きみの名前は、と聞いたその答えは、『分からない』 だった。忘れた、でもなく、『分からない』 と。じゃあきみはお母さんに何て呼ばれていたんだい、と言えば、ほんの少しだけ目を伏せてあんた、とか、と呟く。その言葉のか細さと震える肩の小ささに目眩がしそうになった。思わずその肩を掴んで唾を飲み込み、やっとのことで言葉を搾り出す。

「…妹さん、居るんだよね?妹さんも、名前、呼ばれたこと無いのかな?」

「………妹は、『コナツ』って言います。ちいさい夏って書いて、『コナツ』」

「コナツちゃんって言うんだね。コナツちゃんにも、きみは名前を呼ばれたことが無いのかい?」

しん、と静かな夜の室長室で、僕の言葉にまたこの女の子は目を伏せた。少しの沈黙の後、妹は寝たきりなんです、と囁くような声が耳に届いた。しまった、と思った時にはもう遅く、俯いたせいではらりと落ちた前髪で彼女の表情は見えなくなった。幾つ、と尋ねると17歳だと言う。彼女は17歳にしてはまだあどけなさが顔には残っていたが、長いストレートな黒髪がそれを隠し、彼女を大人びた印象にさせていた。

「……少しイノセンスを見させてね」

教団を母親と訪れた時からずっと手に握り締めて離さなかった神の結晶を、彼女の手からそっと外した。イノセンスを調べながら密かにちらちらと彼女に視線を送ってみたが、彼女はずっとその目を前髪で覆い隠したまま顔を上げなかった。イノセンスを調べ終わり彼女の傍にしゃがみ込んでその小さな手にイノセンスを握らせる。

「……はい。きみのイノセンスは装備型って言ってね、今の状態じゃまだ宝石でいう原石のようなものだから、これから加工して武器化、つまり上手く使いこなせる形にしてもらおうね」

僕の言葉にもこくり、と頷くだけで顔を上げることは無かった。静寂が、部屋を冷たく包む。俯いたその顔をしゃがんだまま覗き込んで言った。

「………名前、僕が決めてもいいかな?」

その言葉にぱ、と直ぐに顔を上げて僕の目を見つめる。その瞳は、戸惑いと、悲しみと、期待と、喜びと。様々な感情が折り重なって、揺れていた。

「………なまえちゃん、なんて、どうかな」

「…………」

僕の言葉に黙りこくってしまった彼女に、慌てて言葉をかける。

「あ、ごめん、その、……気に入らなかった?」

「………変な名前」

がーん、と漫画見たいな効果音が脳内で響き渡った。変って。………僕ってこういうセンス無いのかな。嗚呼、リナリーに居てもらえば良かった!リナリーならきっと、女の子が好きそうな素敵な名前を考えつくだろうに。嗚呼、リナリー、

「嘘だよ」

「……え?」

「………ステキな名前」

「……本当に?」

僕の問い掛けに彼女はまたこくり、と頷いた。

「……良かった」

そう言えば、彼女はふ、とその顔を傾けて、…………笑った。有難う、という言葉のプレゼントと共に。その瞬間、本当に心から、彼女にこれからも笑っていて欲しいと、この先苦しいことが何一つ無くあって欲しいと、……幸せで、あって欲しいと、心から、願った。

きみがくれたプレゼント

どうか、幸せに

10/03/27
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