Novel | ナノ

忍術学園とやらに連れて行く、という仙蔵くんの言葉を私は上の空で聞いていた。ちなみに差し出された仙蔵くんの手をなんとなく外国人のノリで「ヘイヘーイ」と叫びながら叩いてみたけど、仙蔵くんからの反応はとくになかったという。ツッコミのいない空間はキツいです。カモンしんぱっつぁん!

そんな、ちょっと精神状態の危うくなっている私をもっぱら慰めてくれたのは伊作くんだった。私の隣を歩きながら「学園についたらまずは両手の平の傷を手当てしましょうね」だの「大丈夫ですよ、これからのことに関しては学園長が考えてくださるはずですから安心してください」だの励ましてくれる伊作くんマジ天使。

でも、しょっちゅう転んだり落とし穴にはまったり崖から転落したり鳥のフンに命中したりと、もはやシャレにならない不運を連発するのは何でだろう。途中から伊作くんから距離を置いた私は悪くないはずだ。私だって命は惜しいもの。

「へー、これが忍者を育てる学園なんだ……」

目の前にそびえ立つ建物を見上げて、私はぼんやりと呟いた。忍者ってことは、さっちゃんとか全蔵みたいな人が沢山いるんだろうか。納豆臭かったり痔で悶えてる人がいたら嫌だなぁ。

まだ状況に思考が追いついてない私がまず案内されたのは、忍術学園の医務室だった。どうやら空から落ちた時に負った怪我の手当てをしてくれるらしい。伊作くんに筆で傷薬を塗られながら、なんとなく「痔って治りにくいのかなぁ」と呟いたら、危うく私が痔持ちなのかと思われかけた。下手なことは口にするもんじゃないね。

ちなみに仙蔵くんは「私は先に学園長に話を通してくる」と言って、どこかへ消えてしまった。正直、仙蔵くんに対してはあまり良い印象がないのでありがたい。―――例えば森の中で最初に感じた殺気とか。あれは確実に仙蔵くんが発していたモノだろう。伊作くんたちが現れた瞬間に殺気が消えたし、会話中にも仙蔵くんから何度か敵意を感じたし。

殺気といえば、この学園も色々おかしい。私が入ってからビシバシと視線を感じるのだ。それも、ただの部外者に対する視線とは違う強い敵意のこもった視線。

「はい、怪我の手当てはこれで終わりですよ。包帯の巻き心地はキツくないですか?」

「ううん大丈夫。握りしめてもキツくならないし丁度いいよ。こんなに丁寧に手当てしてくれてありがとうね」

正直、すり傷くらいでこんなに大袈裟な手当ては必要ないんじゃないかとも思ったけど、伊作くんが嬉しそうに笑っていたので黙っておく。それにしてもコレ、厠に行った後で手を洗う時どうすれば良いの……。

救急箱を片付ける伊作くんの横で、巻かれた両手の包帯をジッと見つめていた私。すると伊作くんが「それでは学園長先生の庵に行きましょう」と言いながら振り返ったのだけれど、私の表情を見るなりまるで励ますかのように優しく笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ、学園長先生は根は良い人ですから。きっと衣織さんのことも悪いようにはしないはずです」

「…………う、うん」

どうやら学園長に会いに行くのを不安がっていると思われたらしい。まさか厠事情を心配していたのだとは言いにくかったので私は何も言わずに頷いておいた。なんかゴメン、伊作くん。

医務室から出た私は、学園長とやらの庵に向かう伊作くんの後ろをついて歩く。歩いている途中で目に入る光景は見慣れないモノばかりだ。見かける子供たちはみんな忍装束を着ているし、的に向かって手裏剣を投げている子供もいる。そういう光景を見てようやく、本当にここは忍者を育てる学校なんだなぁという実感がわいてくる。それでも私の頭はまだフワフワしていて、今でも沖田の奴が『ドッキリ大成功』と書いたプラカードを持って出てこないか期待しているのだけど。

(それにしても視線が痛ぇ……)

「あっちに食堂があるんですけど、ここの食堂のおばちゃんの料理は絶品なんですよ」という伊作くんの話を聞き流しながら、私は向けられる視線の主たちをそっと見やった。運動場で遊んだり鍛練をしている子供たちは伊作くんの後を歩く私に気付くとピタリと動きを止めるのだ。そして冷めた目でこちらを眺めているくせに、私が顔を向ければニッコリと嘘臭い笑みを浮かべるという。なにコイツら怖い。

さらに恐ろしいのは、彼らの口元が声こそ聞こえないものの明らかに『てんにょさま』と動いていることだった。仙蔵くんといい伊作くんといい本当に何なのコイツら。人のこと勝手に天女天女言いやがって、ところてんの一種か私は。なんかここまで天女様天女様って言われてると『実は私って天女なんじゃね?あーそういえば昔天女だったことあるかも。今はちょっと忘れてるけどもっかい復習すれば思い出せるくらい天女だわー』みたいな気分になってくるから不思議だ。あれ、もう天女の意味が分からなくなってきたぞ。

「ねぇ、伊作くん。天女って食べたら美味しいのかな」

「え?衣織さんって食べられるんですか?」

「やめてよ、そんな怖いこと言わないで」

「え、え?」

前を歩く伊作くんの反応からして、やっぱり私は天女らしい。天女とは一体何ぞや。



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(学園長とやらに訊けば分かるのだろうか)


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