Novel | ナノ

自己紹介と同時に聞こえてきた「ギンギン」とか「いけいけどんどん」とかいうよく分からない言語をBGMにしつつ、私はやっぱりサンマの丸かじりは無理があったなぁと後悔していた。

「ちょ、喉に骨が、骨が引っかかっ…!」

「なあなあ、今回の天女様はバレーできるか?塹壕掘りはどうだ?」

「だ、大丈夫ですか衣織さん!?そういう時は米のかたまりを一気に飲み込んでですね、」

「……………」

「天女様、長次が自分の作ったボーロを食べないかと言っていますが」

「ぐっ、……わ、私の米は最後に卵かけご飯にするためにあるんだ、だからダメだ…」

「天女様、今日の授業は午前までなんだが午後から俺の鍛錬を見にこないか?」

「顔が真っ青になってるじゃないですか!?僕の米を分けてあげますから早く飲み込んでください衣織さん!」

「文次郎、天女様がそんな誘いを喜ぶワケがないだろう。天女様、午後は俺の鍛錬を見にくるといい。文次郎を見るより為になるからな」

「んぐっ、ありがとう伊作くん……。命の恩人である君にはサンマの尻尾をあげよう」

「んだと留三郎!?」

「うわ、どうしてサンマを頭から丸かじりなんかしちゃったんですか衣織さん……。でもありがとうございます」

「やるか文次郎!?」

「あースッキリした。さて卵かけご飯卵かけご飯っと。……あれ、卵ないじゃん。伊作くん、こういうのって食堂のおばちゃんに頼んでも大丈夫?あ、そう?じゃあちょっと行ってくるわ」

「よせ二人とも。天女様の前で見苦しいぞ。衣織さん、良ければ午後から私と町へ買い物に行きませんか?」

「おばちゃーん、生卵もらえますー?あ、すみませんねェ本当、私って朝は卵かけご飯じゃないとなんかやる気出ないんですよー。え、これから毎朝つけてくれる?ちょ、マジで?キャッホォォォ!ありがとう!ありがとうおばちゃん!」

…………ん?

生卵を片手に意気揚々と自分の席に戻れば、なぜか伊作くん以外の五人がものすごい目で私を見ていた。ちなみに伊作くんは「良かったですね衣織さん」と朗らかに笑っている。サンマの尻尾だけじゃ申し訳ないし伊作くんには漬け物もプレゼントするかな。

「……衣織さん、今までの私たちの話は聞いてましたか?」

「ん?あァ、うん、聞いてたよ仙蔵くん。……ほら、アレ、午後にボーロ作りの鍛錬して町で売るんでしょ?大変だねェ頑張ってねェ」

冷や奴をぐちゃぐちゃにしてから米にかけ、さらにその上から生卵をかけながら私は適当に返事をする。なんか横から藤色の忍装束を着たガキが冷や奴を米にかける私をすごい目で見てきたけど今は気にしない。ちょっと見た目は汚いけど米っていうのは何をかけても美味しいのだ。神楽ちゃんもそう言ってたし間違ってないはず。

機嫌よく米をかき込む私の前で、伊作くん以外の六年生はコソコソと内緒話をし始めた。あれ、なんか伊作くん仲間外れにされてね?と思った瞬間に伊作くんはギンギン言ってた少年に引っ張られて内緒話に参加する。良かったね伊作くん、と安心しながら私はせっせと米を口の中へかき込み続けた。美味い。

「誘いに乗ってこないとはどういうことだ?今までの天女は」とか「騙されるな、我々を油断させようとしてる可能性だって」とか「そうだ!伊作には馴れ馴れしいぞ!」とか聞こえてきたような気がするけど、コイツらいったい何の話をしてるんだろう。ちょっと気になったけど、大人が子供の内緒話に参加するのは野暮ってなもんなので私は素知らぬ顔で自分の朝食を片付けていく。そうこうしている間に話がまとまったのか、仙蔵くんたち六人はグリンッ!と一斉に私の方へと顔を向けた。怖ぇよ。

もぐもぐと咀嚼しながら彼らの方を見ていれば、伊作くんが五人に背中をグイグイ押されて前へと出てくる。その彼の表情はどこか暗い。……本当に伊作くんいじめられたりしてないよね?

「伊作くん、悩みがあるなら相談に乗るから我慢しちゃダメだよ。男性は悩みを一人で抱え込むから自殺率が高いって話もあるしね」

「え?……はぁ。それより衣織さん、午後から僕たちと町へ買い物に行きませんか?」

「町?この世界の?」

「そうです。留三郎たちが衣織さんに似合うかんざしや着物を贈りたいとのことで……」

「え、でもさァ、さっき君たち午後からボ、……ボールを売る鍛錬を町へ買いに行くとか言ってなかったっけ?」

「言ってません」

「マジで?あ、あれ、じゃあボールを鍛錬してドラゴンボールにして町で売るとか言ってなかったっけ?」

「言ってません」

冷めた表情で首を横に振る仙蔵くんに、私は腕を組んで考え込む。おっかしいなぁ、銀ちゃんじゃあるまいし私が聞き間違えをするはずなんてないんだけど。

「そ、それでどうしますか衣織さん?」

「あー…、悪いけど今日はやめとくよ。異世界観光には興味あるけどね、私もちょっとやりたいことがあるし。せっかく誘ってくれたのにゴメンねー伊作くん」

「そうですか……」

残念そうにしつつも、どこかホッとしたように伊作くんは苦笑する。その後ろでは仙蔵くんが「私も誘ったというのにこの態度の違いは何だ…!」と拳を握りしめてプルプルしていた。もしや仙蔵くん、誰かに遊びの誘いを断られたのだろうか。可哀想に…。

「それじゃ私はもう行くけどみんなは授業頑張ってねー。あと、次から私のこと天女様呼びしたら沈めるからな、覚えとけよテメーら」

お盆を持ち上げて立ち上がりながら、気になっていたことを笑顔で指摘してやれば昨日の土井さんと同じように驚いた表情をする少年たち。

「ん?なんだお前、天女様呼びされるの嫌だったのか?」

「嫌っていうより恥ずかしいんだよ。普通に名字か名前で呼んでくれる?なんなら寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルンムンク=フェザリオンアイザ、」

「じゃあこれからは名前で呼ぶことにしよう。衣織と、呼ばせてもらっても構わねぇか?」

「ちょっと、私まだボケてる途中なんですけどォォォ!?アイザック=シュナイダーが可哀想だろうがァァァ!………それと、もう一つだけ伝えておこうか」

ギンギン言ってた少年の言葉に私は笑みを深くしながら、言った。

「さっきから年上にタメ口きいてんじゃねーぞガキ三人。言っとくが私の年齢は―――、」

呆然とした表情の六人を残して、私は食堂を出て行ったのだった。



--------------------------------

(伊作くんと仙蔵くんには年上ということだけは伝えてたんですよ)


×