ガション、ガション、と規則的な音が響く教材室の中は、紙やらインクやらの匂いに混じって木造ならではの古い木の匂いで満たされている。あたしはその真ん中で震えるコピー機に顔を突っ伏して立っていた。ガション、ガション。ああ、ほっぺたのお肉がぶるぶる振動するのが分かる。あー、頭も揺れてるうううー、


「おーい、しっかりしろー」
「この状況で何をどうしっかりしろっていうのよおおおお」
「とりあえず頭コピー機から離すさー…」
「あああもう嫌だあああああ」
「しっかりしろって。決まった事なんだろ?しょうがないじゃんか、多数決」
「だからって何であたしが委員長やらなきゃならないのおおおお」
「あーもう振動すんな!」


頭を無理矢理コピー機から引きはがされた。首の辺りからゴキュって音が聞こえたのは気のせいかしら。横目で隣の人を見ればコピーされたプリントを数えて整えていたけれど、その横顔も整っているのが癪にさわる。首の辺りの鈍い痛みについて文句を言ってやろうと思ったのに、膨らんだ苛々はしゅるるると風船よろしくしぼんでいく。くそ、何でコイツはこんなにも格好良く生まれて来ているのだろうか。あたしなんて牛丼並盛の顔面偏差値な上、新学期初っ端からヨダレちゃんとか呼ばれるゴミ分だ、間違えたご身分だ。いやまだ声に出して呼ばれてはないけどね。まあとにかくこんなにも生まれて来た時点で差があって良いものなのだろうか。どうなのよ奥さん。


「は?奥さん?」
「いや、こっちの話」
「どっちの話だよ」
「はああああ」
「いや、溜息大き過ぎるだろ」
「ラビってさ、罪な男だよね」
「え、何?ああ、ごめんねイケメン過ぎて」
「うん、とても残念。頭が」
「え、それって髪型?」
「ソウデスカミガタノコトデス」
「……資料一人で作んの?」
「すみませんでしたラビ様」


ヨダレ垂らして寝てた友人に課されたプリント制作を手伝ってあげるやさしいやっさしーいイケメンラビ様だっつの、と言いながら手は休まずプリントを数えている。すごい。生徒会長って皆こんなん出来るのか!や、やるな……。もしかしてもしかしなくともアレンやリナリーもこんな器用な事出来たりして。有り得る。神田は……出来ないだろうな。


「……やさしいやっさしーいラビ様ー、あたしやっぱり体育委員長なんて無理っす。今はっきりした」


目の前のプリントをめくる手を止めて、ラビの方を振り向く。


「何でさ!まだ何にもやってないだろ?」
「だって、今の時点でもうプリント何枚目か分からなくなった」


あたしの言葉に、ラビはあたしの手元を見つめてはあ、と小さく溜息を吐く。まだ溜息の残るうちにラビはあたしの手からプリントを取り上げて、パラララ、と数え始めた。凄っ、はやっ、イケメーンなんて合いの手を入れているうちに早々と全ての枚数をチェックし終える。うん、何だかやっぱり格が違うよ。


「やっぱり生徒会長は違うね!」
「……別にオレがこういうの得意なだけで、皆が皆同じ様に出来るわけじゃないさ、なまえ」
「え?」
「だから、委員長になったからって、プリントを素早く数える技が必要って訳じゃないってコト」
「で、でも」
「なまえいいか?オレは、どんな風になまえが委員長になったんであれ、なまえは体育委員長に向いていると思う」


ちらりと横に立つラビの顔を見る。ラビもあたしの方を向いて、笑っていた。見た者全てをほっとさせるような、穏やかな笑い。ああ大丈夫なんだって、そう思わせてくれるような、あたたかい笑顔。


「大丈夫、なまえなら出来る」


穏やかに笑うラビの顔をじっと見つめていたら、不意にぱっと視線を逸らされた。オレはそう思う、と付け足すように向こうを向いて言うラビの姿が何だか可笑しくて、笑いが漏れた。何で笑うんさーなんて言いながらもう一度こちらに振り向いた顔は、少しだけ赤く染まっていて。


「こっ恥ずかしい青春の言葉をありがとう生徒会長」
「……五月蝿いっつの、ほら、さっさとクロス先生んとこプリント持ってくぞ」
「あいよー」


半分のプリントをラビの手から奪って教材室のドアを開ければ、木造ならではの少し引っ掛かるような音がした。ラビもあたしに続いて教材室から出て、ドアをまたギイイ、と音を立てて閉める。ラビはよし行くか、と言いながらプリントをその肩に乗っけた。まだ散らずに残った桜の花びらを揺らす春の風を感じながら、一歩踏み出す度に簀の子がカタリと軽い音を立てて、それが二人分重なって聞こえる事が何故か物凄く心地良い。


「ねえ、ラビ」
「んー?」
「あんね、あたし、」
「何さ?」



「ラビが生徒会長になった理由、何だか分かった気がするよ」



プリンスの笑顔とやらはなかなかのものらしい

10/04/10
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