22
一枚の紙が落ちる音にアレンは俯いていた顔を上げた。蛍光灯の光を浴びて、いつもより白く見える顔に浮かんでいたのは自嘲的な笑い。そして、それをもオレの視界の端に追いやってしまう程の悲哀を宿した瞳は、一体何を見つめているんだろうかと、思う。
「…すみません、ラビ。怒鳴って、当たり散らしてしまって」
「…うんや、いいんさ。オレは、お前の本当の気持ちを知りたかったんだから」
「あんな風に怒鳴り散らすなんて、紳士だとか言ってられませんね」
ハハ、とまたアレンは自嘲気味に笑った。そして、少しの沈黙。アレンはゆっくりと唇を開いた。
「……じゃあ、僕は帰りますね」
また、ひらりと白い紙がオレの横の山から落ちて行った。今の話はなまえには言わないで下さいと一言呟いて、ぎこちなく微笑んで、アレンは踵を返した。
「アレン、」
「すみませんでした、本当に。
…じゃあ、失礼しますね」
オレに背を向けて、ドアに向かって歩いて行く。アレンは部屋のドアノブに手を掛けた。その背に向かって、言葉を投げかける。
「アレン!」
「……どうしたんですか、ラビ」
「最後に一つだけ、聞いていいか?」
「…何ですか」
アレンは、こちらに振り向く事は無かった。オレに背を向けたまま、ドアノブに手を掛けたまま、オレの言葉を待つ。
「…なまえの事、今でも好きか?」
アレンは答えなかった。数秒の静寂の間、身じろぎひとつしなかった。
そして、
……そして、ゆっくりと振り向いた。
バタン、とドアが閉まる音がして、またオレの部屋は静寂に包まれた。目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。溜息に似たそれは、静かな部屋の中で響いた。
「…聞いただろ」
オレの声だけが部屋にこだまする。
「…もう、次のチャンスは無いと、思う」
「…本物のアレンの手を掴みたいなら」
音は、しない。響くのはオレの声だけだ。
何でオレが泣きそうになっているんだろうか。
「…もう、腐ってるのは十分だろ」
はらりと、また一枚紙が滑り落ちた。
「…………なまえ」
…もう、一人で泣くのは十分だろ。
「行け」
微かに、震える吐息が鼓膜を揺らした。
「行けよ!!なまえ!!」
次の瞬間にはもう、オレの目に映ったのはドアへと走るなまえの背中。はらはらと幾つかの資料の山が崩れ、部屋の中で舞う残像。ゆっくりと、踊るように、その時のオレにはスローモーションになって世界は動いた。オレはその紙吹雪というべき一瞬で白くなった視界に背を向けた。ガチャリとドアノブを回してドアを開ける音がする。嗚呼行った、とそう思った。
その時、声がした。
「………ラビ」
「……………」
「…………ありがとう」
今度こそ本当にバタン、とドアが閉まる音がして、残されたのはまだほんの少しだけ舞う白い紙。
オレは、自分の横に数秒前まであり、今は崩れ落ちた紙の山に視線を移した。傍にしゃがみ込んで、その一枚一枚を拾い上げる。その山を元に戻せば、その山の傍に散らばる幾つかの染みの付いた資料。
「………資料汚してんじゃねぇよ、ばーか」
……なまえ、もう、一人で泣くな。
「………泣くのは、オレだけでじゅーぶん」
視界が、霞んだ。
『愛してる、誰よりも』
10/03/10
11/06/02加筆修正