八話

「荷物、それしかないの?」
同級生となった灰原は、少女の荷物を見て言った。

先ほど挨拶を終えて、自己紹介を少しした灰原はとても明るく元気がいい青年だ。
奥で黙々とに運びをしている七海は大人しい性格のようで必要がない限り話かけてこない。

本日から寮で生活することとなった少女は、自宅から持ってきた荷物を自分で東京まで運んできた。
少女が部屋に運ぶ荷物は大き目の段ボール1個しかない。
足元に元の学校のカバンが一つ置いてあるくらいで、少女はその1つの段ボールを軽々と持ち上げていた。

三人ともまだ制服が届いていない。
灰原も七海もラフな私服なのだが、少女は前の高校の制服を着ている。
少女が持ってきた段ボールには下着と靴下とタオルとワイシャツ、食器類が1種類づつ、そして童話集をぎゅうぎゅうに詰めている。

これから女子寮の方に持っていくつもりの少女だったが、入り口に男子陣の段ボールが積まれているのを見た。
灰原の方には見えるだけでも10個ないくらい。
奥の七海も同じくらいだ。

「そうですよお。」
「しかもその段ボール軽そう、あ、もしかしてこっちに来てから買う予定?そうだったら僕と七海買いに行く予定なんだ。一緒に行かない?」
笑顔の灰原に少女も笑顔を返す。

「うーん、残念ですが買う予定はないですねえ。」
「え!そうなの?物を持たないタイプなんだね!」
そう言って「七海〜」と叫びながらふらふらっと駆けていく灰原を見て、少女は少し顔を下に向けて部屋に運んだ。



早々と荷解きが完了した少女は寮内を練り歩く。
共有スペースにキッチンやら大きめの冷蔵庫が置かれており、がぱっと扉を開けると中にばらばらとした食材が入っている。
物によっては名前が書かれてある。
調味料もいくつかあり、フライパンやなべなどの調理器具、食器類も棚に入っているようだ。



不安と期待で胸がいっぱいだ。

少女は呪術師殺しの存在を終わらせるため、自分の身代わりを用意した。
父の形見のナイフと、娘の復讐のために喜んで処刑を望む呪詛師を傀儡に、この世に呪術殺しの犯人はもういないということになった。
自宅の荷物も証拠になりえるものはすべて破棄した。

これであの黒髪の男以外の証拠は存在しない。
あの男は呪詛師のようなので、安心して高専に潜入ができる。

簡単な筋書きはこうだ。
父親が海外で仕事だと言ってからいくら経っても連絡が取れず帰ってこない。
自分は昔から変なものが見えていて、そいつがやったのかもしれないと考えた。
調べに調べた結果、呪術高専なる組織があることを知った。
父の死の真相を探るため、そして自分の身を守るために呪術を学びたいとこの学校に来た!

これが呪術高専の教員たちが把握している情報だ。
自分の呪力は表に出して、あくまで呪いは隠す。
はたから見ると一般上がりの呪術師が出来上がるという寸法だ。
きっと穴だらけの作戦ではあるが、ある程度はごまかせるだろうと踏んでいる。

安くはあるが、新しいナイフも買ってホルダーにセットしているし、呪具は護身用に昔から所有していたものとして高専に登録済み。

これで晴れて自由の身となった少女は、堂々と高専の門をくぐったのだ。











荷解きが終わった3人でぷらぷらと学内を見て回っていたのだが、外で授業をしていた2年らを発見したので見学をしようと近づいた。



「ということで、今年の1年たちだ。お前ら面倒しっかり見ろよ。」
そう言って夜蛾は新しく入った1年生である3人を紹介していく。

今年の3人は3人とも一般の出で一からスタートすること。
そして寮や教室の説明はしたが今後の任務については2年と一緒に組むことがあるから仲良くするようにと話している。

「以上だ。何か……五条、何をしている。」

五条が少女に向かってずんずんと近づいてガンを付ける。

「お久しぶりですね、五条さん。ちゃんと首洗ってきましたよう。」
少女は挑発するように指をくいくいと引くように揺らす。

「まさか入ってくると思わなかったよ。」
「夏油さんも家入さんもお久しぶりです。」
「私は初めて会うんだけどね。」
「確かにそうですね。」
七海と灰原には五条以外は和やかな雰囲気のように見えるが内心はどうかわからない。

「うまくやったもんだな。」
「なんのことやら。」
けんか腰の五条を夜蛾が止める。

「五条!……お前たち知り合いなのか?」
その言葉に少女が「五条さんの彼女でーす。」とおちゃらける。
「俺はお前の名前もさっき知ったけどな。」

「いやですねえ、キスまでした仲なのに……」
「そのあと刺されたけどな!」
ふくれっ面をする少女に蹴りを入れるが、ひょいと避けていく。

灰原が隣で七海をゆすりながら何か喚いているようだが、二人は気にせずに話を続けている。

「いつになったら信じてくれますかあ?」
「お前のことは一生信用しない。」
「大人げないですねえ。状況証拠の推論しかないくせになんでそうトゲトゲするんですか?」
五条は言葉に詰まった。
改めて思うと、確かにそうだったと思い出した。
少女が人を殺しているところは見たことが、ない。
実際は呪術を使うものは片っ端から殺しまわっていたので間違いではないのだが、犯人は仕立てたし証拠もない。
ただの勘にすぎないのだ。

「……傑と梢子の件についての弁解は聞いてない。」
「後でちゃんと話しましょう。」



「まあそれはおいといて、前回の借りくらいは返さしてくれよな?」
五条は親指を立てて首の前でスライドさせて挑発した。
それを見て少女がくるりと夜蛾の方を向きながら五条を指さす。
「彼氏からのお願いであればしょうがないですよねえ。せんせーいいですか?」

「まあ、体術の訓練がてらやってこい。」
呪骸がぴこぴこと旗を持って校庭に進んでいく。

白いブレザーを脱ぎ、灰原に渡した。
「ポッケに物入ってるんで持っててください。」
「了解!」
少女はワイシャツの袖のボタンを外し、パタパタとさせる。

「何でもありな。」
「無下限使われたら触れないんですけどお。」
「はっ、護身用のナイフはどうしたんだあ?」
「根に持ちすぎでしょう。」
二人は呪骸についていく。












「用意……はじめ!!」

初めに動いたのは五条だ。
「最初は無下限使わないでおいてやるよっと!」
回し蹴りを上段に入れ、上半身をそらした少女の腕を掴んで投げつける。

「私も武器はやめてあげますよっと。」
が、その勢いを使って少女は五条の胸倉をつかんで重心をずらしていき首に足を引っかけていく。
五条が引っ張った腕は少女が上着を素早く脱いだことによって外れた。
瞬間的にパッとサングラスを奪い、自分に掛けた。
飛び跳ねて距離を取る。

「うーん、サングラスはじめてかけました。あたりが真っ暗です。」
きょろきょろする少女にイラつきながら五条はこぶしを放つ。
放ったこぶしから袖を取って少女は膝を使って蹴り上げる。
「がっ!」

完全に顎下に入り一瞬意識が飛びかける五条の腕と胸倉をつかんで背負い投げを決め込むが、五条はバランスを取って着地をし、回して蹴りを決める。
長い足が少女のみぞおちに入った。

しかし浅かったようで、ダメージはなく後ろにバク転して着地した。
少女はサングラスを見ずに夏油に投げつける。
「おわっ!」
「ナイキャッチ。」
夏油の方に少女は笑いかけた。

「……チッ!」
五条が走って向かってきたところを少女が足払いするためにしゃがみながら足をかけるが、避けられて五条が前かがみで両手を伸ばす。
少女が手を払いのけようと右腕を振ったが五条の目の前でビタッと止まる。

「バーリアッ!!!!」
「ずるっ……ぐっ!」
満面の笑みで血走った眼を向ける五条に胸倉をつかまれて回転しながら投げられた。
地面を滑りながらホルダーからナイフを取り出し、自分の左腕を刺した。

「……はあっ?!」
ナイフを勢いよく引き抜き、顔面に滴る血を口に一気に含んで走りながら五条にブーッと吹きかける。

「うわっきったね!!」
血は五条にかからなかったがすかさず少女はワイシャツを脱ぐ。
ぶちぶちとボタンが飛び散るが、気にせず五条にかぶせる。
無下限でガードしてはいたが五条が顔にかかったワイシャツを手で取る。
瞬間的にそれを確認し、ワイシャツごと首に飛び蹴りをしてそのまま地面に倒した少女は、五条の鎖骨を踏みながらナイフを首にあてる。

「勝負あり、でいいですか?」
呪骸が少女の方に旗を揚げた。

唖然とするのは五条だけではなかった。
「……やり口が汚ねえ。」
「なんでもありって言ったのはそっちです。」
足をどけてナイフをホルダーに戻し、しゃがみながら少女は脱いだワイシャツを回収する。

「君の彼女は対人戦においちゃあ負けなしなんですよお。」
口と腕からだらだらびちゃびちゃと血を流す彼女がにやりと笑った。



「……はあ、つーかその年でスポブラってガキかよ。色気ねえな。」
五条は立ち上がり砂埃を払いながら皆がいる方向に向かった。
少女は少し顔に影を落とすが、すぐに笑顔で悪態をついた。

「あはは、犬が吠えてますね。」
「くっそアマ死にさらせ。」


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