あなたが、すきです。この言葉が、たったひとことが、こんなにも胸を震わせるなんてわたしは今まで知らなかった。本当に、彼はわたしにとって初めての経験ばかりで埋め尽くされている。道で野垂れ死にしそうになっていたり、みたらし団子を与えたら綺麗なその目をきらきらと輝かせたり、会ったその日に家に泊めてくれと言われたり、手をぎゅう、と握って看病をしてくれたり。思い出すと胸がずぐりと鳴って、苦しくて、逃げ出したくなるくらい、苦しくて。そんな記憶ばかり、遺していく。そんなひとは、あなたがはじめてだった。


「あなたが、すきです」
「…………」
「あなたのことが、すきなんです」


静かに、でもはっきりと、響いた音。わたしは、震える胸の奥のほうをぎゅ、と押さえ付けながら返事を返した。


「………どうして、そんな泣きそうな顔で言うの?」
「……だって、僕は!」
「エクソシスト、だから?」


自分で声に出して、鉛のような重たいものが胸の奥に生まれるのを感じた。エクソシスト。そしてアクマ。もうわたしたちは、見ないふりをした事実を、聞こえないふりをした現実を、この目ではっきりと見なければならないのだ。



day 7-1



エクソシスト。神の結晶を武器に、この世に蔓延るアクマという悪性兵器を無に還す存在。わたしはアクマで、彼がエクソシスト。それは、初めて出会った時から、そう彼の声を初めて聞いたあの時から、わたしも、勿論彼も、ずっと分かっていたことだった。



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どくん、と、わたしの中の危険信号が鳴る音がした。関わってはいけない。本能的にわたしたちは、それを感じるように出来ている。ニンゲンでも、もちろんアクマでも同じことだ。わたしはそれに忠実に従って、見ないふりを努めることにする。いや、しようとした。けれど。


「………、み…、」
「わあああ!!しゃべ、っ、ちょ、」
「………あ……、」
「わあああ!!なに!ちょ、すみませんでした!」


まだ人通りのほぼない早朝。薪を両手に抱えて店の中へ戻ろうとしたわたしは、道端に転がる黒い物体に気がついてしまった。関わらないほうがいいと、そう判断したわたしは、その塊に対して無視を決め込むと、ちょうどその時、黒い塊から声が漏れて来た。パニックになったわたしは、回れ右を出来るかぎりの速さで行って駆け出そうとした、が。店に戻ろうと踏み出した足をがしりと掴まれて、知らないふりで逃げることは叶わなくなった。そうっと後ろを振り向けば、案の定雪のように白い手がわたしの足首をしっかりと握り締めていて、その手を辿るとこれまた真っ白な顔と、驚くことにこちらも白い髪が黒いフードの下から覗いている。そして、微かに見えたローズクロスも。


嗚呼、彼はエクソシストらしい。


彼のほうも、わたしのことを見上げてはっとなったような表情を浮かべた。わたしの肩越しに、空を見ている。よくわからないけれど、彼はわたしがなにであるのか一瞬で見抜いたらしい。もっとわたしも強かったら、それが何故だかわかったかもしれないけれど。嗚呼、殺さなくちゃ。そう思った瞬間、彼はゆらりと瞳を揺らして再び地面に頭を打ち付けた。そしてぴくりとも動かなくなる。死んだのかな、そう思ってそっとその傍らに膝をつけば、ぐきゅるるるると呑気な音が彼から響いた。え、いま、お腹鳴ったよね。もう一度気を失っているらしい彼の白い顔を見遣る。ぐきゅるるるる。ほら、また。もしかして、空腹で倒れたの、このひと。ぐきゅるるるる。ぽかんと開いた口から、ぷっと自然に笑いが漏れた。さて、このひと、どうしようか。



_

目の前の彼は、こちらが見ていて苦しくなるぐらい唇を噛み締めて、こちらを見つめている。そんなに噛んだら血が出ちゃうよ、みたらしくん。ごめんね、わたしは、どんなに噛み締めても、温かい液体などこれっぽっちも出てこないんだ。


「エクソシスト、でしょう?貴方は」
「………は、い」
「わたしは、アクマだよ」
「知っています」
「なのに、すきなの?」


我ながら残酷な言葉を口にしたものだと思う。本当ならばこれは、わたしにかけられるべき言葉なのに。アクマなのに、エクソシストを、すきなのか。矛盾だらけのこころに自分でも呆れる。だって全てが有り得ないことだ。道で野垂れ死にそうな彼にみたらし団子をあげたことも、寝込んだわたしを彼が看病してくれたことも、その手を冷たいと思って、相対する彼のこころのあたたかさに、ほんとうに、泣きそうになったことも、自分の手の熱に、苦しくてどうしようもなくなったことも、わたしが彼を殺せないことも、彼がわたしをすきだと言ったことも、わたしが彼を、ほんとうに、こころから、すきなことも。たったひとつ違ったなら、わたしが『正し』かったならば、わたしが、ニンゲンであったならば、こんなにも平凡なラブストーリーは無いのに。たったひとつ違っただけで、わたしは今からひとをころさなければならなくなる。もう、ラブストーリーどころじゃないわ。刑事ドラマでもないし、もう完全なるメロドラマだ。しかも、主人公が相手役を刺しちゃうような、ドロッドロのやつ。


「なんかほんと、ドラマみたいね」
「……馬鹿なこと、言わないでください」
「だからさ、いちお、戦おっか」
「な、に言って、」


キイィィイン、と金属音が真夜中の京都の町にこだました。わたしが振り下ろした、わたしの手の音。彼の頬の横をすり抜けたわたしの手は、店の屋根瓦に突き刺さって止まった。ああもう、やだ。わたしはよわくて、彼にはきっと敵わない。彼を殺せない。だからきっと、主人公は彼のほうなのだ。彼は死なない。刺されるのはわたし。思い出の中で生きてるとか、そういうのがいちばんきらいなのに。


「みたらしくん、」
「……はい、」
「さっき、すきだ、って、言ったでしょ」
「……………」
「どうして?」
「……それは、すきだから、」
「ううん、そういう意味じゃなくて。どうして、今なのかってこと」
「……………」
「今日がタイムリミットだった?」
「……………」
「一週間、猶予はそれだけ。任務だもんね、当たり前か」
「……それは、」
「わたしもそうなの、タイムリミット」


殺人衝動。抗えない欲求。ひとで言う、第一次欲求みたいなものが、わたしにとってのそれ。生きていくためには必要不可欠で、無意識に手を伸ばしてしまうのがそれ。抗おうとしたわたしは、案の定発熱というかたちで自分の身体の軋みを実感した。いまのわたしが、一体『生きて』いるのか、定かではないけれど。


「やっぱりわたしはアクマだから、ひとをころしたいって、そう思っちゃう」
「………なまえ、」
「みたらしくん、わたし、どうしたらいいのかな」
「…………………」



「……ころしたくないよ、」




あなたを。みたらしくん。
あなたをころしたくない。
あなたと生きていたいの。



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