がらりと戸を開ければ、中に居たひとたちの視線が一斉にわたしに刺さるのが分かった。居ると思っていたひとのほかに、思いがけない人物がいたので、思わず声が零れ落ちる。


「え、ア、レン…?どうして、ここにいるの?」


今もう3限始まってるのに、と言いかけて、わたしも同じ状況にあるのだと気がついて口をつぐむ。それにしても、あの真面目なアレンが授業をサボろうとするなんて。しかも、彼の天敵のひとりとも言える男の元で。わたしは、なにもかもが対照的なふたりを交互に見つめた。


「なまえ…」
「アレン、…どしたの?具合が悪い、わけではなさそうだ、けど」
「あ……それは、その」
「オレがお前に手を出した、って怒鳴り込みに来たんだよな、なァ少年?」


ばっ、とこちらを向いていたアレンが保健医のほうへ振り返った。保健医のほうは、相変わらずのにんまり顔でにやにやとこちらを見つめている。って、それよりも。気になるフレーズが多すぎるんだけど。


「ちちょっと待って、オレが、って誰が」
「オレだよ、ティキ・ミック」
「………お前を、って誰を」
「だぁから、お前だよ、なまえ」
「え、待って、つまり、…………ティキがわたしに手を出したって言ってんの?」
「そこの少年がな」
「………アレン大丈夫?」
「ぷっ」
「………ひとがせっかく心配してあげてるのになんですかその態度は」
「え、今笑ったのわたしじゃないからね!ティキだからね!」
「ふはははは!」
「ティキも笑いすぎ!」
「……じゃあなんで授業サボって保健室になんて来てるんですか?」
「え?……あ、えっと、……その、」


「ブックマンJrに本当のことも聞けずに、ただ逃げたいと思ってるからだろ?」


「…………なにそれ」


急に鋭く突き刺さった言葉に、わたしはゆっくりと保健医のほうへ振り返った。




_

さっきまで笑っていたはずなのに、急に突っ掛かるような鋭い言葉を吐いた保健医を、僕となまえは揃って振り返った。当の保健医は、新しい煙草に火をつけることすらせずに、机に頬杖までついてこちらを見つめている。その眼光に、男の僕ですらぞくりと背筋が寒くなった。冷ややかなまなざし、とでも言うのだろうか、ティキが何を思ってそんな目をしているのかは分からないが、はっきりと言えることはそれが先生から生徒に見せるそれではないということだ。現に、僕の隣でなまえは少し震えていた。


「なにそれ………どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。ブックマンにあの日のことを聞きもせずに、自分の中で完結しておまけに逃げてるって言ってんの」
「……逃げて、なんか、」
「お前、この期に及んで逃げてないだとか、言えるとでも思ってんの?お子様気分も大概にしろよ」
「………な、」
「ちょっと、ティキ・ミック、」


言い過ぎですよ、と言いかけて、僕はそのまま言葉を飲み込んだ。ふっとこちらを向いたティキ・ミックの視線が、強い光を帯びて僕を射抜いたからだ。何とも言い難い強い光が、僕の脳から伝わる信号を止めた。ふと気がついたときには、もう彼の視線はなまえのことだけをとらえていた。


「お前はここに何をしに来てんだよ、言ってみろよ」
「……なんで、」
「…は?」
「なんで、そんな言い方するの?!いままでわたしがここに来たって、何も言わなかったくせに!」
「…何も言わなかった、だと?お前は、人様から何か言ってもらわなきゃ何にも行動出来ないお子様な訳だ」
「違う!」
「違わねえだろ。自分からブックマンJrに本当のことも聞きに行かずに、問い詰めることもせずに、ただ自分の中で終わらせて、そのことに何にも触れてきやしないブックマンJrをこころの中で責めてブックマンJrのせいにしてるじゃねえか」
「…ラビのせいになんか、してない」
「じゃあ聞くが、お前はお前が得たい何かを得るために、自分から手を伸ばしたことがあるか?」
「………………っ、」
「一度だって一瞬だって、自分の欲しいものを自分から得ようと行動したことがあるか?ぼうっとつっ立って、ただ欲しい、自分はここから動かないなんて、自己中心も大概にしろ」

「欲しいものがあるんなら、手を伸ばせよ。自分の足で追い縋れよ。失くしたくないって、泣き叫べばいいじゃねえかよ」



ティキの強い口調が、それほど大きな声で言ったわけでもないのに、保健室の空気をゆらりと揺らした。強い口調のはずなのに、びりびりと空気を震わせなかったのは、ティキが少しばかりでなく苦しそうだったからだろうか。少なくとも僕の目には、いつもへらへらと時を過ごしていた保健医が、その時ばかりは同じ場所に立っているように映った。保健医がその時思ったことなど、僕には想像の仕様もなかったけれど。数秒後、ちいさなちいさな声が、震えながら保健室の静寂を破った。


「………いよ」
「…あ?」
「…わか、れたく、ないよ」
「聞こえねえよ」
「ラビと、別れたく、ない!」
「………それをあいつに直接言ってこいっつの、バーカ」


ふっと彼の鋭い光が緩んで、それを隠すかのように彼はなまえの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。彼を見上げたなまえの目には、うっすらとなみだが滲んでいたように思う。うるさい、バーカと言い返してごしごしと目元を擦ったなまえは、いつものようにキッと保健医を見上げて睨んだ。


「いつものバカ面が見えるな」
「うっさい」
「早くあいつんとこ行ってこい」
「……授業中だけど」
「あいつもどうせ屋上だろ。それに今更お前それ言うか?」


ティキの言葉にたしかに、と呟いてなまえは少しだけ笑った。なまえが笑ったのを見たのは、随分久しぶりのように思う。だからか、いつもとなく、なまえの笑った顔はとても清々しく見えた。


「そんなお前にいいこと教えてやるよ」


なまえの肩に手を置いて、ずんずんと保健室の出口に近づいた保健医は、がらりとドアを開けた後、なまえを保健室から追い出して笑った。


「ブックマンJrは、浮気なんてしてねえよ」


なまえが聞き返す前に、保健医はそれだけ言って扉を閉めた。保健室には、僕と保健医のふたりだけが残っていた。



自分の足で走らなければ追いつけないものもあるらしい

11/11/13
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -