Novel | ナノ

「はァ!?」

雑渡さんの話を聞いていた私は、そのあまりの内容に声を上げた。

なんでもこの世界は天女様の世界では物語になっていて?それで今までの天女様たちは知識の差はあれども全員がその物語の内容を知っていて?だから初対面でも忍術学園の学園長や教師、忍たまたちの名前や生い立ちとかを知っていて?果てはこの世界の事情についても最初から知ってる天女様ばかりで?

「ちょ、なんですかソレ私そんなの知らないですよ!?何でですか、なんで私だけ初期ステータス最低レベルからのスタートなんですか!ズルいズルいそんなのズルい!なんか私にも!私にも初期装備くださいよ!アイテムとか持ってないんですか雑渡さん!?」

「……うん、とりあえず落ち着いて、私の肩を揺らすのは止めてくれないかな衣織ちゃん。雑炊で良ければあげるから、本当やめて、なんかもう酔いそうだから」

両肩をつかんでガックンガックン揺らせば、白目を剥きながらも私に竹筒を差し出してくる雑渡さん。その竹筒に刺さったストローをくわえて吸い上げてみると本当に温かい雑炊が口の中へと流れこんできた。あ、けっこう美味い。

「それ全部あげるから大人しくしててくれる?もう暴れたり話そらしたりしない?」

「うん」

「本当だね?おじさんとの約束だからね?」

「うん」

なんだか雑渡さんが横で必死に何か言ってるなぁと思いつつ、私は竹筒のストローをちゅうちゅうと吸い続けた。そういえばそろそろ昼時の時間じゃなかったっけ。今から急いで学園に戻るのも面倒くさいし、もうお昼ご飯コレでいいや。

「それで話を続けさせてもらうと…、あ、雑炊飲みながらで構わないよ。むしろ黙ってて欲しいから飲み続けててくれるかな。うん、それでだ、今までの天女は我々のことを知っているといった態度で接してくる子が多くてね。中には何も知らぬような演技をする子もいたが、やはり例外なく我々のことを知っている天女ばかりだった」

「どうして演技だって分かったんですか?私と同じように本当に知らなかった可能性だってあるのに、むぐッ」

ストローから口を離してそう言えば、途中でやれやれといった表情をした雑渡さんにまたストローをくわえさせられてしまった。何すんじゃい、と睨みつければ「忍者は相手の嘘を見破るのも仕事の内だからだよ」とのほほんとした声色で答えられる。忍者という単語でさっちゃんや全蔵のことがパッと頭に浮かんだけど、なんだかしっくりこない。さっちゃんなんて銀ちゃんの本音すら曲解してストーカーに励むような忍者だし。

「礼儀正しい天女もいたし、馴れ馴れしい天女もいた。私が一番驚いたのは黄色い悲鳴を上げながら抱きついてきた天女だったかな…。だけど今までの天女全員が私たちのことを知っていた。これは間違いない。だから逆に、私は君が私たちのことを知らないのが不思議だよ。忘れてるだけ、じゃないよね?」

「えー……」

雑渡さんに確認を促されて私は自分の記憶を探ってみる。だけど私が知ってる忍者物語なんてナルトくらいだ。あの忍術学園に『だってばよ』が口癖の金髪少年はいなかったはず。忍空、なんてのも聞いたことがあるけどソレも違う気がするし。うーん、三人組の子供が忍者を目指す有名な物語なんてあったかなぁ。

「分からないかい?」

「……すいません。でも私の世界には色々な物語があふれてたから私が把握してないだけかも。あの、私が雑渡さんたちのことを知らないのって不味いですか?」

今までの天女様と違う違う言われてると、なんだか不安な気持ちになってしまう。だって私は他の天女様が一人残らず元の世界に帰ったと聞いているから悠長にかまえているというのに。それが私には当てはまらないんじゃないか、なんて考えたくもない。

私の不安そうな声色に気付いたらしい雑渡さんがポンポンと頭をなでてくれる。なんだかお父さんみたいだなぁ…、と思ったのは一瞬のこと。雑渡さんの座っている体勢を見た私はすぐに考えを改めた。岩の上で女性みたいに足をそろえて座る包帯だらけの大男。なかなかシュールな光景だ。

「んー、今は問題ないんじゃないかな。以前の忍術学園は学園内の情報を他に漏らさないために天女を保護していたようだけど、どうやら今は違うみたいだし」

「え?保護する理由が途中から変わったんですか?つまり、情報が洩れても問題なくなったということ…?」

「ちょっと違うかな。そもそも、ただ忍術学園の情報を守るためなら天女が現れた時点で保護なんかせずに殺しちゃえばいいんだけどねえ」

「……まァ、確かに何の利益もないのにわざわざ寝床と食事を提供してやる必要なんてないですもんね。それは私も変だなーと思ってましたよ。じゃあ忍術学園はどうして私を保護してくれるんでしょう?」

昨日からずっと不思議に思っていた。どうして忍術学園は天女様を毎回保護してくれているのか。他の天女様のことは知らないが私は何の力もないただの小娘だ。ましてや他の天女様のように忍術学園の情報を握っているワケでもない。他人の親切を疑いたくはないけれど、やっぱり妙だと思ってしまう。まさか本当に美味しく食べられてしまうんじゃあ……。いやいやいや人肉食とかないよね、うん。ないよね。ないといいなぁ。

「私も忍術学園の事情を全て知ってるわけじゃない。だから推測になってしまうけれど、他の天女にはもう一つ君と違う点があってね。私はそれが関係しているのではと考えている」

「えェェェ!?まだ他の天女様と違うところがあったんですか!?な、何!?私に足りないモノは何なんですか!?」

本当に初期ステータス低いな私ッ!とちょっと泣きそうになりながらも食い付けば、ちょっとウザそうな表情をしつつも「それは、」と話そうとする雑渡さん。

―――けれど、その台詞の続きを聞くことは出来なかった。

「………残念だけど、どうやら邪魔者が来ちゃったみたいだね」

「え?」

邪魔者?どこに?雑渡さんは急に動きを止めて一点の方向を睨み始めたけど、その視線の先には誰かが来ている気配なんて少しも感じない。ただ草木が鬱蒼と生い茂り、風で葉がサワサワと揺れているだけだ。怪訝に思いながら雑渡さんを見上げれば、少しだけ目を細めて私を見た後、ポンと私の頭を叩いて小さな声でこう言った。

「後日また改めて、私の方から君のもとへ出向くことにしよう。くれぐれも今日のことは他言しないようにね。……それから、この世界ではあまり他人に気を許してはいけないよ。例えば、」

「………な、」

耳元で囁かれた言葉。その言葉の意味を私が理解した時には雑渡さんも竹筒も手拭いも、全てがその場から消え去ってしまっていた。

「な、ん……えぇ?」

一人残された私はただ呆然としたまま雑渡さんの別れ際の言葉を頭の中でリピートする。

―――実を言うとね、私は君を殺そうと思ってここに来たんだよ。



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(雑渡さんが見ていた方向の茂みからガサガサと人の気配がしたのは、すぐ後のことだった)


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