04

何、お腹すいてるの?という言葉を聞いて、迂闊にも泣きそうになってしまった。なまえのこの空気の読め無さに呆れを通り越して悲しかったからだ。別にほっとしたとか安心したとかそんなんじゃない。絶対。

「…つくづくおめでたい人ですね」

はあ、と大きく(少し、声にも出して)溜息をつく。この流れはいつも通りだった。僕となまえは顔を合わせれば毎回の如く軽口を叩き合って、恋人同士に良く有るような甘い雰囲気なんてこれっぽっちも醸し出した事は無い。その主たる原因はなまえに有ると僕は思うのだが、そんな話をリナリーにしたらアレンくんもどっこいどっこいよなんて笑えない意見を突き出された。まあ多少、多少は自分の性格に因る所も有る、かも、しれ、ない、が。別にそんな雰囲気が嫌だった訳じゃない、むしろ望んでいたことも有る、けれど、この距離が心地好くて、何より楽しかった。ずっと笑い合って居られたら、それでも良いと思ったんだ。もう望めないけれど。瞼の裏に居るなまえは馬鹿みたいに笑っていて、少しだけつられて笑った。まだ僕も笑えたんだ、そうふと思った。

口元を引き締め鋭く息を吐く。再び言葉を発し始めればもう止まらなかった。よくもまあこんなにすらすらと言葉が出て来るもんだと思う。なまえが漏らした微かな声は途中から聞こえなくなった。俯いたなまえのつむじが僕に向いていた。顔を隠す、黒い髪。握られた白い手。


「理解できましたか?」


言葉の余韻が消えないうちになまえの返事は待たずに踵を返した。そうしても、瞼を閉じても、なまえの再び握り締められた手の白さが脳裏に焼き付いて離れない。なまえの声は聞こえない。どんな顔をしているのだろうか。泣いてしまって、いるだろうか。なまえの瞳を見て話す勇気さえ無かった僕には、こんなことを気にする資格は、無いのかもしれないけれど。

そしてこれで最後だ。もう二度と言うことは無いであろうその言葉を、足を一歩踏み出して小さく小さく呟いた。厭に冷たい空気に、身体が少しだけ、震えた。



「____」


震えた。

10/01/10
10/10/04加筆修正

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