが分からず首を傾げてしまう。まるでいきなり『アンタ出かけるなら夕飯いるかいらないか伝えてから行きなさいっていつも言ってんでしょうがァァァ!毎日ご飯つくるこっちの身にもなりなさいよ!アンタって子は本当に気が効かないんだからもォォ!』とでも言われた気分だった。あらかじめ学園長には自由に過ごして良いと言われていたから外出しても問題ないはずなのに。

するとボサボサ髪の少年はなぜか「えっ、」と声を洩らして戸惑ったように背後の仲間たちへと視線を向ける。な、なんだよ私なにか失礼なこと言ったかよ。

「な、名乗りもせずに失礼しました。僕は竹谷八左ヱ門といいます。ここにいる者たちと同じ五年生です」

彼の台詞を皮切りに次々と自己紹介を始める少年たち。えーっと、竹谷くんに久々知くんに不破くんに鉢屋くんに尾浜くんね。念のためにもう一度確認。吉田くんA吉田くんB吉田くんC吉田くんD吉田くんE。よーしバッチリ覚えてるッ!

「あらまァ、これはご丁寧にどうも。ところで同じ顔してる子がいるけど双子なの?」

「これは三郎が僕に変装してるんですよ。三郎は天才と言われるほどの変装の達人なんです」

「マジでか…。どっちがどっちだかまったく分からんね」

「いやあ」

「それほどでも」

思わず唸りながらしげしげ眺めれば、そろって照れたように笑いつつ後ろ頭をかく二人。いや、なんで変装されてる方まで照れてんだ。

「それで、衣織さんはどうしてこんな場所にきたんですか?」

「ん?んー、……せっかく別の世界に来たんだから色々見てみようと思ってブラブラ散歩してただけ。特に用事があったワケじゃないよ」

うどんみたいな独特の髪をした少年に嘘をついた理由は、なんとなくだ。こんな子供らに早く元の世界に帰りたくて、なんて言ったら気を使わせてしまうかもしれない。そう考えると本当のことを伝えるのははばかられたのだ。私の返事を聞いたうどん髪の子が「そうだったんですね」とニコニコ笑うのを見て私もうふふと微笑む。大人ですからね、これくらいの気は使いますよ私。

なんだかとても良いことをした気分になりながら微笑んでいる私に次に声をかけてきたのは、睫毛が長い少年だ。食堂で凄い目で見てきたのはコイツだったかな。

「用事がないということなら、これから僕たちと町へ行きませんか?美味しい豆腐屋も知ってますし、衣織さんに似合う小物も選んだり、」

「おい何で豆腐チョイスした?あらゆる食品の中から何で豆腐チョイスした?君の中で私のイメージはどうなってんだ。さては年寄り扱いしてんのかコノヤロー」

「え……、衣織さんは豆腐が好きなんじゃないんですか?だって今朝の食堂でご飯と卵を使って冷や奴をより美味しく食べようとしていたじゃないですか」

「いやいやいや何で米と卵が冷や奴の引き立て役みたいに言ってんの?逆だよ逆、冷や奴と卵が引き立て役で主役は米だからね。私は白米をより美味しく食べようとしてただけだからね」

「そ、んな…!?じゃあ衣織さんは米のために冷や奴をあんなにグチャグチャにしたっていうんですか!?あの綺麗な正方形を、米なんかのために……ッ!衣織さんは酷い人だ!」

「もーなんだよコイツ面倒くさいよこの世界にきてから初めて面倒くさいガキに出会っちゃったよ誰か早く新八呼んでこいよ本当にもォォォ」

顔を手のひらで覆ってわっと泣き出したガキに私は遠くを眺めながらため息を吐く。何なんだよコイツの豆腐へのあくなき執着は。っていうか何で泣いてんだよコイツ、どこに傷付くポイントがあったのか全然分かんねーよ。え?豆腐つぶしたのが悪かったの?これ私が謝らなきゃいけない方向なの?

すっかり途方に暮れている私の肩をポンと叩いたのは、最初に自己紹介をしたボサボサ髪の少年だった。名前は吉田くんAかBだったと思う。多分そう思う。そうだったらいいなぁと思う。

「衣織さん、衣織さん。兵助は豆腐が大好きなんですよ。忍術学園では豆腐小僧と呼ばれてるくらいです」

「それが敬称なのか蔑称なのかすらさっぱり分からんよ私…。で、どうすりゃ良いの。豆腐あげれば泣き止むの?それなら今からちょっと今朝の朝食吐き出すから待っててもらっていい?」

「……あの、なんだか嫌な予感がするので口に指を突っ込むのは止めてもらえませんか。衣織さんも豆腐が好きだと言ってあげればきっと兵助も喜びますよ」

面倒くさァァァ!

本心はこの場をスルーして帰ってしまいたいぐらいだったけど、理由はどうあれ泣かせたのは私だし年長者としての立場もある。自分にそう言い聞かせた私は仕方なくシクシク泣いている豆腐小僧くんの前に立った。

「菊池くん、」

「………僕の名前は久々知なんですが」

「私はね、実は豆腐が好きなんだよ」

「あの、僕の名前は久々知ってこと聞いてくれましたか」

「好きな子ほどイジメたいってあるじゃん?好きだから汚したいってあるじゃん?私はね、そんな感じでしか豆腐のこと愛せないの。だから今朝もグチャグチャにしちゃったの」

「僕の名前……、もういいや。やっぱり衣織さんも豆腐のことが好きだったんですね。でも素直になれずに豆腐に対してあんな、真似を」

「大人になるとね、色々な柵のせいで素直な気持ちを伝えられなくなるんだよね。社会の荒波にもまれた私にとって豆腐の純白さは、ちょっと眩しすぎるかな…」

「大丈夫ですよッ!豆腐だって本当は衣織さんの気持ちを分かっているはずです!僕には豆腐の声が聞こえるから分かるんです!」

「………え?あ、あァ、そうなんだスゴいね私も見習わなくちゃね。でも私と豆腐の間には頭を冷やす時間も必要だと思うんだよね。だから明智くんも私と豆腐のことを何も言わずに見守っててくれると嬉しいな」

「僕は久々知です」



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(他の五年生の冷めた視線は金田一くんだけに向けられたのものだと思いたい)(久々知です)


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