六話

少女のナイフを持った右手はビタッと空中で止まっていた。
一体どういうことだろうか。

瞬間、男の足が目の前に来て、回し蹴りだと理解し後ろに反りながら距離を取った。
スピードは少女のほうが上だとお互いに理解する。

しかし、何なんだろうか。
何かが男を守っている。
少女はナイフがはじかれるというよりも届かないような感触を覚えた。

「お前の攻撃俺には通じねえよ。」
続けざまにナイフによる攻撃を仕掛けてみたが、すべてびたっと止まり、逆に男の蹴りやこぶしが少女を掠めていく。
試しに見えないところからこぶしを叩きこんでみるも同じように止まってしまう。

少女の攻撃が通じないことに安堵した。
この男は殺されてくれない。
殺さずにすんでいる。
そう思うと少女に笑みがこぼれてくる。

「うーん、通らないですかあ。」
しかし攻撃方法は模索しなければと思考する。

はて、害があるものを自動で通さないようにしているのか、もしくは害があると男が認識したものを通さないのか、または両方を切り替えて使用しているのか少女にはわからなかったが、少女に攻撃が入る時点で自分からは触ることができるのは確実。
物と呪力によってもバリアの効果が違う可能性がある。
呪力よりもナイフメインのほうが通るだろうと判断した。

そういえば殺した術師から聞いたことがある、五条家の血族のものか。
不意打ちなら通るかもしれないな、と思考した。

「もう一度言う、お前最近呪術師殺し回ってる犯人か?」
男が攻撃をやめ、質問してきたので少女も攻撃をやめた。

「覚えがないですねえ。」
「嘘つけよ、お前の目殺す気満々じゃねえか。」
周りは街灯しかなく薄暗いため目自体は真っ黒ではあるが、少女の目は爛爛と輝いているように見えた。

少女はあたりを瞬時に見渡し、橋向こうから人が近づいて来ることを確認した。
男も気が付いてはいない。
運がいい。

そしてそれを悟られぬよう、適当なことを口にして時間を稼ぐ。
「あなた名前はなんていうんですか。」
「あ?言うわけないだろ馬鹿か?」
「そうですかあ、では適当に五条さんと呼ばせていただきましょう。」
五条は視線をこちらから外さない。

「知ってんのか。」
「さあ……ちなみに私とお付き合いしていただけませんか?とっても好みですう。」
「は?ぶっそうな女と付き合う気はないね。中身も真っ黒だしな。」
少女は悪態をつくその姿も愛おしく感じた。
なんだか楽しい。

「顔は良いほうだと思うので、外見で選んでいただけませんか?」
「無理。」
「残念ですねえ。ちなみに私をどうするか決めています?」
来た、自転車だ。
数秒でこちらにくるだろう。

「指示は受けてねえからな、適当に捕まえて監禁する。」
「そうですかっ……」
そう言ってナイフをホルダーにしまいながら河川敷の坂を走って上がっていく。
速度はそこまで早くない。

「は?逃げんのかよ!!!!」
慌てて追いかける五条にはライトと自転車の車輪の音が聴こえた。
「助けてください!!!」
「えっ?!」
「なっ!!!!」

自転車に乗った若い男が自転車を止める。
少女が顔を隠しながら男に近づいて「変な男に追いかけられているんです。助けて。」と言いながら自転車の後ろに隠れる。
「ええっ、だ、大丈夫?!」
「はっ?!てっめえ!!!」
「あの男です。」
若い男は自転車から降りて、五条の元に走っていく。

「ちょっと君、話を聞かせてもらおうか。」
「は?いや……。」

混乱する五条に男は近づいていく。
さすがに一般人にバリアなんて貼るわけない、と安易な考えだが少女は期待する。

腕を握ったその瞬間。
少女は若い男の首の後ろに手刀を繰り出し五条の首に飛びつきながらキスをした。

「んう?!」
柔らかい唇に感触がしてきちんと触れたことに安堵し、男の混乱に乗じてホルダーのナイフを抜き背中から左手でナイフを刺す。
後ろからドサッと男が落ちる音がしたが気にせずにナイフを押し込んでいく。

刺さった。

「ぐっ……。」
「んちゅ、あ。」

間違えた。
間違えて心臓がないほうにナイフを刺してしまった。
慌ててナイフを抜こうとしたが叶わず、五条に胸倉をつかまれて投げられた。

「おっと。」
空中で体制を整えて地面を滑る。
ジャーッと道路と靴底が削れる音がした。

「てめえ……。」
目の前の五条は背中に刺さったナイフを抜いており、地面に血が滴っている。
致命傷ではないだろう。

しまった。
実験は成功だったが、武器が回収されてしまったため少女は成すすべがなくなってしまった。
五条は術式を発動させようと、手を前に出した。
しかし少女が制止する。

「待ってください。」



「は?」
「ナイフ、返してください、形見なんです。」
と、言いながら片手を前に出す。

現状少女が使える武器であり、父の形見でもあるナイフが取られてしまったためどうしようもない。
そしてそれは今まで呪術師を殺してきたナイフのため刺し傷と一致するだろう。
また回収された場合は術式を込めたことがあるため、今後一度でも術式を使用したら一環の終わりだ。
このナイフはれっきとした証拠なのだ。
慌てずに、回収しなくてはいけない。

「返すわけねえだろ……!」
その言葉を聞き、少女は仕方がなく提案を行う。

「ナイフ、返してください。今回は見逃してあげるので。」



「……はあ?!?!俺が見逃す立場だろ頭湧いてんのか?返すわけねえ。」
少女の顔は相当にぶすくれている。
そして、五条をにらみつけながら、ゆっくりと答えた。

「見逃してあげます。」
「……だから。」

「夏油傑を。」












「……………は?」
五条は驚き、混乱したような顔をしている。

「……お前、何言ってんだ?…………誰だそりゃ?」
ハッタリだ。

少女は予測をしているだけだ。

呪術高専の制服、おそらく知り合いであろう。
問題は、五条とともにこの県に来ている可能性があるというところだ。
そして夏油傑は呪霊を取り込んでいる。
呪具の範囲内であれば、ショートカットが可能かもしれない。
追加でハッタリをかませば、あるいは。
予測が当たっていることを願う。

「ならそれはあげますう。代わりにあなたが知らない男が一人死ぬだけです。では。」
そう言ってこの場を離れようとする少女に五条は術式を展開する。
「殺す。」

「はあ。」
ダメか、と彼女は後ろ手で呪具を発動した。
















五条悟は焦った。
攻撃を行ったはずが、なんらかの方法で目の前にいた少女が逃げたからだ。
五条は血のついたナイフを持って、走った。

急いでホテルに戻り、慌てて夏油の部屋のチャイムを押すが出てこない。
それどころか電話も通じない。
冷汗が流れる。

「傑、早く出ろよ!!」
何度もかけるが、携帯から流れる音声は電波が届かないところか電源が切られている、と流れ続ける。

ジリリリリ。

焦る五条は、夏油の部屋ではなく自分の部屋からコール音が聞こえてくることに気が付いた。
ホテルの備え付けの受話器だ。
自分の部屋に入り、恐る恐る電話に出た。

「……はい。」

「返してほしいですかあ。」
「てめぇ……」
声の主は先ほどの少女だ。

「ふざけんな傑どこやった。卑怯者が。」
「……形見なんで返してほしかったのですがさっきから態度悪いのでもういいですう。別に呪術師殺すのに順番も何もないですし。はあ、では……」
「待て!!!!!」
ここで切られると夏油が殺されることは必須。
仕方なく止める。

「…………何ですか。」
「……何が目的だ。なんで呪術師を殺しまわってんだ?」
「それを知ってどうするんですか。」
少女の声は冷たい。

「なんで傑が殺されなくちゃなんない?」
「別に夏油傑じゃなくてもいいんです、家入硝子でもいいんですよお。」
「なんで、硝子の…………。」
「あはは、なんででしょうねえ。」
「ふざけんなよ……」
普段であれば力でどうにかできるものの、今回ばかりは五条にはどうすることもできない。
無力感が襲う。

「私のこと、知りたいんですか?」
「知りたかねーよクソッ。」
「ならいいです、放っておいてくださいね。私が誰を殺そうが関係がないわけですから。」
今ここで逃すのは得策じゃない。

「……ちっ、知りたい。」
「へ〜そうですかあ、じゃあお付き合いしましょう。そしたらお互いに理解できるかもですよ。」

「私、あなたのこと本当に気にいってしまったんです。」
五条は無言だ。

「……OKだったらベランダから下に私のナイフ投げておいてください。もし、人質交換のみでも応じてくれるのであればナイフは夏油傑の部屋のベランダにでも投げてください。」
五条は唇をかみしめて、ベランダからナイフを投げた。

もう一度受話器を取ると、少女の声が聴こえた。
「素直じゃないですねえ、見逃すのは今回だけですよ。」
「うるせえ。」

「このこと、他の人には内緒にしてくださいねえ。」
そう言って彼女からの電話が切れた。


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