17

気づけばわたしは白に包まれていた。視線を巡らしても白い色しか見えない。振り返ったわたしの後ろも、白。
ここ、どこなの。


しゃがみ込むわたしの指先に触れた地面も、白。だけど、"地"面とは言い難いつるつるとした感触は気を遠くさせるには十分な無機質さだった。あったかいも、つめたいも、無い。何にも無い。わたしはいま、何処に居るの?


立ち上がろうとしたけれども、全身の力が抜けてしまっていて、恥ずかしい事に、その場で崩れ落ちた。力が抜けた体を腕を支えにして動かして、立ち上がる。そして気づいた。嗚呼そうか、わたし馬鹿だ。恥ずかしいなんて此処には存在しない。だってわたし以外誰も居ないんだもの。自分しか居ない世界で、誰かの目を気にしてどうするの。馬鹿みたい、わたし。唇を噛んで俯けばまた白い床が見えて途方に暮れる。何にも無い、誰も居ないという孤独感に、わたしは顔を上げて前を見ることが出来なかった。何処までも白い地面だけを見つめ続けて、その時、ふ、と何かが手に触れるのを感じた。


ぱっと直ぐに顔を上げれば、最初は誰も居ない様に見えた。否、隣に見事なまでに背景の白と溶け込むアレンが、居た。わたしの右手はアレンの左手に包まれていて、その感触はあってもあたたかさは、感じなかった。



…………そっか、

嗚呼、これは、夢なんだ。



此処は、現実の世界じゃない。たとえ夢でなかったとしても。手のあたたかさを感じなかったからじゃない。此処に、わたしの隣に、アレンが居るからだ。だって、ほんとうの世界で、わたしはアレンの隣に居るはず、無いもの。

ちらりともう一度隣に立つアレンを見る。真っ白な陶器みたいな肌に、更に白い髪。浮かべた微笑みは、何時かのあの頃のままだった。そう思うだけで、胸の奥がきゅう、と鳴る。アレン。分かってる。これは現実じゃない。ほんとうのアレンは此処には居ない。けれど。ほんとうのアレンではないと分かっていても、だけどそれでも、…どうかせめて、夢の中だけでも、もう少し手を握っていてもいいよね。アレン。きゅ、とアレンの手のひらを確かめるように握る。すると何処からか、一陣の風が吹いた。

咄嗟に腕を上げて目を庇った。頬を激しい風がすり抜けていくのを感じる。風が止んでそっと目を開ければ、そこにはまた真っ白な世界がただ有るのみだった。視線を下げて自分の右手を見ても、そこにはただ、空気を掴むわたしの手があるだけ。手には何のあたたかさも感触も残っていない。アレンのあの白い姿も、本当に消えてしまった。

その代わりに思い出した、あの時の出来事。あの時も、酷く、風が吹いた。


わたしは独りで行った任務先で、アクマ破壊をこなしていた。事前調査よりも数段増えたアクマの数に苦戦しながらも、全て破壊し終えた、…はずだった。アクマは私達人間の予想を遥かに上回るスピードで増殖し、進化していたのだ。疲弊したわたしの前に現れたレベル4。天使のような悪魔ってこういう事なんだ、と唐突にその時わたしは思った。長引けば確実にわたしは終わる。そう直感して、あたしはイノセンスを解放させた。発動最大限解放したイノセンスによってレベル4は消滅、破壊出来たもののその攻撃の激しさからイノセンスは一時的な真空とも言える状態を作り出していた。レベル4を破壊し終えた後、弾かれた空気は濃度の平衡状態を保とうとし、周りの空気が勢いよく中心へと向かって戻り始めた。それに巻き込まれないよう体を低くし耐えていたその時、戦いの中で擦り切れたリストバンドはその風に数秒で持っていかれてしまった。そして、



…そして、それと共に吹き飛ばされる銀色が、わたしの目の前で微かに見えた。



わたしは無意識に、風が吹きすさぶ中心へと手を伸ばした。その後、わたしの記憶は途切れる。気づけばこの白い世界に、立っていた。

覚えているのは、指先に触れた感触。


白い白い世界の中で、そっと握り締めた手の平を開けば、そこにあったのは、遠い日の、記憶の断片。やさしい、声と記憶。


10/02/22
11/05/31加筆修正
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