Novel | ナノ

食堂を出た私は、さらにそのままのノリで意気揚々と学園を出た。なんか途中で「出門表にサインしてくださーい」とか言いながら追いかけてきた人がいたので『烏丸衣織です天女様と呼んだら沈めます4649』とサラサラ書いておいた。「4649?」と小松田と名乗った子が首を傾げていたけど気にしない。向かうは、私が最初に落ちた山の中だ。

「……うん、確かここだったはずだよね」

木々が少し開けた薄暗い場所。その中心に立った私は腰に手を当ててグルリと辺りを見渡す。この場所のちょうど真上から私はこの世界に降ってきたんだ。

「………………」

静かに目を閉じた私は指二本を額に当ててしばし沈黙。そうしながら脳内では元の世界の情景を思い浮かべる。そして、目を開けば―――。

「……やっぱり瞬間移動はムリか」

ここドラゴンボールの世界じゃないもんね。

そのあとも、私は様々なことを試してみた。「ドリームキャッチャー!」とどこで覚えたのかも忘れた単語を叫びながら両手を上げてみたり、空に向かってかめはめ波を打つポーズをしてみたり木刀を振り回してみたり。……でも何も起きなかった。私が元の世界に帰れそうな前触れすらも起こらなかった。

「ち、ちくしょー!負けてたまるかッ…!」

ぜぇぜぇはぁはぁと息を荒げながら私は木の上へよじ登る。学園長は元の世界に帰れるとは言っていたけど、数ヶ月も待ってられるワケがない。そんなにも行方不明になれば元の世界での私の生活はめちゃくちゃだ。私の店が取り壊されるかもしれないし沖田にSMクラブとかに改造されるかもしれない。何より、もしも私が行方不明になったと知って傷心した銀ちゃんに納豆くの一や吉原の女やキャバ嬢とかが付け込んだら……!

「さっさと元の世界に帰せやゴラァァァ!ふざけんじゃねェぞ、こちとらラピュタごっこ楽しむ年齢はとっくに過ぎてんだよ!パズー役が銀ちゃんじゃなきゃ何にも楽しくねェんだよこの状況!」

丈夫そうな木の枝の上に立った私は木刀を空に向かって振り回す。

「おいコラなんか起きろよチクショぉぉぉ!天女様とかふざけんじゃねェぞ私は羽衣手に入れたって愛した男に添い遂げるわボケェェェ!……げほっごほっ」

むせた。

叫びすぎて唾が気管に入ってしまい、私は盛大な咳をくり返す。けれどここは木の枝の上だ。そんな不安定な場所でゲホゴホ咳をしていれば当然ながら足を滑らせてしまうわ、け、で。

「でえェェェ!?」

真っ逆さまに落ちていきながら私は叫ぶ。けれど頭の冷静な部分がこの高さじゃ死ぬことはないだろうと判断したので、私はそのまま地面に追突する衝撃を待った。受け身を取りきれなかったら流石に伊作くんに手当てしてもらおう。

「………あれ?」

けれど、なぜか覚悟していた痛みを感じることはなかった。―――痛みの代わりに感じたのはフワリと誰かに受け止められた感覚。驚いて目を見開けば、見知らぬ誰かが私を抱えて華麗に着地したところだった。

「……君、さっきから何してるの」

「ありがとうパズー」

「ぱずーって誰」

「あ、もしかして親方のほうでしたか?」

「親方じゃなくて組頭なんだけど」

ストンと私を地面に下ろした組頭さんは、私より遅れて降ってきた木刀を上も見ずにパシッと片手で受け止める。おぉ、達人ぽくてカッコいい。思わずパチパチと拍手すれば、組頭さんは呆れたような表情を浮かべて私に木刀を差し出したのだった。外見は包帯だらけで怪しく見えるけど良い人なんだなぁ。

「いやー、なんか色々とすいませんね。私とか木刀とか受け止めてもらっちゃって」

「それで?君はさっきから何をしてたの。ずっと一人で叫んだり暴れたりしてたよね」

「えーっと、修行みたいなもんです。この辛い現実から逃げるために色々なことを試みていた最中でして」

「……止めた方がいいと思うけどね、そういう後ろ向きな修行」

組頭さんの言葉に、私は乾いた笑みを浮かべて目を泳がせた。『元の世界に帰るための方法を模索してました』なんて言ったら頭の可哀想な女に思われるのは確実。昨日の私が伊作くんと仙蔵くんにそう感じたように、この組頭さんも私にドン引きするだろう。ここは余計な詮索をされる前に立ち去るのが吉。そう判断した私はペコペコ頭を下げながら踵を返す。

「ははは、いやァ、先ほどは本当にありがとうございました。このお礼は必ずしますけど私このあとちょっと用事あるんで今日のところは帰りますね本当申し訳ないですではさようなら」

「……………」

「……あれ、おっかしいな前に進まないぞー?さながら努力しても報われない人生のごとく前に進まないぞー?」

「そういう悲しいこと言うのは止めなさい。お礼はいいからさ、少しおじさんと話をしようか」

「えー……?」

襟首を掴まれたまま振り返れば、感情の読めない隻眼とバチッと視線が交わった。片目に包帯って晋助と同じだなぁ…と組頭さんの顔を眺めていれば「照れるからあまり見ないでくれるかな」とのんびりした声で言われてしまう。うーん脱力系ってやつかな。

「先ほどのお礼ということならお付き合いしますけど、私にそんな大層な話術はないですよ?組頭さんは、」

「私の名前は雑渡昆奈門だから」

「雑渡さんは、そんなに話し相手に飢えてるんですか?」

「……そうだねえ。だって天女様と話せる機会なんて滅多にないし」

「は、」

組頭さん改め雑渡昆奈門さんの台詞に、私の喉からヒュッと奇妙な息が漏れる。え、この人、今なんて言ったの。

驚きすぎて声も出せない私の腕がグッと握りしめられる。まるで逃がさないとでもいうかのように強い力だ。そのまま私の体を引き寄せた雑渡さんは、相変わらず感情の読めない右目をスッと細めて、言った。

「君、忍術学園の新しい天女でしょ」



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(ちょ、だから天女って言われるの恥ずかしいんだけど)


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