いつも通り目覚めて身仕度を整えたわたしは、これまたいつも通り一番乗りで店に出るはずだったのだが、がらりと家と店を仕切る戸を開けると、そこには既に先客がいた。わたしが戸を開けた音を聞いて振り向いた彼は、抱えていた粉の袋をどすんと置いてにっこりと可愛らしい笑顔を見せた。


「お早うございます、なまえ」
「………びっくりした、早いね」



day 3



2日前に家にやってきた白いおとこのこは、何でもそつなくこなす器用な子だった。それによく気がつく。給仕の仕方、お客さんへの対応など、普通ならこれぐらいの歳のしかもおとこのこが出来るはずもないことを教えずともやってのけた。彼に聞くところによると、彼は日本人ではないらしい。まあそれは顔立ちから予想していたことではあるけれど。彼は英国生まれらしく、じぇんとるまん精神というものが生まれつき(ここはちょっと疑問が残るが)身体に染み付いているらしい。日本人でいう侍的な感じらしいけど、それが本当に合っているのかは疑問である。とりあえず彼は接客がうまいのだ。現に昨日は普段よりお客さんの入りが多かった。長年この団子屋で給仕をしている身としてはそれが少し羨ましくもある。妬ましくはならないのは、彼がとても可愛らしい笑顔を寄越してくれるからか、それとも。


「…おい、なまえ!」
「っは、はい!」
「ぼけっとしてねえでさっさと運べ!」
「あ、ごめん、父さん」


わたしは台に並べられた皿を急いでお盆に乗せて調理場から飛び出した。そして今日、噂が噂を呼んだのか、お客さんの数は昨日を更に上回る盛況ぶりだった。わたしもみたらしくんも目まぐるしく調理場とお店を駆け回る。ずっと走り回っていたからか、さむいさむい冬がもうやって来ているというのに、なぜか身体はほかほかと温かくて、吐いた息はゆらりと視界を白く染めて消えることを繰り返していた。


「こちら、みたらし団子です」
「おう、坊主、ありがとな」


みたらしくんの声にふっとそちらを振り返ると、きらきらとした笑顔を見せて団子の皿を置く彼の顔が見えた。無邪気ともいえる少年の笑顔につられて、ガタイのいい男の人でさえにこにこと笑っている。すごいなあ、じぇんとるまん精神って。わたしは妙に感心しつつ、団子の皿を乗せたお盆をぐっと力強く握りしめた。わたしも、負けてられないわ。



_


最も盛況するおやつどきを過ぎて、夕方も終わりに近づいたころには、団子屋への人々の足は途切れてくる。くるくるとよく働く彼に触発されて、いつもより張り切ってお店を駆け回ったわたしは、もうすでにくたくただった。みたらしくんのほうも疲れているのはさすがに同じようで、わたしたちは、がらんとした店内の端っこの席にふたり並んで腰掛けた。


「ふあー、つっかれたあ」
「そうですねー、今日は昨日より沢山お客さん来ましたもんね」
「昨日だっていつもより多かったんだよ?誰かさんのおかげで」
「誰でしょうね」
「誰だろうねえ」


わたしたちはふたり、顔を見合わせて笑った。でろん、と両手両足を投げ出して、お店の食卓にほっぺをくっつけたまま。食卓が冷たいのかわたしの頬があついのか、ひんやりとした感触が伝わってくる。みたらしくんはといえば、余りにもその笑顔が可愛らしかったので、少し小憎らしい。わたしは、でろんと伸ばしていた右手を動かして、やわらかい曲線を描く頬にぶす、と人差し指を突き立てた。うわ、ぷにぷになんですけど。若いな。わたしが調子に乗ってぶすぶすと人差し指を動かすと、みたらしくんは少しばかり痛かったのか、ちょっとだけ起き上がって、突き刺されるのを阻止すべくわたしの右手を捕らえた。


「ちょ、いたいです!………?」
「?どしたの、みたらしくん」
「……なまえ、手、熱くないですか」
「え」


そう言われると、みたらしくんの手がひんやりとしていて気持ち良い。言うやいなや、みたらしくんの手がすっとわたしの額に伸びてきて、ぺたりとおでこを押さえた。やっぱりみたらしくんの手は冷たい。いや、わたしが熱いのか。思い返すと、今日は何だか熱くて、息があがっていたような気が、する。……いや、気のせいだ。


「なまえ、熱があるんじゃ、」
「…っな、ないない!大丈夫!ほらこんなに元気だし!」


ばっ、と握りこぶしをつくりつつ椅子から元気に立ち上がる。はず、だったのに。
わたしの身体は、ふらりと力が抜けて床に沈んだ。頭に、にぶい衝撃がひとつ。ぷつり、とそこで記憶は途切れた。



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