ふっと瞼を開くと、茶色い木の色が隙間から映った。まだ完全に開ききっていない瞼を、瞬きを繰り返しながら持ち上げると、視界いっぱいに木の壁が映る。いや、これは壁じゃなくて、天井か。いつも眠るときに眺める天井のしみがそこにあって、わたしはひとりで納得した。あのしみは、わたしがちいさいころからずっと天井にある。昔は結構怖かったんだよなあ、あのしみ。ぼんやりとした意識のなかでそんなことを思い出していると、ぬっと白い何かが視界に入ってあのしみは見えなくなった。


「…………あ、みたらし、くん?」
「…起こしちゃいましたか?」



day 4



すみません、と頭を少し下げたみたらしくんは、わたしを上からのぞきこむようにしてまた天井の染みを隠した。少し眉を下げたみたらしくんにだいじょうぶよ、と告げて、わたしは部屋の中をぐるりと見回した。開けはなされた窓からはまだ黄色い光が差し込んでいて、部屋に四角い模様を描いている。橙色に染まってはいないから、まだ夕方というには少し早いころだろうか。


「あの、みたらしくん」
「はい、なんですか?」
「今って……何時くらい?」
「ちょうどお昼を過ぎたぐらいですよ」
「じゃあ、わたし、」
「丸一日ぐらい、寝てましたね」
「!……まじ、ですか」
「まじです」


それを聞いて飛び起き、また唇を開いたわたしは、そっとみたらしくんに肩を掴まれて布団に押し戻された。わたしが言わんとしたことをみたらしくんはすぐ分かったようで、わたしに何も聞かずに、お店のことならだいじょうぶです、と言ってわたしに掛け布団をかけた。


「お店のことなら心配するなとお父上がおっしゃってました」
「…………でも」
「娘の具合が悪いときは、いつも誰かが傍に居たから、今はお前が居てやってくれとそう言われました」
「………………」
「弱っているときにひとりなのは、さびしいからと」
「…………もうわたしは子供じゃないのに」
「親っていうのはいつまでも子供が幼く見えるものらしいですよ」


そう言って微笑んだみたらしくんは、少し淋しそうにも思えたのはわたしの勘違いだろうか。わたしがじい、とみたらしくんの顔を見つめると、みたらしくんはそれをごまかすかのようにすっとわたしの額に手を伸ばした。ひやり、と思ったより冷たい体温がわたしに伝わってくる。みたらしくんの手は、つめたいみたい。こころがあったかいひとなんだなあ。あ、でも、わたしの体温が高すぎるのかな。でも、みたらしくんはやさしいひとだとおもうし。うーん。わたしがそんなことをぐるぐると思っていると、みたらしくんは自分のおでこにも手を当てたあと、傍らの桶から濡れた手ぬぐいを持ち上げて、ぎゅ、と水を絞りはじめた。


「まだちょっと、熱がありますね」
「うん……そう、かも」
「ちょっと手をどけてください」


わたしが額に当てた手をそっと退かすと、みたらしくんは水を絞った手ぬぐいをわたしのおでこにひたりと乗せた。きもちいい。ひんやりと冷たい手ぬぐいが、ぼやんとした感覚をはっきりとさせてくれるように思えた。同時に、少しばかり昔のことが頭の中に蘇ってきて、わたしはぽつりと言葉を発する。


「昔、はね、」
「……はい」
「わたし、イモウトがいたの」
「…………」
「わたし、身体があまり、強くなくて、病気ばっかりしてて。…でもお父さんはお店、あるし、お母さんは小さいころから、その、居なかったから、いつもイモウトがね、わたしの傍で座ってた」
「…………」
「お姉ちゃん、だいじょうぶ、さびしくないよ、わたしがいるよ、って、わたしの手、握って」
「わたしよりもっと震えてた。何度も何度も病気するから、イモウトはさ、お姉ちゃんが、……わたしが、死んじゃうんじゃないかって、そう思ってたみたい」
「…………」
「怖かったんだと思う、ひとりになるのが」

「ひとりって、さみしいもの」


わたしがそれだけ話して口をつぐむと、みたらしくんは伏せていたその瞼をゆっくりと持ち上げた。


「………妹さん、今は?」
「……死んだわ。お姉ちゃん……わたしが病気がちだったから、自分が具合が悪くても、皆に隠してわたしの傍で手を握ってた。それで風邪をこじらせて、そのまま」
「……そう、だったんですか」
「びっくりよ、病気がちの姉より、元気だった妹のほうが先に逝くなんてね」


いつも通りに言葉を発したはずなのに、空気を揺らしたわたしの声は震えていた。瞬間、ひんやりとした感触がわたしの右手に伝わった。ぎゅ、とわたしの手を握りしめたみたらしくんの手は、やっぱり冷たくて。わたしの身体は、熱い。掌は、みたらしくんの手を溶かしてしまいそうなくらい、熱い。その温度差に、なぜだか鼻の奥がつんとして、わたしはそっと瞼を閉じた。



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