「…で?そのコを家に置いちゃったわけ?」
「んなわけないでしょ!丁重におうちに帰そうとしたわよ!」
「…『とした』?」
「…帰そうとしたんですけどね」
「あーやっちゃったねなまえ」
「やらかしちゃいましたどうしよう助けてください」
「知らんつの」



day 2



わたし関係ないし、と至極もっともな意見を吐き出して目の前の友達はぷかりと煙管の煙を吐き出した。整った顔立ちの彼女は、煙管をふかす姿もとてもよく似合っている。あの彼には、煙管なんてアイテムは逆立ちしたって似合いそうにないけれど。煙より、同じ白ならご飯が炊けた湯気とかが似合ってる。そんな彼は今頃夕げの支度でもしているのだろうか。てきぱきとした動きと15歳とは思えないやわらかな物腰で早くも団子屋の店主…わたしの父のお墨付きを得た彼は、居候初日から団子屋の看板息子として働き始めた。いや、その、息子じゃないけれど。


「けど、何て言うか、……彼、とりあえず帰るとこ?っていうか家?日本にないらしいし…」
「それで親もいないしって聞いたから、同情しちゃったってわけ?」
「同情っていうか、違くて、その」
「したんでしょ同情」
「……はい」
「ばかだねーなまえ」
「…………」
「男なんてそこらへんにポイしときゃ勝手に生きてくんだよ」
「ポイって……それに男じゃなくて男の『子』だもん」
「それなのに勝手に同情して家に上げちゃってさあ」
「家に上げたって……」
「実際そうでしょ」


ゆらり。彼女の唇から零れた煙が少し黒ずんだ天井に吸い込まれていった。煙管の香りで満たされた部屋は、彼女の性格を如実に表すようにこざっぱりとしていて無駄なものは何もない。煙管の箱と箪笥、布団。目に映る大きなものはそれくらいだ。そして、わたしが座るちいさな縁側には古い瓦版がはらはらと敷かれていて、わたしはその上に座っている。彼女の家は、がらんどうに近いはずなのに、何故かこころが落ち着くゆっくりとした空気を持っていた。縁側に座るわたしの膝に、夕暮れの茜色が差している。彼女の声に混じって、どこからか、犬の鳴く声が聞こえた。


「なまえ、よく聞きなよ」
「…………」
「自分の首、絞めることになるんだよ」
「…………」


分かってる?とそう問い掛けてきた目の前の彼女から視線を逸らして、わたしは少しだけ首を縦に振った。わたしの隣に腰掛けた彼女は、ちらりとこちらに一瞥をくれた後、もう一度煙管の煙を吐き出した。


「いーや分かってないよ、なまえは」
「…………」
「…わたしさっき見たよ、仕事から帰って来るときにさ、彼を」
「……うん」
「にこにこ笑いながらお客さんと話してさ、店の前掃除してた」
「……うん」
「いい子そうだった」
「……うん」
「綺麗な顔しててさ」
「……うん」
「でもあんたはあのこは駄目だよ」
「…………」
「第一、あんたにはあいつがいる」


そうでしょう?煙混じりにそう言ってこちらを向いた彼女から、わたしはそっと視線を外した。あいつ。頭の中にふわりと浮かんだひとの顔を、瞼を閉じてそっと掻き消した。瞼を閉じても、茜色の光がわたしの身体を染めていることが手に取るように分かる。ゆっくりと瞼を開けば、変わらない紅い光が脳の奥の方を刺した。唇を開くのが億劫なのは、それが理由なのかは分からない。


「彼がどうしたいのか、わたしにはよく…わからないけど、だけど、さよならはしなくちゃいけないことは、わかってる」
「まあ期限は3日だね、3日」
「うん……ってえ!?み3日!?昨日来たばっかりなのに…って3日じゃもう明日じゃん!せめて7日!一週間!」
「あー五月蝿いはいはい分かったよ、じゃあ7日ね。7日であのことはさよなら。分かった?」
「…………」
「ほら、返事」
「………はい」


そんな顔しないの。ふう、と煙混じりに彼女が吐いた言葉はわたしの胸の真ん中をちくりと刺した。言われなくたって分かっているんだそんなことぐらい。けれど、今頃楽しそうにご飯を作っているであろう彼の顔を思い浮かべるだけで、胸の奥に何かを押し付けられているような気持ちになる。出会って2日。たった2日だ。けれど、彼のきらきらとした笑顔ばかりが頭の中に張り付いて、どうしようもなく苦しい。顔を上げれば、まだ空は紅かった。苦しいぐらいに。夕暮れの茜色の光で、こんなにも泣きたくなるなんて、わたしは今まで知らなかった。



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