どういうこと、とわたしが発する前に、わたしの鼻先でぴしゃりとドアは閉められた。カチャリと音がしたから、多分鍵までかけたのだろう。もう、あの保健医は本当に何を考えているのか分からない。ミステリアスなんてかっこいい感じの表現とは程遠い意味不明さだ。けれど、なんだかんだ言っても、わたしの肩を力強く押してくれたのは確かだ。わたしは、少し温かさの残る左肩をそっとおさえた。ラビは、浮気なんてしてない。なんの根拠も示さずにそれだけ言い残したのは、わたしにそれを自分できちんと確かめてこいという意味なのだろうか。


「もう、ほんと、意味わかんない、ばか」


不思議と笑みが零れたのは、悔しいけれど保健医のおかげだ。こころの中で、ちいさくありがとうと呟いて、わたしは保健室に背を向けた。一歩、前に踏み出して、わたしは走り出す。自分の足で、追いかける。




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この学校のつくりは非常に簡単だ。坂の上にあるため、地下2階・地上4階で真っすぐなI字形。屋上からはグラウンドが見える。屋上といえば典型的なサボりスポットだが、普段地下で授業を受けている私たちは(坂上なので地下でも地上だけど)、最大6階分も階段を上らなくてはならない苦痛から、屋上でサボろうとする生徒はほとんどいないと言っていい。大抵1階の保健室か、各階についたリフレッシュルームというのが定番だ。屋上でサボるなんていわば変人か相当ひとりになりたいかのどちらかと言っていい。どちらにもあてはまるひとがひとり、ドアを開ければフェンスに寄り掛かっていた。梅雨どきの曇り空の中、微かに吹く風が彼のだいだいいろの髪を揺らしている。


「……え、なまえ?」
「ラビ、やっぱり、ここだね」


階段を一段とばしで駆け上がったおかげで荒れた呼吸を整えながら、わたしはゆっくりとラビの元へと近づいた。随分久しぶりにとらえたラビの翡翠色の瞳は、変わらず綺麗に透き通っていて、わたしを不思議そうなまなざしで見つめている。フェンスに寄り掛かっていた身体を起こしたラビは、目の前に立ったわたしにいつものように笑った。少しぎこちなくは、感じたけれど。


「なまえ、もう授業始まってるさ?」
「いいの、わたしもサボり」
「悪い子さね」
「ラビもおんなじでしょ、それに、」


ラビに聞きたいことがあって来たんだ、と、その調子のまま言おうとしたのに、だめだね、やっぱり声が震えてしまった。わたしが発した言葉に、ラビの表情も少しだけ固くなる。この数日間、避けつづけていたひとと話すのって、こんなに緊張するものなんだ。わたしは、少しだけ詰めた息を吐き出して、ひとことひとこと、ラビに向かって言葉をつむぎ始めた。


「わたし、3月の……いつだったかは覚えてないんだけど、映画観にいこうって誘ったとき、あったでしょ」
「……ああ」
「ラビはその時生徒会の仕事があるんだって言ってて、わたし結局その日ひとりで観に行ったんだ、映画」
「………………」
「そしたら、映画観終わって帰ろうとしたときに、駅前に新しく出来たカフェの中にラビが見えて、」
「………女の子といた、ってことさね?」
「わたし、ラビは生徒会の仕事だって言ってたから、………うそ、ついたんだと思って、………浮気、してると思って、すぐに、そこから、逃げたの」
「………………」
「……逃げるなんて、最低だよね。なんにも確かめないで、ラビのこと信じないで、見ないふり、したんだもん」
「…なまえ、」
「……教えてほしいんだ。あの日カフェで、あの子と、なにしてたの?」


心臓とともに、かたかたと自分の身体が震えるのを感じた。じめじめとした空気が身体を包んで、本当ならば蒸し暑いぐらいの気温のはずなのに、わたしの身体は震え続ける。ティキが言っていたことは、確かにわたしのこころを少し軽くしたけれど、わたしの瞼の裏にはまだあの黒髪の女の子の後ろ姿が焼き付いている。女の子の目の前で笑うラビの姿も。思い出せば胸の奥に、ぐるぐると黒いものが渦巻いて、重く沈んでいく。気を抜くとのまれそうになる黒から、わたしは意識をぎゅ、と引き上げた。ラビは、しばらく黙った後、すっと俯いていた顔を上げて唇を開く。


「最初に言っておくさ。オレは、」


ラビは、わたしの瞳をその翡翠色の瞳で見据えた。


「浮気なんて、してない」



はっきりとした、強い口調だった。



やはり最後は屋上らしい

11/11/14
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