開け放たれた窓からなまあたたかい風が入り込み、教室の中をじんわりと温くした。チチチ、という鳥のさえずりに重なって、教壇に立つ巻き毛が吉沢さんこれ解いてー、とのんびりと言って振り返るのが視界の隅に入る。あたしは全開になった窓からぼんやりと雲が流れていくのを目で追った。空の青色を背景に雲は窓枠からはみ出し、ゆっくりと白が隠れていき、そして、見えなくなる。ずっと長い間頬杖をついていたせいで痺れた左手を顔から外して少し解しながら黒板を見遣れば、綺麗な長い黒髪を揺らめかせた彼女はこれまた綺麗な白い文字で黒板を埋めている。うん、分かった。あたし、物凄く眠いんだ。何だか頭上手く働いてない。あったかいし、瞼は重いし、なんか説明口調だし、さっきから子守唄まで聞こえてくる。底から響いて来るような低い旋律にあたしは瞼をゆっくりと下ろした。
……………ょ
………ぁ……
……唄が聞こえる、けど歌詞が、良く聴こえない
……ぉ…ぇ……ょ
何て、言ってるの………?
……ぉ…ぇ…せぃ…ぁ……がぃ……ょ
もう、一回、
……おまえのせいであたまがいてーよ
……は?……何、言って……
「ちょっとなまえちゃん、君のお陰で頭が痛いよ全くちょっと起きて!ねえ!」
「……はい!?」
巻き毛の大きな声に瞼のシャッターがマッハ5で上がる。思わず少し椅子から立ち上がり、その勢いで両太ももを机で強打。その痛みに寝起きのせいか少しだけ頭がクラクラした。ぐあ、とみっともなく出してしまった声はとりあえず忘れることにして、すみませんと頭を下げて席につけば、教室で笑い声が響いた。問題を解き終わり席に戻る途中の、クールな吉沢さんでさえその顔には笑いを堪えているかのような表情が浮かんでいる。あああ恥ずかしい。あたしは顔を隠すために、開けただけの教科書の上に突っ伏した。嗚呼、あたしはこの学校で笑いと辱めしか得ていない気がするのは気のせいだろうかうんきっと気のせいだよね。目が覚めた筈なのにまだあの低い子守唄が聞こえるのも気のせいだ。そうに違いない。お前のせいで頭がいてーよ。え、いま何か聞こえた様な。
「お前のせいで頭がいてーよ」
やっぱり聞こえる。何、あたし妖精にまで恨まれてる?ちょっとくらい勘弁してよまじで。あたしだって好きでこうはなって無いっての。大体何よちょっと居眠りしたぐらいでさ、
「お前のせいで頭がいてーよ」
また聞こえた。何、あたしそんなに会ったこともない妖精にまで恨まれてるの?大体妖精、君声低すぎだよ。妖精ならばベイビィボイスであたしに萌えを供給してくれ。あー眠い。
「お前のせいで頭がいてーよ」
あー五月蝿い!何よ、何なのよ!早く妖精さんいらっしゃーい!
……………ああああ駄目駄目。起きて!あたし!こんなんじゃあたしアレよ、ちょっとイッチャッタ子になっちゃうよ!駄目!
高速で頭を振り目をカッと見開く。ああ気を緩めると瞼が落ちて来る。我慢よ、なまえ。少しでも眠気を晴らすためにぼんやりと教室を眺めた次の瞬間、
………あたしの瞼は、ひとりでに見開かれた。
ずっと向こう、出席番号で言えば後ろの方の、あのオレンジ色が良く映えるあいつが、あたしの方を見て何かぶつぶつと呟いている。何でそれだけで驚いているのかって?そりゃ普通だったらあたしだって驚かないわよ授業中に独り言言ってるぐらいで。え、驚く?………それはともかく、だってほらあいつ、
まばたき、さっきからしてないもの。
え、あたしそんなにラビに好かれちゃってるの、なんておめでたい人間ではあたしは無い。あれは絶対に間違いなく十中八九恨んでいる顔だ。しかも心当たりが有りすぎて迂闊に目を逸らせない。良く見れば「おまえのせいであたまがいてーよ」と唇が動いている。あーやばいあたし唇まで読めてしまったよどうしよう。とりあえずごめんとあたしも唇を動かす。一瞬表情が緩んだかと思えば、ラビはそのにへら、と笑った顔のままで唇を動かした。
ペ チ ャ パ イ
「こんのくそラビ表出ろおお!」
「なまえちゃん貴女が表に出なさい」
怒りとは時に眠気さえ凌駕するらしい
10/04/18