最近何処かで聞いたポップミュージックをBGMにして、ピストルの音が鳴る。一斉に走り出す赤白青の鉢巻きを着けた生徒と、グラウンドに響く歓声。体育大会が始まった。午前の一番最初の競技は障害物競争。網の下を地べたをはいずりくぐり抜け、平均台を渡り、フラフープで縄跳びをし、その他もろもろをやり切った後、素敵な衣装を着て50Mを疾走する何とも素敵な競技である。初っ端からこんなハードな競技を入れることに多少なりとも反対はあったけれど、それをも上回る魅力がこの競技には存在する。ある一人の男子生徒によって、だ。

遠目からスタート地点を見ても直ぐに分かるその男子は、これから5レース後にスタートする。2分程後の素敵な光景を頭に思い描いて、私はくじ引きの箱を胸に抱えて一人にやける。やばい、こんなんで私本物見て大丈夫かな。緩んだ口元を引き結んで顔を上げれば、私と同様にくじ引きの箱を抱える女の子も、そして園田くんも、俯いてスニーカーの爪先を見つめていた。そうだよね、これは生理的に間違ってないよね、にやけるのが当たり前よね。うん。少し気を緩めると私の口元はまただらし無く歪んだ。

一人、二人と泥だらけになった生徒がくじを引き、着替えて走って行く。見かけは子供で頭脳は大人な探偵やら、10万ボルトもの電圧をかけてくる恐ろしいネズミやら、アルプスの低燃費少女やらが駆け抜けていくのを見送り、振り返れば噂の男子がスタートの合図を聞いて走り出した。私は急いで箱の中の通称『ゆうちゃんぽけっと』を開いて固定。顔を上げれば女の子と園田くんも箱を抱えて親指を立てている。私も箱を左手で抱え、ぐっと空に向けて親指を立てた。

トラックのカーブを曲がって凄いスピードで走って来る男子の口にはあんパンが突っ込まれている。やばい。神田とあんパンのコラボレーション。綺麗な黒髪を靡かせて走る姿は男子とは思えないほど整っているのに、その口にはあんパン。黄色い悲鳴は何に対してのものだろうか。てかあんパン早く食べなよ。どんどん近づいて来るにつれその顔が歪められているのがはっきりと見えた。そうだ、神田は甘いものが『大っ嫌い』だった。やばい。爆笑。思った通り一位で最後のポイントに到着した神田は、不運にも、いや幸運にも、私の方へ走り込んで来た。素早く口元を引き締める。


「神田くんあんパン早く食べなよ」
「ふふへえ、ははへ」


神田、君は私を笑い死にさせる気か。思わず口を手で覆う。あんパンをどうにかこうにか飲み込む神田を直視出来ずに私は顔を逸らして口を手で覆ったまま、くじを引いて、と何とか音を出した。


「あぁ?お前何言ってんだ」


唇を歪めて私を見下ろす神田。君こそ何やってるんだ。早くその口元のあんこを拭いなさい。あんこを。


「……と、とりあえずくじ、くじ」


眉をひそめたまま手を箱に突っ込む神田。直ぐに一枚紙を取り出す。何の迷いもない動作は、流石といった感じだ。四つ折の紙を開いて目を走らせた後、その切れ長の目は大きく見開かれた。


「なっ…………!」


駄目よ、堪えるのよなまえ。漏れ出そうになった笑いを飲み込んで白々しくもどうしたの、と声を発した。紙を見たまま固まる神田に、ちょっと後ろの人そこまで来てるよ、とせき立てる。


「神田、早く着替えて走らないと負けちゃうよ!」
「……………」
「あ、2位の人来たよ!」
「……………」
「もう!神田!たとえメイド服来たって減るもんじゃ無いんだから!ほら、早く、」
「………何でお前此処にメイド服って書いてあるって知ってんだよ」
「……あ」
「てめぇ、」
「あ、神田、2位の人着替え始めたよ!抜かされちゃうよほら早く!」
「なまえてめぇ、後で斬る」


チッと聞いた事の無い程大きな舌打ちを残して、神田は着替えるスペースへ駆け込んだ。そして再び私達の前に現れた神田は、いや、元・神田は、何だかちょっといやかなりイッチャッタ男子(仮)になって帰って来た。先程とはまた毛色の異なる黄色い悲鳴がグラウンドに響き渡る。そして私達の抑えた、いや抑えようと努力した笑い声も。元・神田はあらんかぎり着けられたフリルをスカートと共に鷲掴み、物凄いスピードで走り出した。いや、凄く格好良く走っている筈なのに、何故かフリルが私の脳からの信号を口元を歪める方向へ持っていってしまう。もう一瞬も目を逸らせなかった。結局、あんこ付いたままだし。あーもうやばい。大爆笑。



あんパンは時にひとに魔法をかけるらしい

10/06/16
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