03

沈黙が怖い。急に静かになったホールから一人また一人と暗闇に包まれた出入口へと姿を消していく。静寂が、怖い。足元に揺れる自分の影だけが目に入って、頭をさっきの彼の言葉が埋め尽くしていく。何も考えられない。顔を上げてゆらゆらとさ迷わせた視線の先に彼はまだ立っていて、俯きがちなその顔には何とも言えない表情を浮かべていた。アレンは嘘吐きだ。そんなことにはならないと、僕が止めてみせると、そう言ったのにどうしてそんな哀しい顔をするんだ。分かってるくせに。わたしだって信じたくなんてない。だけど、確かに着実に彼は侵食されているから。わたしにだって分かるんだ。それなのに、彼自身が分からない筈がない。止められないんだ。未来は。彼は。



唇を無意識に噛み締めたその時、彼の白い髪がゆらりと揺れて、ゆっくりとこちらに、多分わたしに向かって、歩いて来るのが目に入った。わたしは彼の顔を見つめているのに、彼の銀灰はわたしには見えない。

「なまえ、話が有るんです」

ぐわんぐわんと鳴り続けていた耳鳴りが彼の声で遮られた。消えた耳鳴りと引き換えにわたしが手にしたのは冷たい静寂で、わたしが空気を吸い込む音と彼の靴音の残響だけが鼓膜を揺らす。彼を目の前にしたら目を合わせる勇気が無くて、思わず俯いて視線を逃がしてしまった。そうすれば握り締めすぎて白くなった自分の手に気がついて、そっと指を伸ばした。じんじんする手をもう片方の手で握り締めて、笑顔を貼り付けた顔を上げる。此処にはもう、わたしとアレンしか残っていなかった。

「どうしたのアレン、かしこまっちゃってさあ!何、お腹減ってるの?」

上擦る声でぺらぺらの言葉を吐き出すと共に貼り付けた笑顔を彼に向ける。彼は少しだけ、目を見開いて驚いたような表情を浮かべた後、瞼を伏せて唇を開いた。

「…つくづくおめでたい人ですね」

はあ、とわざとらしく溜息をつくアレン。その顔に少し笑顔、という程ではないが、笑みが見えたのは、きっと気のせいじゃない。彼がこの新しい教団に来てから一度も見ることの出来なかったそれに少しほっとして、わたしも自然と笑みが零れる。けれどもアレンの笑みは本当に一瞬で、見えたと思った途端薄暗い空気に溶けて消えてしまった。引き結ばれた唇と、伏し目がちなその目を覆う真っ白な睫毛。見つめるほどその白さを思い知って眩暈に似た何かを覚えた。その唇から短く息を吐いて、そして彼は言葉を吐いた。鋭く、痛く。


「貴女の事が、嫌いになったんです。だから別れて下さい」


あんなに衝撃だったさっきのアレンの言葉は何処かに吹き飛んだ。今なんて言ったの。

「だから、貴女と別れると言ったんです」


また始まる、耳鳴り。開かれた目に世界はちゃんと収まっている筈なのに、脳にその景色は届かなかった。薄く開かれた唇から溜息にも似たどうして、という言葉が零れ落ちていく。

「いい加減飽き飽きしたんですよ、貴女のお守りをするのは」

理由、理解出来ましたか?そう言って瞼をもう一度伏せた彼が、目の前に居る筈なのに良く見えない。銀灰が、見えない。嗚呼此処に来てから一度だって貴方はわたしの瞳を見てくれないんだね。思い出す度に絶え間無い耳鳴りが音を掻き消して、わたしは何時だってこの日の記憶を消そうとしていることを知るのだ。



10/01/09
10/10/02加筆修正
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