Novel | ナノ

「おや、アンタが新しい天女様かい?慣れない土地で大変だろうけど他の天女様もなんとかやっていけてたからね、帰れるまで頑張るんだよ」

「烏丸 衣織です!ぜひともッ!ぜひとも名字か名前で呼んでいただければ嬉しいですッ!」

食堂のおばちゃんの言葉を受けた私は思わず頬を真っ赤に染めてキシャーッと叫んでしまった。だから、この歳で人前で天女様呼びされるのは恥ずかしいんだってば!でも励ましてくれてありがとうねおばちゃん!

食事の乗ったお盆を受け取って食堂を見渡せば、先に席を取っておいてくれた伊作くんが手を振っているのが目に入る。彼の前に腰を下ろせば「おばちゃんは食事を残すことは許さない人なので気をつけてくださいね」と耳打ちされた。なんでも怒ると忍術学園一怖い人らしい。マジでか。

そんな小話を伊作くんから聞きつつ、私は朝食を食べ始める。周りの視線が痛いけどまったく気にせずサンマの身をほぐしていく私。ほら、私って大人ですし?いくらジロジロヒソヒソされてもしょせん相手は子供ですし?なんか藤色の忍装束着たガキどもがこっちガン見してるけどスルーできる度量くらい持ち合わせてますし?なんか冷めてたり警戒してたりする視線をビシバシ感じるけど大人な私は人生経験も豊富ですから気にならないですし?

「………ふう」

「衣織さん?」

とつぜん箸を置いた私を不思議そうに見る伊作くん。そんな彼にフッと笑って立ち上がった私は腰から木刀をすらりと引き抜き、言った。

「ちょっと周りのガキども全員沈めてくる」

「えぇええっ!?いきなり何言ってるんですか衣織さんっ!」

伊作くんに着物の襟首を掴まれながらも「大人だから!私大人だから!」と叫びながらガキどもに突進しようとする私。まさかジロジロ見ていた相手がいきなり突進してくるとは思わなかったらしく、いちばん近くで豆腐を食っていたガキがどん引いた表情をしていた。言いたいことあんなら直接言いに来いってんだよゴラァァ!

「伊作、さっきから何を騒いでるんだ?」

「仙蔵!」

助かった、と言わんばかりの伊作くんの声に振り返れば、同じ深緑色の忍装束を着た少年、立花仙蔵くんが立っていた。朝食の乗った盆を両手に持った彼は、伊作くんを呆れたように見たあと私の方に視線を移してどこか冷たさを感じる笑みを浮かべる。

「おはようございます衣織さん。朝から元気そうで何よりです」

「ちょうど良かった、この食堂にいるガキども全員沈めるから君もちょっと手伝えよ」

「……出会い頭にとんでもないこと頼みますね。申し訳ないですが、いくら天女様の頼みでもそれはちょっと」

「大丈夫だって、殴るのは私がやるから!仙蔵くんは責任とって教職員の方々に謝っとくだけで良いから!」

「それって一番嫌な役を押しつけられてるだけじゃないですか」

ひくり、と口元をひきつらせた仙蔵くんに同じく深緑色の忍装束を着た見知らぬ少年が「天女様には優しく、だぞ仙蔵!」と声をかけていた。べつに怒りたきゃ怒れば良いのに何をガマンしてるんだか。かぶき町じゃ怒鳴ろうが泣こうが笑おうが誰も咎めやしないってのに。火事と喧嘩は江戸の華。どんな時でも楽しんだもの勝ちだ。

「……天女様相手に失礼しました。しかしどうか周りの奴らは許してやってください。何度も経験しているとはいえ、やはり別の世界からきた人間というのは珍しく感じてしまうのです」

「うん、まァ、それが仙蔵くんの標準装備なら私も何も言わないけどね。でも先に言っとくけど私には誰かを虐げて性的興奮を覚えるような趣味はないからさ、期待だけはしないでね」

「は?」

怒りを覚えている相手にも関わらず下手に出る仙蔵くんに、ひょっとしたらマゾの気があるんじゃないかと推測した私は機先を制しておく。けれどワケが分からない、という表情を浮かべた仙蔵くんから察するにどうやら私の心配は杞憂だったようだ。良かった、この世界でまでさっちゃんみたいな奴の相手はしたくないもんね。

「ところで衣織さん、我々も同じ卓で朝食をとらせていただいてよろしいですか?」

「私は構わないけど伊作くんはどーよ?」

「僕は、」

「ありがとうございます衣織さん。それでは私たちも座らせていただきますね。お前も構わないだろう?伊作」

返事を聞く前に仙蔵くんは伊作くんの隣に腰を下ろし、他の深緑色の忍装束を着た少年たちも同じテーブルの椅子に座ってくる。なんか伊作くんの表情が暗くなった気がするけど、ひょっとして一緒に座りたくなかったのだろうか。だとしたら私は悪いことをしてしまったかもしれない。まぁ、今さらやっぱり座るなとも言えないけど。

「私たちは全員、この忍術学園の六年生なんですよ。他の者も天女様と仲良くなりたいとのことなので自己紹介をさせてやってください」

「どーぞどーぞ」

私の適当な返事も気にせず、自己紹介を始めていく少年たち。そんな彼らの声を私はサンマを頭からがしがし丸かじりながら、右から左へと聞き流していった。



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(田中くんA田中くんB田中くんC田中くんDでいいか)


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