最後の晩餐

人がちらほらと歩く街中に私は来ています。
桜は散りかけていて、さわやかな風が通り抜けてとても気持ちがよい夜です。

「七海さんお久しぶりです。お待たせしました。」
私は薄い金色をした髪をしたスーツの男性に駆け寄ります。

眼鏡をかけているこの男性が私の待ち合わせ相手です。
一昨年のいつだったかにSNSで知り合いました。
何度かやりとりをして、電話を掛けたりなんかしながら何度目かの待ち合わせです。

憧れていた都会の食事事情が気になって、調べに調べていたうちの一つです。
田舎者の私がSNSでやり取りをするまでに時間はかかりましたが、いろんな人と出会えるまでになりました。
何人かに会いましたが続いたのは七海さんだけでした。
落ち着いた話し声、優しい気づかい、なんとなく一緒にいて楽になります。

年齢も近く、本人曰く会社員だとか。
今日も私が行ってみたいお店に連れて行ってもらえることになったのです。

「いえ、時間通りだと思います。」
振り返る男性はなんだか気だるげながらもしっかりと受け答えをしてくれるとてもやさしい方です。
時間は19時より前、待ち合わせの時間も大体同じ時間です。

「ではいきましょう。」
「はい!」
彼の横につき、おしゃれな街を歩きます。



隣には少し年上の結構好みな男性、ほどよくお腹がすいて、周りにはきれいな街並み。
元々都会を憧れていた私です。
毎回ながらなんだかデートをしているみたいで、ドキドキが止まりません。
手なんかつないだ日にゃあ憤死してしまいそうです。

でもごめんなさい。
楽しんでごめんなさい。

私は、この男性だけでなく、世界中の非呪術師を殺す一種のラスボスの幹部です。

私はこの時間がとてつもなく楽しく思えてしかたがありません。
だから本当に、ごめんなさい夏油様。

私、この食事が終わったら、死のうと思います。













私はしがない呪詛師です。

元はどこかの島だかわからない地方で暮らしていた、ひ弱な呪術師でした。
他人の呪力などもまったく見えませんし、感じません。

小さいころから危ないものが見えていました。
それが原因で学生の頃はいじめにあっていました。
親からもあまりいい扱いは受けていませんでした。
しかし時折見る危ないものが悪いものだということは本能的にわかっていましたので、襲われる人は可哀そうだなとできる限りのことはしてきました。

そうするのとしないのでは心の持ちようが違ったのです。
やはり人のため、というのは救われるなにかがあったのでしょう。

親は本土の高校まで行かせてくれました。
なんだかんだいっても、親なのです。
しかし友達もおらず、趣味もないただ都会に憧れた学生は暇で暇でしょうがなかったのです。
そして手を出してしまいました。
山々にいる神々と呼ばれるものにです。
弱くはありましたが、まれに行方不明が出ていることを知っていました。

危ないものだとわかっていたため、私は祓ってしまったのです。
行けるだろうと踏んで、安易に。

もう怒り狂わんばかりに知っている人知らない人すべてに詰られました。
両親は顔を青くして、私にはなにも言いませんでした。
周りの人に謝っているのを見た気がします。
その時ばかりは私が悪いと泣きながらすべて受け入れました。
これ以上悪さされてはかなわないと、人気のないどっかに監禁されたりしました。

しかし、早何年それは終わりました。
夏油様がそこから出してくれたのです。
夏油様は言いました。


すべて、非術師が悪いのだと。


その時私は納得しました。
私は良い行いをしたのに、彼らは悪いことだと決めつけて私を忌み嫌っていたと。
あれを生み出したのは非術師だというのに。
私にはひどいことをするのだと。
非術師さえいなければこんなことにはならない、楽園を作ろう、と。

私は喜んで夏油様の手を取りました。

こうして世界の9割を占める人類選別計画の一員に加わることとなりましたとさ。











並ぶ食事に笑みが止まりません。
私はしょっぱい肉に目がないのです。
野菜も好きです。
「いただきます。」
手を合わせて、さっそく口に運んでいきます。
目の前の七海さんも手を合わせてから次々と手を進めていく。

「ああ、生ハム好きです。おいしい、おいしい。」
「もう一皿頼みますか?」
「うーん、他のものがおなかに入るかわかりません。」

七海さんはちらりとパスタを見て、言いました。
「量が多そうなもの私が多めに食べますよ。」
「では頼んじゃいます。」
すぐに店員さんを呼んで、スマートに頼んでくれる七海さんが素敵で私はとても嬉しいです。
なんとも優しい。

「そういえば、来る途中にみたドーナツとてもおいしそうでしたね。」
先ほど見たガラスの向こうには、奇抜ではないにしても並んでいるだけでおしゃれが漂うドーナツがあります。
おいしいに違いありません。
しかし、食べれはしないでしょう。

生ハムをほおばる私に、七海さんは提案してくれます。

「そうですね。近くにあるチョコレート屋なんかもお気に召すかもしれません。」
「あら!それは困りました。七海さんのおすすめとは、おいしいに違いないですね。」
チョコレート、それはグルメとおしゃれの極み。
口の中に唾液がたまります。
生ハムが進みます。
笑いながら赤ワインを口に少量流す。

「買うとなると家族用と自分用に多めに買わなくていけません、ドーナツとチョコレートの配分を脳内で計算しなくては。」
云々と悩むふりをする私をよそに、七海さんは言った。

「家族思いなんですね。」
七海さんは優しい。
ずっと残業ばかりだと言っていたから疲れているだろうに、言葉の端々から私に対しても気遣いが見えます。
私がどんな人間かも知らずに、とてもやさしくしてくれます。

「そうでもないです。意外と薄情です。」
にこにこと笑う私に七海さんは話題を変えてくれます。

「そういえば、私転職しました。」
その顔はなんだかすっきりしたようで、なんだか良いことのように見えました。

「はて、転職ですか?以前は証券会社でしたよね。」
「よく覚えていますね。ぶっちゃけますと適性があるほうに変えました。」
「なるほど。」
そりゃそうです。
私が関わる人間は極端に少ないのです。
家族かSNSで知り合った誰かぐらいで、両手で数えられます。

「お疲れだったみたいですし、環境が変わるのは良いことですね。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
なんだかうらやましく思えます。
「ふふ、長い間お疲れ様です。何になったんですか?」
「公務員です。」
濁すってことは機密事項の多い職種でしょう。

「それじゃあ詳しいことは言えませんね。多くを聞くのはやめましょう。」
「そうしてもらえるとありがたいです。」
苦笑しながらワインを傾ける七海さんは、とてもかっこよく見えました。

「残業多くないといいですね。」
「残念ながら、さっそく残業が……。」
「あ、あらあ。」



私は夏油様の元で働いて何年でしょうか。
毎日非術師をゴミのように動かす夏油様は資金集めに奮闘しています。
会計的な部分を任されていて、頑張って勉強したので最近は難しい仕事はありません。
仕事としては楽な部類でしょう。

夏油様が楽しそうにしていて、家族が嬉しそうにしていて、それは私も嬉しいことです。
しかしそれを見ていると、なんだか心が落ち着かなくなりました。

それはきっと、夏油様が私の元家族を殺してしまったからでしょう。












彼曰く、島にいる他の奴らは後でまとめて始末しよう、とのことでした。
今大量に殺してしまうと足が付く可能性があるから、と。
元家族が死んだと知ったのは、今年の初めでした。

テレビで、私の生まれ故郷が映ったのです。
そこにはまだ住民が住んでいて、私の元家族が映るかな〜なんてじっと見ていたのを夏油様が見て教えてくれたのです。

「そうなんですか。」
そういった私に夏油様は笑いました。
「大丈夫、すぐ殺すよ。」



それを見て思いました。
私がやりたかったのは、両親を殺すことだったのか?と。
これからやりたいのは島の者たちを殺すことなのか?と。

非術師が呪いを生むのはわかっている。
原因を絶つのが当たり前なのはわかっている。
死すべきだと言う夏油様のいうこともわかる。

そのあとすぐに七海さんのことが頭を過りました。
あの人は非術師だけど優しかった。
自分だって疲れているのに、自分だって……疲れているのに優しかった。



そのとき思い出したのです。
両親はいるだけで他の住民からひどい扱いを受ける私を高校までお金を出してくれていました。
それどころか、小さいころは愛情をもって接してくれていました。
私は覚えています。

そうです。
呪いがあろうがなかろうが、私を思ってくれていた事実は変わりありません。

呪いはないほうがよいのはわかっています。
呪いを生むのは非術師なのはわかっています。
しかし、両親は存在してはいけない存在だったのでしょうか。

あの愛情は、非術師だとか、術師だとかそんなものは関係ありません。
両親は、私が山の神を祓ったとき、私になにも言わなかったのです。
私のせいだなんて、言っていないのです。
謝っていたのは保身のためでしょうか。
本当に、そうなんでしょうか。
もうわからない。
もう会えない。



私は、なんてことをしてしまったのかと。
絶望しました。
もう夏油様の元では働けないと思いました。



私は笑ってその場をやり過ごしました。














「転職ですかあ。」
七海さんは、自分の居場所を変えられる人なのだ。
私は、悩んでも悩んでもずぶずぶにはまってしまって結局抜け出せないのに。
なんともうらやましい話だ。

七海さんは私の心情に気が付いたのでしょうか。
「今の職場に悩んでいるんですか?」
「……仕事は楽なほうです。ただ、上と少し、考えが違って来ている気がします。」

「それは精神的にきそうですね。」
「そうですね。本当に、あはは。」



そこから言葉が出てこなくなってしまいました。
せっかくの、楽しい最期の晩餐だというのにもったいないと思います。
目の前には好物と、素敵な男性。
せっかくの、締めくくりなのに雰囲気が暗くなっていくように思います。
でも、なんだか怖くなってしまいました。

ぽつりと、口から絞り出すように言葉が漏れました。
「本当は今日、この後死ぬ、つもりなんです。」

七海さんになら言ってもいい気がしてきました。
お酒が入っているのも要因の一つかもしれません。
本当は死ぬのを止めてほしいのかもしれません。

「……仕事が、原因ですか?」
「まあ、関連はしていますが、知らないでいて、欲しいです。」
「そうですか。」
七海さんの声色は優しい。
優しい声色に余計に言葉が出てこなくて、どうしたらいいかわからなくなってしまいました。



そんな私に七海さんは言いました。
「その最期の晩餐に、私を選んでくれたんですか。」
「……え。」
「熱烈な告白ですね。」
「……え、あ。」
頭が回らず、顔が熱くなりました。
そうでしょう。
私は死ぬ前に七海さんと食事がしたかったと言っているのですから。

「あっ、いや、その…………そう、ですね。最後は七海さんみたいな素敵な男性と、デートが、したくて、あはは。」
「それは光栄です。」
慌ててパスタを口に突っ込みました。



七海さんは私を明るい気分にさせたかったのでしょうか。
「いいんですか?」

「……んぐ……ごくん。何をですか?」
「私と付き合えなくて。」

空いた口が閉じません。
そして気が付いた。
「……ごめんなさい、そうですよね。逆に七海さんと付き合えないと死ぬと言っているみたいになってしまいました。」
「……で、いいんですか?」
いつだって七海さんは優しいのです。
こんな言葉が聞けるだけで儲けものでした。

「あはは、この話はなしにしましょう。せっかくの美味しくておしゃれな食事が冷めてしまいます。」
もうそろそろ新しい料理が届くはずだ。

「別に死ななくてもよいのではないですか?」
「こんな話してすみませんでした。食事中に本当にすみません。気分を害してしまって。」
「いえ……私は止められないのでしょうか。」
まあ、目の前で死にそうな人間がいたら止めるでしょう。

「なんていえば良いんでしょう、私カタギ?ではないのです。どちらにしても色々と知りすぎています。おそらく殺されるか監禁されるか、逃げることもできないでしょう。遺体も残らないと思います。」
私は困ったように笑いながらサラダを口に入れます。
美味しい。

「もう、やめたい。でも逃げられないし裏切れない。」

「楽に、なりたいんです。」


七海さんは真剣な顔して、こちらをじっと見つめている。
「……自殺するのと、私に殺されるの、どっちがいいですか?」
「……え?そりゃあそうなったら嬉しいですけど、七海さんに迷惑はかけられませんよ。せっかく公務員になったんですから。」
照れながら困った顔をする私に少しため息をついてから、ゆっくりと七海さんは言いました。

「……なんとなく、わかりました。」

そのあとは新しく運ばれてくる料理に舌鼓を打って、楽しく過ごせました。














食事を終えて、ただいま廃ビルに来ました。
すぐに別れるつもりでしたが、七海さんになぜか付き合ってほしい場所があると言われ、ここに連れてこられました。
人気がなく、陰気が漂っています。

先ほどの明るい街と違って街灯しかない少し街のはずれにあるこの廃ビルは、窓ガラスが割れていたずら書きが入口にありました。
それどころか、立ち入り禁止のテープがぐるりと巡らされていて、明らかに入ってはいけない建物なのです。



そしてふとこの住所、といいますか、地図上なので確かではないのですが呪霊がいるかもしれないことを思い出しました。
私は夏油様が取り込むためにピックアップしている呪霊が出るスポットの場所を記述してるのよく見ています。
行きたかったお店の住所と近かったので、覚えていたのです。
おそらくではありますが、ここはその一つのはずです。

確か、3級か2級の呪霊だったと思います。
非術師の七海さんがこんなところにいたらすぐに殺されてしまいます。
危ないと思いました。
あれは確かビル内を徘徊しています。
冷汗が流れました。

特に閣にも七海さんをここから連れ出さなければいけません。
級によって私は祓うことができません。
自殺予定の私はともかく、七海さんだけは逃がさなくてはいけません。

しかし七海さんはどんどん奥に進みます。
「あの、ここ危ない、と思います。ここになにがあるんですか?早く戻ったほうがいいです。」
「ちょっとここで待っていてください。」
「七海さん!」

そう言って七海さんは一旦外に出ていった。
よかったと思った瞬間、割れたガラス窓の外が夜よりも暗くなったように感じました。
どうしましょう。

しかしすぐに七海さんは戻ってきました。
私はもう一度言いました。
「七海さん危ないんです。あの、わかってもらえないと思うのですが、ここちょっと危ないんです。」
駆け寄ろうとした私に七海さんがこちらを見ながら歩いてきて、優しく言います。

「私があなたを楽にしていいですか?」
「……え、いやいいです、大丈夫ですよ。とにかく七海さんここ出ましょう。」



私はそのまま七海さんに抱きしめられました。
「えっ!!いや、そんな場合じゃなくて七海さん!」
「私じゃだめですか?」
頭の上から優しい声が聴こえてドキッとする。

「……で、でも」
「やっぱりやめますか?」

「だって、見つかったら。」
「大丈夫です、本当に大丈夫です。」
きっぱりと言う七海さんが不思議でしょうがありません。

「七海さんって実は悪い人なんですか?」
「世間的には違いますが、こういう提案をしてしまうのは悪いことなんでしょうね。」
「……本当に、いいんですか?」

「ええ、もちろん。」
その言葉に素直に喜びました。

「う、嬉しい。」
一人で寂しく死ぬよりずっと嬉しいです。

「お願いしても、いいですか?」
「はい。」
七海さんが笑った気がしました。

「あ」
「なんですか?」
「終わったらすぐにここから出てください。ここちょっと危ないんです。……あの、わからないと思うんですがそれだけは。」
「……わかりました。」



「ひ、一思いにお願いします!……って思いましたがなんか刺せるものとか、ありましたっけ?首絞める感じですか?」
七海さんから離れました。

「大丈夫です、実は持っています。」
「……本当に何者なんですか七海さん。」
「特殊な公務員です。」
「ははー、いやはや七海さんに相談してよかったです。」
こんなに運がいいことはないと思います。



「何か、言い残すことやしてほしいことありますか?」
その言葉に、ちょっと欲が出ました。
最後くらい自分からやりたかったことを言ってもいいんじゃないかって、期待しました。

「あ、あのその。」
「なんですか?」



「そ、その、キス、してもらってもいいですか?死ぬ間際、一瞬でいいので。」
ちらりと七海さんを見えると笑っていました。

「そのくらいならいいですよ。」
「本当ですか?や、やった〜!」
その言葉にほくほくの私は目をつぶりました。



ごめんなさい夏油様。
裏切ってごめんなさい。
あの場所から連れ出してくれたのに結局役に立てたかわかりません。
きっと恩は返せていません。
あの人たちを止めることも、止めるための行動すら起こせない私です。

「うふふ、んじゃ、お願いします。」
ドキドキが止まりません。
死ぬの、怖いです。
しかし、嬉しさと七海さんからキスされちゃうドキドキが勝っています。

すぐに唇に柔らかいものが触れ、一瞬ずるりと何かがずれるような音がして、体に力が入らなくなりました。




「おやすみなさい。」
優しい声が聴こえた気がしました。



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