カチャリ、とそっと焦茶色のドアを開ければ、真っ白な清潔感溢れる部屋の中に恐ろしい程似合わない彼女の姿と、きゃあヘンタイ、なんて果てしなく無礼な言葉が僕を出迎えた。無言のままドアを閉めようとすれば、ちょ、ジョーダンだってば、と慌てた声がドアの向こうで響いたのに少しだけ唇を緩めて、もう一度ドアを開ければ間抜けな顔でベッドから少し身を乗り出した彼女の姿。あいも変わらず変な顔だ。口、開いてますけど。

「いや、アレンこそ何で笑ってるの」

「笑ってる?嘲笑ってるの間違いですね」

「病人をあ、嘲笑うなんてキチク!キチクよ!」

「少しはその『病人』らしくしたらどうなんですか」

そう言って、医務室のドアを今回は自分が中に入ってから閉める。なまえが座っているこれまた真っ白なベッドの傍に歩いて行って丸椅子をガガ、と引っ張り出して座った。ちらり、とベッドの上で胡座をかいてすわる彼女の顔を見れば、うるへーだのブツクサ言いながら顔を歪めている。そのいつも通りな顔にふ、と無意識に笑いが漏れた。人の顔見て笑うなんてアレンキチク!なんて叫んでもその顔はいつもの様に花みたいに笑っていたから、拳を突き出して殴る振りをしてやった。そうすればわざとらしく胸の辺りを押さえて僕を睨む彼女。

「病人を殴るなんて紳士失格よ!」

「病み上がりに全力疾走して一週間熱出してヒイハア言ってた貴女は病人失格です」

「うるへー」

「それ二回目です」

「アレンのキチク!」

「それは四回目ですね」

「…………」

「……シカトですか?」

何も言わずこちらをじと目で見つめる彼女に向かって、いい度胸してますね、と言いながら足を組めば、彼女は不意にその表情を崩してにやにやと笑った。気持ちわる。

「もうーアレンったらツンデレなんだからあ」

「貴女にツンとした覚えは有りませんしデレる予定も有りません」

「………の後の?」

「………はあ?」

「………もうーここで一発デレをかまさなきゃ駄目じゃない!」

ツンデレを分かってないわねえなんて言いながら腕を組んで溜息をつくなまえにほんの少しばかりの苛々を込めてなまえの傍に転がっていた枕を投げ付けた。勿論、軽く。いったいなあなんてぎゃあぎゃあ叫ぶ異星人にもう寝て下さいと言いながら布団をなまえに押しやれば、やっとの事でちゃんと布団に入った。はいはい寝ますよお義母さんという台詞は不要だけれど。可愛くない。

「ねえ、アレン」

「…………」

「ねえー」

「……何ですか」

布団から顔だけ出した彼女は、僕の方を見て少しだけ眉を下げて聞いた。

「桜、今年はもう散っちゃったかな?」

何を聞くと思えば、と言いかけたけれど、なまえの微かに泣き出しそうな表情でその言葉は喉の辺りで止まった。すう、と息を吐いてその言葉を空気に紛れ込ませる。何て言おうか、考える隙もなく僕の唇は言葉を紡いでいた。


「…………来年、見に行けばいい」

「今年の分は、僕が覚えているから」


なまえの揺れ動く瞳を見つめてそう言った。なまえは一瞬その瞳を見開いて、そしてゆっくりと細める。そうだね、と小さな声で囁いてなまえはまた笑った。もう寝て下さい、と囁けばん、とだけ答えてその瞼を閉じた。


数秒後、しんと静まり返った医務室の静けさに、もう寝たかなと椅子から立ち上がればベッドの方から声がした。

「……アレン」

ふ、とベッドの方へ視線を戻せば、殆ど閉じられた瞼からうっすらと瞳を覗かせるなまえ。枕元に歩み寄りなまえの顔にそっと自分のを近づけて囁いた。

「………何ですか?」

そう言えば、なまえは世界で一番綺麗に笑って、言った。



「………また、あしたね」



不意打ちの微笑みに自分自身の目が見開かれるのが自分でも分かった。しかしそれも一瞬で、自分でも驚く程の微笑みに変わった。



「ああ。またあした、なまえ」



きみに、またあした、
おはようといえるしあわせ




優しい、声がした。



fin


10/04/02
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