「なまえ、覚えてる?今年の『母の日』のプレゼントが紅茶とカップだったこと」


わたしは、おぼろげな記憶をたどってこくりと頷いた。わたしの学校は、母の日に、わたしたちの『母』なる校長………千年伯爵校長に生徒から贈り物をする風習がある。昔は生徒たちが個人的にやっていた細々としたものだったようだけれど、いまは生徒会が代表として行うイベントのひとつになっている。生徒にアンケートをとり今年の贈り物を決めるというなかなか大々的なもので、今年は紅茶の葉とティーカップが僅差だったらしくそれをセットで送ることになっていた、らしい。当日まで、何が送られるかは生徒会だけの秘密になっているのだ。ちなみにわたしは、学年末テスト後に行われるこのアンケートで、毎年シルクハットと記入して提出していたのだが、最終学年となる今年も念願が果たされることはなかった。ここが大事なところだが、なぜおぼろげな記憶かというと、その時期に体育委員兼体育大会実行委員長になることが決定して準備や何やでてんやわんやだったからである。実際母の日の記憶とか今年はないに等しい。いまのいままで母の日の存在すら忘れていたぐらいだ。


「あれ、毎年生徒会が準備してるのは、知ってるさね?」


わたしはまた黙ったままこくりと頷く。


「あの日、校長の好みのティーカップを探しに行ったんさ」



通常、アンケートを集計し贈り物が決定されると、生徒会はすぐに動き出す。千年伯爵校長は何気なく好みにうるさく、去年の傘は生徒会長が母の日の直前まで走り回って探したらしい。今年もしかりで、まずティーカップを探し始めたらしいが一向に注文通りのものは見つかる様子はなく、疲れて休憩に立ち寄ったカフェが、わたしが見たあの新しくできたカフェだった、ということらしい。なんだそれ。わたしは、じとりと疑いのまなざしでラビを見つめた。


「……でも、じゃあなんであの女の子と一緒なの?」
「なまえ、知らないさ?同じクラスの吉田さんって、生徒会の書記なんさよ」
「え、ちょ、待って、あれ、吉田さんなの?」
「そうさよ?」


ラビは名前の通り小動物のごとくぴょこりと首をかしげた。もう、わたしの頭の中は、新しい情報がいくつも入りすぎてパンク状態である。もう、意味わかんない!


「……ででも、別にラビひとりで探せばいいじゃん!」
「探すの一苦労なんだって、さっき言ったろ?それに男のオレだけじゃ、伯爵の好みなんて把握しきれねえさ!」
「じゃあわたしと一緒に探せばいいじゃん!」
「なまえに女の子のセンスを求めるほうが不毛だろ!」
「失礼な!ちょっとお前表出ろ!」
「もう外だバーカ!」


久しぶりに大きな声を出したからか、もう息があがってきて、わたしはハアハアと肩で息をした。ラビのほうも、上下に肩を微かに揺らしている。なんでこんなことになってるんだ。わたしはラビの浮気を問い詰めるために来たんじゃないのか。ああでも、もうそれは違うんだって分かってきてしまったんだっけ。ああもう、どうしたらいいのか、わかんない!


「…なまえ、」
「なによ!」
「…………疑われるようなことして、ごめんな」


突然のラビの言葉、しかも謝罪の言葉に、わたしはぽかんと口を開けてラビを見つめた。多分そのときのわたしの顔は、相当阿呆面だったと思う。ぱちぱちと瞬きを繰り返しながらラビを見つめると、ラビは少しだけ瞼を伏せて俯いた。


「………なんで、ラビが謝るの」
「だって、」
「謝るのは、わたしだよ」


勝手に勘違いして、勝手に逃げて、勝手にこころの中で、ラビを悪者にしてた。なんでなんにも言ってこないんだ、なんて、ラビのせいにして。ああ、分かってきた。わたしがいま、なにをすべきか。わたしがいま、しなくちゃいけないこと。


「ティキに、怒られたんだ。わたしはただ待ってるだけだって。自分の足で追いかけなきゃ、だめだって」

「わたしこそ、ごめんね」



仲直りの瞬間というのは、みんなこんな気持ちなのだろうか。いやにくすぐったくて、胸の中がじわじわとあたたかい。わたしが恥ずかしさをかくすために笑うと、ラビもふにゃりといつもみたいに笑った。いつもと違うのは、少しだけラビの頬がおひさまの色に染まっているということ。きっと、見えないけど、わたしもそうなんだろうなあ。数秒、こそばゆい時間が流れたあとに、わたしの右手はそっと温かくなった。


「………ラビ、暑いんだけど」
「…この空気でそれ言う?」
「手、じとじとしてるんだけど。手汗やめてくんない手汗」
「オレ手汗とか出さないし」
「アイドルか」
「………………」
「………………」
「オレらさ、仲直りした瞬間こんなんってダメじゃね」
「…いつもこんなんじゃん」
「ちゅーぐらいしとく?」
「やだきもい」
「ラビくんさみしい」
「やだ」
「さーみーしーいー」
「きもい」
「………ここ2週間ぐらいつらかったなあ、なんにもしてないのに避けられてさー」
「……………」
「浮気とか言われてさー」
「………あーもうわかった!すればいいんでしょすれば!」


ラビのシャツの胸元あたりをぐい、と引っ張って、わたしはちゅ、と触れるぐらいのキスをした。ばっ、とすぐに離れようとしたわたしの身体は、ラビの両腕に絡め取られて叶わず終わる。



「そんなんじゃ足んない」





なんだかんだで、結局青春してるらしい

fin

11/11/15
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