Novel | ナノ

学園長になだめられて腰を戻した私は、今の状況を私自身がどう考えているのかを話し始めた。もちろん話をしながら学園長の様子を観察するのを忘れない。話中に少しでも演技くさい態度を感じとれば、すぐさま沖田の仲間じゃないかと追及してやるつもりだった。ムダに顔の広い沖田のことだ。ドッキリのためにこれくらいの人数の人間を集めることは不可能じゃないだろう。

「私には沖田総悟という知人がいるのですがコイツがまァ私よりも年下のくせに生意気な態度をとる奴でして。おまけに他人をいたぶることに悦びを感じるという人格破綻者なのです。私は常日頃からソイツには悩まされていました。いや、この現状が沖田総悟のせいなら現在進行形で悩まされているといった方が正しいですね」

そこまで一気に喋ってから、私はひとまず言葉を切った。話をしている最中の学園長の態度といえば「なるほど」「ふむ」と相槌をうつだけで至ってフツー。鎌をかけるような発言もしてみたというのに少しもギクリとした様子はない。

おかしいな、と思わず首を傾げてしまう。本当に学園長は沖田とは無関係なのだろうか?……いや待てよ、沖田のことだからこの老人すら騙してる可能性もあるぞ。ドラマのエキストラ役か何かだとか言って人手を集めてる可能性もある。油断したら負けだ、まだまだ気を抜くなよ私。

「……む?どうしたのじゃ烏丸さん、これで話が終わったワケではないのじゃろう?」

「あ、すみません。それでですね、その沖田はどうやら私のことが嫌いらしくて常日頃から色々な嫌がらせをしてくるんです。それがちょっとした悪戯レベルなら『あれ、実はコイツ私のこと好きで構って欲しくてやってんじゃねーの?』なんて可愛い勘違いも出来るんですが、そんなレベルじゃないんですよね。生死に関わるレベルで嫌がらせしてくるんですよね。もうそんな勘違いさせる余地なんざ一ミクロンも与えねーぞ的な感じですからね」

「聞いてるだけで大変そうじゃのう……」

「分かってくれて嬉しいです学園長。どうか聞いてくださいよ日頃の沖田の私に対する嫌がらせの数々を!聞くも涙、語るも涙ですから!」

拳を握りしめて語り始めた私の話を、やっぱり学園長は親身になって聞いてくれた。川に落とされた話から始まり、睡眠薬を飲まされて攘夷志士に人質として使えと差し出された話(ちなみに私は真選組でもなければ幕府関係者でもない)や目覚めたら廃墟に放り出されていて強制サバイバルをさせられた話など、沖田からの嫌がらせ話は枚挙にいとまがない。

「なんともヒドい話じゃのう。その者とは縁を切ってしまっても罰は当たらなさそうじゃ」

「ですよね、学園長もそう思いますよね!だから私も沖田と縁を切る前にどうにか一泡吹かせようと、カマっ娘倶楽部にバイト希望者だと偽って放り込んだりあらゆる宗教団体に個人情報を流して勧誘させまくったり屯所の食堂に潜入して食事に下剤混ぜたりとか色々やってるんですけどなかなか満足できなくて!」

「………烏丸さん、どっちもどっちという言葉を知っておるかのう」

「えっ」

どうしてだか学園長の視線が急に冷たくなった気がした。まったくもってワケが分からない。

「とにかくその話から察するに、烏丸さんは今の現状も沖田という人間による嫌がらせなのだと思っているのじゃな。そしてワシらも沖田の仲間では疑っておる」

「そ、そうです。だから私を騙そうとしているのなら早く止めて欲しいんです!言っときますけど私はもう老人相手にだって容赦しませんからね!今すぐ本当のことを言わなきゃ肩叩きしてあげませんよ!」

「ふむ、烏丸さんが老人に優しい性格だということはよーく分かった。しかしじゃな、いくら追及されようともワシらは先ほどから真実しか話しておらんのじゃ」

「……そ、んな、それじゃあ本当にここが別世界だとでもいうんですか?そんなの、」

「信じられぬという気持ちは分かる。じゃが烏丸さんよ、外を見てみるが良い。恐らくお主は他の天女と同じように進んだ文明の世界に住んでおったのじゃろう?対してこの世界はどうじゃ。空を飛ぶ鉄の塊もなければ遠く離れた友人と話す機械もない。そんな場所が烏丸さんの世界にはあったのかのう?」

「………そっ、」

ヘムヘムが開けた襖の向こうを見て、私は反論しようとしていた口を閉じる。庵の外に広がる世界は私が生活していたかぶき町とは似ても似つかない光景だ。空は天人の舟なんて一つも飛んじゃいないし、景色をさえぎる高層ビルもない。他の惑星じゃないかとも思ったけど、それなら宇宙船の存在をここの人たちが知らないワケがない。

「………マジで、」

やってらんねぇ。なんで私がこんなワケの分からない目に合わなきゃならんのか。今まで比較的清廉潔白に生きてきたつもりだった。そりゃ攘夷戦争に参加したり沖田に嫌がらせしたりとかはしたけれど、だからっていきなり天涯孤独の身にさせられる覚えはないぞ。

見知らぬ土地に放り出されたのだという事実を受け入れざる得なくなった瞬間、私の目からは涙が零れ落ちていく。

「私、私っ…、元の世界に好い人がいたんです!銀ちゃんっていって、ちょっとだらしないけど優しくて男らしくて、でも照れ屋で、ぜったい私のことが好きなくせになかなか告白できないような人でっ」

「ん?」

学園長が私の台詞の最後らへんで首を傾げたのにも構わず、私はぐしぐし泣きながら言葉を吐き出した。

「それにっ、も、元の世界じゃお店を開いてたのに、放ったらかしなんかにしたら沖田の奴に、いっ、いかがわしい店に改造されるに決まって、うぅ……」

「……元の世界に残してきてしまったモノが沢山あるんじゃな」

学園長は泣きじゃくる私を気遣わしげに見て、しんみりとした表情を浮かべる。そして慰めるような声で、一言。

「元の世界へ帰れる時まで数ヶ月かかるが、それまでこの忍術学園で生活しなされ」

「…………………………………………え?帰れるんですか?」

「ん?言っておらんかったかのう」

一瞬で涙が引っ込んだ私に、きょとんとした表情で答える学園長。

「今までの天女は大体数ヶ月ほどで元の世界に帰っておるようじゃよ」

「………………それを先に言えやクソジジイぃぃぃッ!」



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(思わず木刀を振り上げた私は絶対に悪くないと思う)


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