21

パサリ、と軽い音を立てて山のように積まれた資料の山は崩れた。黒い文字で埋められた白い紙は、その下に既に散らばった紙の上で微かに舞い、そして着地した。紙の山が崩れた後でも、部屋の様子が全く変化したように見られないのは何とも言えない心地がするけれど。



アレンが自分自身の事でこんな風に声を荒げるのを、オレは初めて見た。今まで仲間を傷つけられた時、アクマの魂を救済出来なかった時、そんな時でしか見なかった表情。そんな時でしか聞かなかった声。しかしその表情も、再び掛かった白い前髪によって遮られた。そして少しの静寂が部屋を包んだ。夕闇が、迫る頃のこと。ゆっくりと再び開かれたアレンの唇。そこから漏れた声は、数分前とは全く異なる、小さな、静かな、声だった。

「…ラビはブックマンとしてあの場に居たから、覚えていますよね。僕が、あの時言った事を。…僕が、14番目の宿主だと知った時、言った言葉を」


…はは、そうゆう、こと

マナが、愛してるって言ったのは


僕か、


それとも


「………………」

「…ラビ、僕、気づいたんです。その時に」


「僕がどんなに、その言葉に縋っていたか」


愛してるぞ、アレン、


どんなにか、このちっぽけな言葉に縋っていたか。こんなにも簡単に崩れ落ちる言葉に僕は縋って、歩いて、生きてきたんだ。ずっと、ずっと、ずっと。この言葉を、こんなにも簡単に綻ぶ言葉を胸に刻んで。

「馬鹿ですよね。僕もその時思いました、馬鹿みたいだって。こんなにもたった一言にぶら下がって、縋って、依存していた事が馬鹿みたいだって、そう思ったんです」


こんなにも簡単に壊れてしまうのに


「……アレン」

「…その時、同時に、怖くなったんです。自分がいつか14番目と化して、自分では無くなることが」


お前はいつか、大切な人を殺さなきゃならなくなる


…そんなの誰だって、オレだって、自分ではない誰かに蝕まれていくなんて怖い。アレン、お前だけじゃない、大切な人を自分が殺すのを怖いと思うのは。だから、

「…そうじゃないんです、僕は、…なまえを殺してしまうかもしれない事が怖いんじゃないんです。僕は、

なまえに拒絶の言葉を吐かれるのが、怖いんです」


そう、僕は、なまえに拒絶されるのが怖かったんだ。『気持ち悪い』と言われる事が、『大丈夫だ』と言うことで僕を見ることを放棄されることが。14番目と化した僕に吐かれるだろう拒絶の言葉全てが、怖かった。

「…最悪ですよね。僕はなまえを信じきれていなかったって事ですから。なまえは絶対にそんな事は無いと、いくら打ち消しても怖いと思う気持ちは消えることは無くて。
…だってこんなにも、こんなにも愛する人の言葉に縋ってしまう僕は、」


こんなにも独りで
こんなにも弱くて
こんなにも不甲斐無い


だからこのままじゃ、…このままなまえと恋人同士でいたら、僕はきっと言葉を求めてしまう。きっとなまえを僕に縛り付けてしまう。きっと言葉でなまえを繋ぎ留めようとしてしまう。きっといつか『愛してる』と口に出す事を強いてしまう。

「…だから別れたんです」


壊してしまうくらいなら、
いっそ手放してしまった方がいい


「……最悪ですよね、僕」


オレの横の白い紙の山から、一枚の紙が滑り落ちた。それは、床を埋め尽くす資料に辿り着く前に微かに舞い、パサリと音を立てて同化する。息を飲む微かな音が鼓膜を揺らした。


10/03/09
11/06/02加筆修正
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