最近のガキは、何かあるとすぐに休みたがるんだよな。今目の前でぐすぐすと鼻を鳴らす女しかり、昨日まで毎日のようにサボりに来ていた奴もしかり。オレは、自分の座っている事務イスをくるりと回して事務机に向き直り、机に乗っている箱ティッシュを掴んでぽいと女に向けて放った。


「もゔ、まじでじんじらんない゙」
「とりあえず鼻をかめっつの」


箱ティッシュをうまく受け止められなかった女は、自分に当たって落ちた箱を拾い上げて乱暴にティッシュを引き抜いた後、ずびずびと鼻をかんでぽいとごみ箱に放り込んだ。こんなにばっちりとメイクをしているけれど、その他は大雑把らしい。彼氏とやらに冷たくされたというのも、きっとこの性格に原因があるのだろう。箱を突き返してくる女からそれを受けとって、ひらひらと手を振ると女はあからさまに不機嫌な表情を見せる。


「……なにそれ」
「教室帰れってこと」
「ひっど!私の話聞いてた!?」
「あー、聞いてた聞いてた」
「絶対聞いてないじゃんそれ!」
「聞いてたっつの、お前が約束やぶってばっかだから、愛想つかされたって話だろ?」
「やぶってばっかじゃないもん!3回ぐらいだもん!」
「分かった分かった、じゃあ3回 ぐらい は冷たくされても許してやることだな」
「なにそれ、ひっど!」
「あ、チャイム鳴ったな、ほら2限終わったからもう帰れ」
「なんなのもう知らない!ティキのばーか」


べ、と舌を突き出して、がたんと立ち上がった女は、中が見えそうなほど短いスカートをひらめかせてずんずんと出口に向かって行った。がらりと扉を開けて出ていくかと思いきや、扉を開けたままもう一度こちらを振り向いた女は、べ、ともう一度舌を出した後保健室から出ていった。口にはださねえけど、お前それ全然可愛くねーよ。こころの中でそう吐いた後、ゆるりと吐き出された溜息は留めることは出来なかったけれど。引き戸が閉まる寸前に、またすっとそれを止める指が視界の端に映って、オレは机に向かおうと回した椅子を再びもとに戻した。なんだ、今日は、客が多いな。


「……よお、少ー年」
「…その呼び方やめてくださいよ」
「少年は少年だろ?」


もう高3ですよ、と疲れたような表情を見せた男子生徒は、静かに引き戸を後ろ手で閉めた。ぺたりぺたりと上履きを鳴らす度に高校生らしくない白い髪が揺れる。少年、まじでやつれてんな。白く美しい曲線を描いていた頬は少し痩せたようにも見え、顔にはあちこちに暗い陰が落ちている。確かに、今は少年と呼ぶには不釣り合いだ。過重労働を強いられた若者というほうがしっくりくる。


「なに、少年、クロスマリアンに借金押し付けられたワケ?それとも薬でも運ばされてる?」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」


それに借金はいつものことなんで、と一瞬遠い目をした少年は、痩せたように見える瞼をふせてはあ、と息を漏らした。こいつと会う度に毎回思うのだが、オレ絶対クロスマリアンとは関わりたくねえ。教師だというのに黒い噂ばかり飛び交うこの教師は、変な奴ばかり集まっているこの高校の教師の中でも筆頭変態の呼び声が高い。まあ別の意味での筆頭変態はオレってことになってるんだろうけど。否定はしないが。


「で、何?前みたいにバイト斡旋してくれとかは御免だからな」
「そんなこと言ってませんよ、それに前はただ沢山お金を稼ぐ方法を聞いただけじゃないですか。それなのに知らない女性をわんさか連れて来られて、帰ってもらうために僕がどんなに苦労したか聞きたいですか?」
「手当たり次第いくしかねーだろ」
「貴方に聞いた僕が馬鹿でした」


何にも知らない女性とそんなことできるわけないじゃないですか、と至極真っ当な台詞を口にした少年は、また更に深い溜息を漏らした。純真なこった。


「はあ、別にこんな話をしにここに来たわけじゃないんですよ」
「まーそうだろうな」
「時間があまりないんで単刀直入に聞きますけど、貴方なまえに手を出したんですか?」
「あーへいへい、………ってはああ!?」


純真な少年の言ったことを脳内で整理するのに数秒かかったオレは、柄にもなく大きな声を出してしまったことを後悔しつつ少年に聞き返す。


「今、なんつった?」
「なまえに手を出したのかと聞きました」
「なんでだよ」
「答えになってませんけど、まあ、その様子からすると違うみたいですね」


それだけ言葉を発すると、腕を組んで黙り込む少年。眉間に皺が寄っていることから察するに、何事か考え始めたようだ。その様子からオレもまた、少年の言わんとするところを理解しようと試みる。なまえという人間と、オレ、そして少年。手を出したというフレーズに篭められた意味。そこまで考えて、オレはひとつの可能性に思い当たる。


「…なあ少年、もしかして、手を出したってのは、教師が生徒にって意味じゃなかったりするのか?」
「……そうですけど?そこは個人の自由だと思いますから」
「分かった」


オレは、尚も眉間に皺を寄せ続ける少年の方へ、事務椅子を回して向き直った。


「少年、本当のこと話さねえと帰らないよな?」
「………」


こちらを見つめて小さく頷いた少年を視界に捉えて、オレは少しだけ詰めた息を吐き出した。



保健医というものは意外と大変な仕事らしい

11/11/01
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