Novel | ナノ

あの後、学園長に殴りかかろうとして教師陣に取り押さえられた私はグッタリしながら廊下を歩いていた。

私を押さえにかかった教師陣たちも総じてグッタリしていたけど、悪いのは絶対に学園長の方だと思うので罪悪感は感じない。あのジジイめ、一瞬でも銀ちゃんと今生の別れになったかと思っただろうがコノヤロー。いつかあのおかっぱ頭の上に皿を乗せてカッパみたいにしてやる。

ちなみに前を歩きながら学園内の説明をしてくれているのは庵にいた教師陣の一人だ。名前を土井半助というその人は、チョークと黒板消しで私に応戦しようとしていた人である。いつかまた機会があれば、今度こそツッコミを入れてあげられれば良いのだが。

「それで部屋は今までの天女様が使っていたところを使ってもらうので忍たま長屋の方になるんですが、風呂はくの一の方が使えますので…」

「なるほど、必要な場所については大体理解できました。ところで土井さん、お願いしたいことがあるんですけど」

「何ですか天女様?」

くるりと振り返り、不思議そうな表情で応える土井さんに私の口元は引きつってしまう。だってナチュラルに天女様呼びって、おま。

「いやー…、その、お世話になる身で恐縮なんですけどね?天女様呼びはちょっと止めて欲しいかなーと」

「えっ、嫌でしたか?今までの天女様は喜んでいたのでてっきり貴女もそう呼んだ方が良いとばかり……」

「それ本当に喜んでたんですかね。きっと世話になる身だから気使って喜んでるフリしてたんじゃないですかね天女様」

冷めた私の発言に「そんなはずは…」と呟きながら首を傾げる土井さん。ひょっとしたら私の世界とは価値観が違うのかとも思ったので「じゃあ土井さんのことこれから彦星様って呼んでいいですか」と尋ねれば顔を真っ赤に染めて「そんな恥ずかしい呼び方やめて下さい!」と叫ばれた。なんかイラッとした。相手が銀髪天パならまだしも、ボサボサヘアーの土井さんに顔を真っ赤にして照れられても食指はまったく動かないのでなおさらイラッとした。

「彦星様呼びが嫌なら私のことも天女様と呼ぶのは止めてください。なんていうか、天女様天女様言われるとジュディ・オングになった気分になるというか」

「じゅでぃおんぐ?」

「袖に布をくっつけて、なんたらかんたらえいじあーんと歌いながらヒラヒラさせる人です」

私の答えに土井さんはサッパリ分からんみたいな顔をしていたけれど私は気にしなかった。いいんだ、どうせ彼らに私の世界のことを知る術はないんだから説明なんて適当でいいんだ。

「じゃあ、……これからは天女様とは呼ばないよう気を付けます」

「頼みます。あと他の教師や生徒さんにも天女様呼びは恥ずかしいからやめてくれと伝えていただければ…」

「分かりました、すぐに全員に伝えるのは難しいですが可能な限り伝えておきますね」

笑顔と共に頷いてくれた土井さんに私もホッとして息を吐く。

「それでは天女様のことはこれから烏丸さんと呼ばせていただいても大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。なんなら天から舞い降りし世界を救いたる偉大な勇者様とかでも、」

「烏丸さんと呼ばせてもらいますね」

てめっ、ツッコミ放棄かよコノヤロー。

「では天…、じゃなくて烏丸さんの部屋はこちらになりますから」と言って去って行った土井さんを見送り、私はあてがわれた部屋の襖を開く。今まで何人もの天女様が使っていたからか、着物類や化粧品など最低限の必要なモノはあらかたそろっていた。とりあえず簡単に部屋を探索した私は押入から布団を引っ張り出してダイブする。

「あー…、もうワケ分からん」

先ほど学園長から説明を受けて、大まかな疑問は解消することができた。別世界からきた人間はみんな空から降って現れていたから私のこともすぐに天女様と判断したのだとか、天女様はしばらくすると元の世界に帰っていくだとか。

ただ、不可解な点はまだまだ残っている。どうして天女様が元の世界に帰ったと分かるのかとか、帰るまでの期間が天女様によってまちまちなのは何故なのかとか、この学園が落ちてきた天女様を保護する理由は何なのかとか、とにかく気になる点は多い。

中でもとくに私が気にしているのは学園が天女様を保護しているという点だ。学園には何の利益もないというのに、ただ別世界からきたという少女たちに衣食住を提供する意図…。ボランティア精神なのだといえばそれまでかもしれないけど、そんな上手い話が世の中にあるだろうか。

「……なんだかなー」

天井を見ながらポツリと呟く。ふと頭の中に浮かんだのは、やけにニコニコしていた学園関係者たちの姿。今までに見かけた生徒たちはもちろん、学園長や教師陣の態度もどこか不自然だった。ここまで案内してくれた土井さんも終始貼り付けたような笑顔だったし。あぁ、伊作くんだけは普通の態度だったっけ。

……それにしても、別世界に迷い込んだ人間にみんながニコニコして世話を焼いてくれるってのはさ、なんか、アレ、昔話だとこのまま私食われるパターンじゃね?今もこの学園のどこかで仙蔵くんとかが包丁をしゃーこしゃーこ研いで「久々に活きの良い餌がきたじゃないか」とか呟いてんじゃね?

「いやいやいや、そんなまさかね。うん、ないないそれはない人肉とか今時ないって」

そう自分に言い聞かせつつも、私は今夜は眠らないようにしようと決めたのだった。

………無事に明日の朝日を拝めますように。



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(けっきょく睡魔に負けていつの間にか眠ってしまいました)


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